上 下
55 / 63

装備の試験と連鎖する不穏

しおりを挟む
 B級ダンジョン「氷霧の迷宮」の入り口で、俺はサラリバンとアリアに向き合っていた。俺がクラフトを担当する二つのS級パーティの代表者の目には、期待と緊張が混じっている。氷の結晶が空中を舞い、息を吐くたびに白い霧が立ち上る。周囲の樹々は厚い霜に覆われ、枝先には鋭利な氷柱が下がっている。

「お待たせしました。これが新しい装備です。実戦で試してみてください」

 俺は丁寧に包んだ装備を二人に手渡した。包みを解くと、そこには淡く光る防具と、鋭い輝きを放つ剣が姿を現した。

「ほう……これほど軽いのに、たしかな防御力があるのが見て取れる」
「剣だって、私が普段使っているのとランクに違いがないように見えるわよ」
「性能は、使ってみれば分かります。さあ、中に入りましょう」

 三人はダンジョンの中へと足を踏み入れた。入り口を潜るとすぐに、周囲の温度が急激に下がる。冷たい空気が肌を刺し、鼻腔を通る度に痛みを感じる。足元から立ち上る霧が視界を遮り、数メートル先さえ見通すことができない。壁面には分厚い氷が張り付き、歪んだ自分たちの姿を映し出している。

 最初の広間に入ると、突如として氷の魔物が現れた。それは人の形をしているが、全身が透き通った氷で形作られており、その中に青白い炎のような魔力が渦巻いている。サラリバンが即座に防御の構えをとる。魔物の氷の槍がサラリバンに激突するが、防具が淡く輝き、ダメージを完全に防いだ。

「驚いたな! まるで氷の攻撃が通らないようだ」

 サラリバンの声が響く中、アリアが剣を振るった。その動きは目にも止まらぬ速さで、氷の魔物を一刀両断した。切り裂かれた魔物は、無数の氷の結晶となって空中に舞い散った。

「この軽さ、そして切れ味……素晴らしいわ」

 俺は二人の反応は上々だ。それにしても、さすがS級の戦闘職。ヴァルドと直接対決をした俺ですら、速さを目で追うのがやっとだ。

「まだ始まったばかりです。もっと奥へ進みましょう」

 三人は更に奥へと進んでいった。狭い通路、広い広間、そして危険な罠。様々な状況で装備の性能が試される。サラリバンの防具は、あらゆる属性の攻撃を受け止め、アリアの剣は、どんな敵も切り裂いていく。氷の魔物、凍りついた骨骸、そして魔力で動く氷像──次々と現れる敵を、二人は難なく倒していった。

 俺は二人の戦いぶりを細かく観察していた。装備の動きや、魔力の流れ、そして使用者との相性──全てを頭に叩き込んでいく。

「アリアさんも、ぜひ防具を。サラリバンさんは大剣でしたよね。不慣れですが作ってみました、どうぞ」

 アリアは防具をつけてから、安心感からかさらに大胆にその速度を増した。サラリバンも大剣の重さなどものともしない膂力で空気を切り裂き、わずかな光の筋を残す。その度に、敵は粉々に砕け散っていった。

 数時間に及ぶテストの末、三人でダンジョンの中腹と思われる場所に到達してしまった。B級パーティが探索していたら一週間はかかるレベルの距離だ。そこには広大な氷の広間が広がっていた。天井は見上げるほど高く、氷柱が鍾乳石のように垂れ下がっている。床面は鏡のように滑らかで、歩く度にキィキィと音を立てる。

「ここまでくれば、十分なテストができたでしょう」

 俺がそう言った瞬間だった。広間の中央にある巨大な氷柱が不気味な光を放ち始めた。その光は紫がかった赤色で、氷柱の内部で脈動しているように見える。

「これは……!」

 俺は氷柱に近づき、慎重に観察を始めた。氷柱の中には、何か物体が封じ込められているように見える。それは結晶のような形をしているが、その構造は明らかに自然のものではない。

「この氷柱──どうしてこんなところに……」
「どういうこと?」

 アリアが尋ねてくる。俺は、どこまでを言うべきか、迷っていた。サラリバンが眉をひそめる。彼の表情には、深い懸念の色が浮かんでいた。

 俺は氷柱に手を触れた。すると、俺の指輪が反応し、微かに輝く。指先から、奇妙な感覚が伝わってきた。それは生きているような、しかし同時に古代の遺物のような、矛盾した印象だった。

「この氷柱──単なる氷ではありません。何か……意思のようなものを感じる」

 直後、氷柱から強い魔力の波動が放たれた。三人で反射的に身を守る態勢を取る。波動は部屋中を駆け巡り、壁や天井の氷を共鳴させる。キィンという高い音が響き、氷の表面にひびが入り始めた。

「まさか──何かが目覚めようとしているようだ」

 俺の顔から血の気が引く。この状況は、明らかに異常だった。B級ダンジョンでこのような現象が起こるはずがない。しかも、この魔力の波動は、明らかに魔界ダンジョンのものと似ている。ここで巻き込まれた先が、また抜け出せるものとは限らない。

「ここは一旦引き返そう。この異変は、すぐに報告しなければならない」

 サラリバンが決断を下す。俺としては、結晶による魔力の増強のことはともかく、ダンジョンの異変まで報告するつもりはなかったが、こうなってはしかたない。ここまで事態が広がるなら、個人的な興味を優先している場合ではないんだ。

 三人は急いでダンジョンを後にした。だが、ダンジョンを出た後、俺はアリアとサラリバンに向かって言った。

「装備のテストは上々でしたが──今の発見の方が、はるかに重大かもしれません」

 サラリバンとアリアは頷いた。帰路に着く中で、俺は人知れぬ恐怖を覚えていた。俺には何の縁もゆかりも無い。だが、もし、この結晶が俺の何かに導かれるようにして発生しているのだとしたら──。

 俺はこのままクラフトスキルを極めることを、どこかで諦めなければならなくなるかもしれない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

勇者パーティーに追放されたアランが望み見る

辻田煙
ファンタジー
 過去、アランは勇者パーティーにより、魔王軍に襲われた村から救出された。以降、勇者たちの雑用としてアランは彼らからの精神的肉体的な苦痛に耐えている。村を襲った魔王軍への復讐になると思って。  しかし、アランは自身を魔王軍から救ってくれたはずの勇者パーティーの不正に気付いてしまう。  さらに、警戒していたにも関わらず、ダンジョンのトラップ部屋で勇者達に殺害される。 「やーっと、起きた。アラン」  死んだはずのアランが目を覚ますと、聞こえたのはどこか懐かしい声だった――  数週間後、アランは勇者パーティーの一人である竜人ジェナの前に立っていた。 「見つけたぁ。てめえ、なんで死んでねえんだぁ?」 「遅いよ、ジェナ」  アランの仕掛けたダンジョントラップでボロボロでありながら、なおも不敵に嗤うジェナを前に、アランは復讐の炎を滾らせ戦いに挑む。  救済者と勘違いし気付けなかった過去の自分への戒めと、恨みを持って。 【感想、お気に入りに追加】、エール、お願いいたします!m(__)m ※2024年4月13日〜2024年4月29日連載、完結 ※この作品は、カクヨム・小説家になろう・ノベルアップ+にも投稿しています。 【Twitter】(更新報告など) @tuzita_en(https://twitter.com/tuzita_en) 【主要作品リスト・最新情報】 lit.link(https://lit.link/tuzitaen)

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...