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6章 アニマの誕生

44話 愛しているよ、アニマ

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 劇場の奥に隠し扉があり、そこがシリルの部屋だった。

 部屋のなかのソファーの前には、ごちそうが並んでいた。

 全員が飲み物を持って、立ち上がった。

 私が音頭をとる雰囲気になった。
「シリル様の誕生と、あらためてのロイド様の歓迎。皆様の活躍に乾杯!」

 なぜか乾杯はされなかった。

「アニマの活躍が抜けてるよ」
 ハーマイオニーが言った。

「いえ、私は」
「アニマ様の活躍があってこそ、ですよ」
 ヴィヴィアンが言った。

 ドラクロアが赤い髪を振りまわし、言った。
「アニマ様の活躍に、乾杯~」
 
 みんながコップをあわせ、飲み物がこぼれる。


 
 ロイドの隣に座って、ワインを注いだ。
「ああ、そんな。アニマ様にそんなことはさせられません」
「いえいえ。今回の最大の功労者はロイド様ですから」
「照れますな。ただし――」

「「もっと、褒めてくださってもよいですよ」」
 私とロイドの声が重なった。
「ほほっ。一本取られましたな。わたくしのソウルとやらも、すでにアニマ様のなかにあるということですかな」


 ロイドが言った。
「アニマ様が最初に殿下を刺して、殺害したフリをして、そのまま逃げるという計画を聞いた時は、肝を冷やしました。あなた様なら逃げることができるでしょうが、動きなどから、すぐにアニマ様だと特定されて、一生隠れないといけない。わたくしは反対でした」

「そこで、ドラクロア様に協力してもらって、上演中にを演じてもらうことにしました」

「アニマ様を演じるのは、難しそうですがやり遂げたドラクロア様はすごいですね」

「ええ。彼女とロイド様、シリル様、皆様のおかげで今回の計画は成功しました。本当にありがとうございます」

「なかなかに骨が折れました。ある筋から臓器を入手して、殿下に血とともに入った袋を服に隠すことで、ごまかすことができました。医者にも協力してもらって。若い死体を用意して、殿下に仕上げました。まあ、なによりアニマ様の動きがすごかったです。騎士を圧倒していましたね」

 照れくさくて、ロイドをバシバシ叩く。ロイドの顔が青くなったので慌ててやめた。

「すみません。私自身、あれだけの力が出せるなんて思ってなくて。馬鹿力だってようやく気がつきました」

 立ち上がり、あたまを下げた。
「これからどうぞ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」



 パーティーはお開きになった。
 


 シリルの部屋でふたりきりとなった。
 
 ソファーに座った。
「信じられない」
 シリルが言った。トパーズの瞳が私を射る。

「何が信じられないのですか」
「アニマと一緒にいることがだ」

「またですか! そんなに毎日驚いて、逆に面白くなってきましたよ」
「朝起きて、信じられない。昼になっても、まだ信じられない。夜になったら、やっぱり信じられない」
 シリルは私の肩に触れた。
「このまま、触れさせていてくれ。そうしないと、アニマがどこかへ行ってしまいそうだ」

「どこにもいきませんよ。私は」
 背中から抱きしめられた。シリルの息づかいを首筋に感じる。髭がくすぐったい。心臓の高鳴る音がシリルに聞こえてしまいそうだ。

「ずっとそばにいてくれ。アニマ」
「もちろんです」

 シリルは横に座って、私を抱きしめた。
「初めて会ったときから、好きだった」
「初めてって、いつですか?」
 
「アニマがデビューした【悪役令嬢の掟】の時。既存の作品を自由にねじ曲げたアニマを好きになったし、同時に嫉妬した。アニマはすごく自由なんだって。なんにもしばられていない人だからこそ、ああいう演技ができるんだって思った。だから驚いたよ。その後のアニマの不自由さと、家族との関係を知ったときは」
 
「私は不自由で、友達もいなかった。友だちが欲しくて、他の方の魂をこの身に宿せるようになったと思う。そのともだちがストーリーによってねじ曲げられるのを許せなかったの。舞台の上だけは、自由でいたかった。だからこそ、シリルにも自由でいてほしかった」
 シリルは強く私を抱いた。いい匂いがして、多幸感がのぼってくる。私の髪をなでてくれた。


 この3ヶ月、この計画をした時から、ずっと動き続けていたし、なにかが1つでも遅れたり、間違っただけで、失敗する危険なだった。
 成功確率をあげるために、あえて聞かないように、考えないようにしていたことをいい加減聞かないと。



 私は、つばを飲みこんだ。



「でも、ほんとうにこの結末でよかったのですか?」
「それは言わない約束だ」
「しかし……。このシナリオは私にとって都合が良すぎるのです。シリルは王になる道もあったし、素顔が一部の場所でしか出せないような状況にならなくても。……他にも道が」
「でも、それでは、大好きなアニマと一緒になることはできないし、演劇からも離れることになる。それは、いまの状況とどっちが辛いだろうな」
「シリル」
「アニマ。君が危険を冒してやってくれたおかげで、自分でも信じられない毎日を過ごせている。夢で描いたかのようだ。感謝しかない。アニマと一緒にいれて、演劇ができるなんて。1年前の俺では考えもしなかった。アニマをバチェラーに招待して、ほんとうによかったよ」


 私はたまらず、立ちあがる。
「では、もう言いません! 私だって……シリルを……あのままリンジー様と結婚させたくなかったので」
「すべてはアニマのおかげだ。ありがとう」
 シリルも立ちあがった。



「バチェラーで最初からあれほど予防線をはられていたのに、まさか私のことが好きだなんて、こっちのほうがいまでも信じられないです。こんな顔なのに」
 シリルは私のあたまを軽く叩いた。
「ダメだ。絶対にアニマを卑下させない。まだ信じてもらえないのか」
「夢みたいですから。まさか一緒になれるなんて思ってなかったから。もういい加減、夢じゃないんだなって、今は思いますけど」

 シリルは私を見つめた。
「信じないなら、無理やり信じさせる」
「どうやって?」
 私はそのトパーズの瞳に吸いこまれる。




「愛しているよ、アニマ」
 シリルは私にキスをした。
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