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5章 バチェラー3日目
38話 バチェラーの表と裏
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「もうひとつ、重要な意味がありました。バチェラーの内容を思い返してみて。どうでしょう。わかりましたか?」
ヘンテコすぎたバチェラーを思いだす。1日目は野球からはじまって、特技発表会。2日目は私がなぜか殿下と同じ選ぶ側に座った、ローズガーデンでのフリートーク……。
「ああ!!」
思わず、声が出た。
ひっかかっていたことには理由があったのだ。
「私に他の令嬢の演技を見せていたのですね。つまり、バチェラーとは表と裏。私がオーディションを受けていると同時に、他の令嬢も私に演技を見せていた。つまり、互いに組める相手か見さだめる為に」
「そのとおりです!」
殿下が拍手をした。
首をかしげ、目を見ひらいた。
「ヴィヴィアン様が、殿下を好きなお気持ちも演技? あんなに泣き崩れてらしたのに」
「演技ですよ。殿下を前に大変失礼ですけど」
ヴィヴィアンは淡々と言った。それよりも、ずぶぬれの髪とドレスを気にしているように見える。
たしかに、ヴィヴィアン様がはじめてタウンゼント家をおとずれた時、殿下のことを吹っ切れて見えたからおかしいと思ったのだった。
「リンジー様が……その……ちょっと天然っぽい感じとか、あえて空気を読まない言動も、演技ですか?」
「それは天然。どう? 演技なんてしなくても、演技っぽく思われてしまう系令嬢のあたしだけど。質問ある?」
リンジーは胸を張って、笑った。
困惑しすぎて、頭痛がするぐらいだった。まさか、演技をやっている私を、全員でだましてくるとは思わなかった。しかもみんな、すごくうまい。全然気がつかなかった。
「ドラクロア様とヴィヴィアン様が私のメイクやドレスをお手伝いくださったのは、殿下のご命令ですか」
ドラクロアが急に地面に伏せた。足下は泥水でぐちゃぐちゃになっている。
「どうしました!」
駆けよると、ドラクロアは泥だらけになった顔を上げた。ドレスも泥でぐちゃぐちゃになっていた。
「アニマ様にドラキュラなどと暴言を吐いたこと、偉そうな態度をとったこと。改めて謝罪いたします。すべては私が提案したこと。アニマ様の悪役令嬢としての魅力、凄みを知ってもらうために行いました。ドレスに……粗相したことも、私が仕組んだことです」
ドラクロアが言った。あまりにも、口調が変わりすぎていて驚く。
「あの? ドラクロア様?」
ドラクロアは私に泥がつかないようにすがった。
「私も、顔にコンプレックスがありました。結婚をお断りされたこともあります。結局女は顔か。そう思っていたところ、アニマ様のデビューした舞台をたまたま見に行っていて。魂がふるえました。目の前にいるアニマ様が生き生きと悪役令嬢を演じる。失礼を承知でいいますが、怯えるほどにアニマ様は顔が怖かった。でも、いつしか、その演技に魅入られた。アニマ様以上に悪役令嬢が似合う方はいらっしゃらない。その時に気がつきました。これは、世間への叛逆である、と。顔にコンプレックスがある女性に、そして、私に。アニマ様ははじめて価値をあたえてくれた方なのです……」
「そう……だったのですね」
ドラクロアは涙を流した。
「だから、許せなかったのです。アニマ様を認めない世間も、家族も、苦しめるなにもかもが。アニマ様を布教する為ならなんだってやります。演技はアニマ様の演技を真似て、覚えました。 ……そうでした。質問に答えておりませんでした。私とヴィヴィアンはアニマ様の力になりたいと、独自で動きました。殿下もそれを後援してくださいました」
ヴィヴィアンがドラクロアを立たせた。
「わたくしがアニマ様を拝見したのは、バチェラー初日の【悪役令嬢の掟】が初めてですが。演技の内容、変更点を自分に置き換え、色々考えることがございました。バチェラーメンバーはそれぞれ、色々と抱えているものがあるはずなのです。当然、わたくしにも。アニマ様のお力になりたいと思ったのです」
驚いた。私の為に、ここまでのことが計画されていたなんて。
殿下が言った。
「隣国の劇場はすでにおさえてあります。もちろんこの話をどうするかはアニマ嬢の自由です」
みんなが私を見ていた。期待に満ちた目で。とても居心地が良かったバチェラー。ずっとここにいれたらいいなと思っていた。私が願えば、みんなでまた演じることができる。
その時、私のなかに令嬢たちの魂が流れ込んできた。
「皆様の魂。しかと受け取りました」
お辞儀をした。
「さて。私が隣国で【主役令嬢】になるのか? でしたね。ちなみに私に隠していることや、言わなくてはいけないことは終わりでしょうか。特に、なにか謝りたいことなど、ありませんか?」
私は殿下に言った。
「ええ。お話しすべきことは終わりました。アニマ嬢をなんとかしたくて、行ったことです」
殿下は笑顔で言った。笑顔に一切のゆらぎのようなものはなかった。
私は、笑った。殿下は、実に巧妙な古狸だと感心する。
「ちょっと待ってくださいね。いま、降ろしていますから。悪役令嬢を!」
殿下が一歩後ろに下がった、と思ったら、逆に一歩踏み出してきた。素晴らしい胆力。
私は拍手をした。
「バチェラーは演劇。つまり、すべては虚構というわけですね。では、幕を下ろしましょう。ここからは悪役令嬢の、私の出番というわけですね」
高らかに笑って、殿下に流し目をした。
ヘンテコすぎたバチェラーを思いだす。1日目は野球からはじまって、特技発表会。2日目は私がなぜか殿下と同じ選ぶ側に座った、ローズガーデンでのフリートーク……。
「ああ!!」
思わず、声が出た。
ひっかかっていたことには理由があったのだ。
「私に他の令嬢の演技を見せていたのですね。つまり、バチェラーとは表と裏。私がオーディションを受けていると同時に、他の令嬢も私に演技を見せていた。つまり、互いに組める相手か見さだめる為に」
「そのとおりです!」
殿下が拍手をした。
首をかしげ、目を見ひらいた。
「ヴィヴィアン様が、殿下を好きなお気持ちも演技? あんなに泣き崩れてらしたのに」
「演技ですよ。殿下を前に大変失礼ですけど」
ヴィヴィアンは淡々と言った。それよりも、ずぶぬれの髪とドレスを気にしているように見える。
たしかに、ヴィヴィアン様がはじめてタウンゼント家をおとずれた時、殿下のことを吹っ切れて見えたからおかしいと思ったのだった。
「リンジー様が……その……ちょっと天然っぽい感じとか、あえて空気を読まない言動も、演技ですか?」
「それは天然。どう? 演技なんてしなくても、演技っぽく思われてしまう系令嬢のあたしだけど。質問ある?」
リンジーは胸を張って、笑った。
困惑しすぎて、頭痛がするぐらいだった。まさか、演技をやっている私を、全員でだましてくるとは思わなかった。しかもみんな、すごくうまい。全然気がつかなかった。
「ドラクロア様とヴィヴィアン様が私のメイクやドレスをお手伝いくださったのは、殿下のご命令ですか」
ドラクロアが急に地面に伏せた。足下は泥水でぐちゃぐちゃになっている。
「どうしました!」
駆けよると、ドラクロアは泥だらけになった顔を上げた。ドレスも泥でぐちゃぐちゃになっていた。
「アニマ様にドラキュラなどと暴言を吐いたこと、偉そうな態度をとったこと。改めて謝罪いたします。すべては私が提案したこと。アニマ様の悪役令嬢としての魅力、凄みを知ってもらうために行いました。ドレスに……粗相したことも、私が仕組んだことです」
ドラクロアが言った。あまりにも、口調が変わりすぎていて驚く。
「あの? ドラクロア様?」
ドラクロアは私に泥がつかないようにすがった。
「私も、顔にコンプレックスがありました。結婚をお断りされたこともあります。結局女は顔か。そう思っていたところ、アニマ様のデビューした舞台をたまたま見に行っていて。魂がふるえました。目の前にいるアニマ様が生き生きと悪役令嬢を演じる。失礼を承知でいいますが、怯えるほどにアニマ様は顔が怖かった。でも、いつしか、その演技に魅入られた。アニマ様以上に悪役令嬢が似合う方はいらっしゃらない。その時に気がつきました。これは、世間への叛逆である、と。顔にコンプレックスがある女性に、そして、私に。アニマ様ははじめて価値をあたえてくれた方なのです……」
「そう……だったのですね」
ドラクロアは涙を流した。
「だから、許せなかったのです。アニマ様を認めない世間も、家族も、苦しめるなにもかもが。アニマ様を布教する為ならなんだってやります。演技はアニマ様の演技を真似て、覚えました。 ……そうでした。質問に答えておりませんでした。私とヴィヴィアンはアニマ様の力になりたいと、独自で動きました。殿下もそれを後援してくださいました」
ヴィヴィアンがドラクロアを立たせた。
「わたくしがアニマ様を拝見したのは、バチェラー初日の【悪役令嬢の掟】が初めてですが。演技の内容、変更点を自分に置き換え、色々考えることがございました。バチェラーメンバーはそれぞれ、色々と抱えているものがあるはずなのです。当然、わたくしにも。アニマ様のお力になりたいと思ったのです」
驚いた。私の為に、ここまでのことが計画されていたなんて。
殿下が言った。
「隣国の劇場はすでにおさえてあります。もちろんこの話をどうするかはアニマ嬢の自由です」
みんなが私を見ていた。期待に満ちた目で。とても居心地が良かったバチェラー。ずっとここにいれたらいいなと思っていた。私が願えば、みんなでまた演じることができる。
その時、私のなかに令嬢たちの魂が流れ込んできた。
「皆様の魂。しかと受け取りました」
お辞儀をした。
「さて。私が隣国で【主役令嬢】になるのか? でしたね。ちなみに私に隠していることや、言わなくてはいけないことは終わりでしょうか。特に、なにか謝りたいことなど、ありませんか?」
私は殿下に言った。
「ええ。お話しすべきことは終わりました。アニマ嬢をなんとかしたくて、行ったことです」
殿下は笑顔で言った。笑顔に一切のゆらぎのようなものはなかった。
私は、笑った。殿下は、実に巧妙な古狸だと感心する。
「ちょっと待ってくださいね。いま、降ろしていますから。悪役令嬢を!」
殿下が一歩後ろに下がった、と思ったら、逆に一歩踏み出してきた。素晴らしい胆力。
私は拍手をした。
「バチェラーは演劇。つまり、すべては虚構というわけですね。では、幕を下ろしましょう。ここからは悪役令嬢の、私の出番というわけですね」
高らかに笑って、殿下に流し目をした。
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