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5章 バチェラー3日目
35話 バチェラー3日目 最終日②???
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王城の応接間にゆっくりと入っていく。
椅子は3つしか用意されておらず、窓は叩きつけるような雨。思いだしたように雷が鳴った。
それぞれ椅子に座った。中央には殿下とロイドがスタンバイしていた。
ロイドの銀のトレイにはバラがあった。1本のみだ。
役割のわかった私は、疑問や悩みはなくなっていた。妹を勝たせる必要もない。これから行われる演技の比較対象として呼ばれたことも分かっている。
――キスをされたこと以外は。
その時、雷が鳴った。
「おわー。うるさいなぁー」
リンジーが威嚇するように吠えた。
部屋のなかは雨音以外、鎮まりかえっていた。
もし、この静謐を楽しめるのなら、その令嬢こそが妃に相応しい。
リンジーもハーマイオニーも、冷静で胆力がある令嬢を演じようとはしていなかった。ガタガタとふるえ、ただ、状況が動くことを待っていた。
殿下が立ちあがった。
「皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます。緊張されていますか」
「そんなこと聞かなくてもわかっていますよね。はやく次にすすめてくださいよー」
リンジーが声をあげた。
殿下は微笑んだ。
「ええ。そうしましょう」
ロイドが立ち上がり、殿下にバラを差し出した。私たちに緊張が走った。
今日はなにをするのかいっさい聞かされていないので、翻弄される。
いま、この瞬間に選ぶのか?
殿下は、バラの匂いを嗅いだ。
「今日は雨が降っていたので、昨日のうちにとっておきました。今年のバラは実に出来が良い。皆様全員にバラを渡したい気持ちでいっぱいです」
私たちの顔を1人1人、見た。
あまり心を乱さなかった。あるがままを受け入れようと思っていた。
「妃に選ばれるのは、たったひとり。いままでの総合的な評価で選ばせて頂きました」
――ん? 選ばせて頂いた?
気のせいかと思って、殿下を見ると、一度置くと思っていたバラを手放さなかった。
ロイドが声をあげた。
「これより、バチェラーの最終日、妃の選定へと進みます。なお、最終日は選考する演目はありません。座ってお待ちください」
あまりにも思っていたのと違って、戸惑う。
最終日は演劇をして、総合評価で妃をハーマイオニーに決めると思っていた。
ではなぜ私は残されたのか。最後に誰が選ばれるかの人数合わせみたいなものか。
すでに決まっているのなら、緊張することなどない。そう思っても身体はふるえているし、心臓はここにいるぞ、と叩き続けていた。
心の奥に刺さったままのものはどこかへ行ってくれない。痛みと問いの残滓がずっと、残り続けていた。
あたまを振った。
殿下はバラを持ったまま、立っている。
リンジーはあたまを伏せ、手を組み、なにかに祈っていた。
ハーマイオニーはまっすぐに殿下を見つめていたが、その唇はかすかに揺れていた。
緊張と、振りまわし続ける渦のような感情でおかしくなりそうだった。
再び、雷雨が鳴った。
リンジーの肩がぴくり、と動く。
雨脚が更に酷くなって、嵐の様相を呈した。
殿下が一歩、前に動いた。
ハーマイオニーがすこし、前に身を乗り出した。
リンジーはなにかを高速でつぶやいている。神に祈っているのかもしれない。
「リンジー嬢」
殿下が名を告げた。
リンジーはうつむいて、ずっとなにか言っていた。
「リンジー嬢」
「はっ、はいい!」
リンジーがあわてて、立ちあがった。が、くらっとして、椅子に倒れるように一度、座った。
やがて、ゆっくりと立ちあがった。
ハーマイオニーは椅子に崩れおちた。
殿下は、リンジーのもとに行った。
殿下はひざまずき、間を空けて、リンジーを見上げた。
「俺の……妃になってくださいますか」
リンジーは首を何度もひねって、紫の髪を大胆に揺らし、思い悩んでいた。
「あたしで間違いないのですよね? ちょっと、考えさせてもらっていいですか」
そう断って、一度座った。唸りながら、殿下の顔を見たり、天井のシャンデリアを見たりした。
「いいかな。殿下ってとっつきにくそうって思ったけど、演技も上手で面白い人だから。一緒に楽しい国を作りましょう!」
リンジーはバラを受け取った。
ロイドが叫んだ。
「ご結婚、おめでとうございます」
ロイドと従者がすさまじい拍手をした。
私も拍手をする。思うように腕に力が入らなかった。
ハーマイオニーは椅子にうなだれたまま、ぴくりとも動かなかった。
雷が鳴った。暴風雨が窓を叩き、突き破ろうとしていた。
椅子は3つしか用意されておらず、窓は叩きつけるような雨。思いだしたように雷が鳴った。
それぞれ椅子に座った。中央には殿下とロイドがスタンバイしていた。
ロイドの銀のトレイにはバラがあった。1本のみだ。
役割のわかった私は、疑問や悩みはなくなっていた。妹を勝たせる必要もない。これから行われる演技の比較対象として呼ばれたことも分かっている。
――キスをされたこと以外は。
その時、雷が鳴った。
「おわー。うるさいなぁー」
リンジーが威嚇するように吠えた。
部屋のなかは雨音以外、鎮まりかえっていた。
もし、この静謐を楽しめるのなら、その令嬢こそが妃に相応しい。
リンジーもハーマイオニーも、冷静で胆力がある令嬢を演じようとはしていなかった。ガタガタとふるえ、ただ、状況が動くことを待っていた。
殿下が立ちあがった。
「皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます。緊張されていますか」
「そんなこと聞かなくてもわかっていますよね。はやく次にすすめてくださいよー」
リンジーが声をあげた。
殿下は微笑んだ。
「ええ。そうしましょう」
ロイドが立ち上がり、殿下にバラを差し出した。私たちに緊張が走った。
今日はなにをするのかいっさい聞かされていないので、翻弄される。
いま、この瞬間に選ぶのか?
殿下は、バラの匂いを嗅いだ。
「今日は雨が降っていたので、昨日のうちにとっておきました。今年のバラは実に出来が良い。皆様全員にバラを渡したい気持ちでいっぱいです」
私たちの顔を1人1人、見た。
あまり心を乱さなかった。あるがままを受け入れようと思っていた。
「妃に選ばれるのは、たったひとり。いままでの総合的な評価で選ばせて頂きました」
――ん? 選ばせて頂いた?
気のせいかと思って、殿下を見ると、一度置くと思っていたバラを手放さなかった。
ロイドが声をあげた。
「これより、バチェラーの最終日、妃の選定へと進みます。なお、最終日は選考する演目はありません。座ってお待ちください」
あまりにも思っていたのと違って、戸惑う。
最終日は演劇をして、総合評価で妃をハーマイオニーに決めると思っていた。
ではなぜ私は残されたのか。最後に誰が選ばれるかの人数合わせみたいなものか。
すでに決まっているのなら、緊張することなどない。そう思っても身体はふるえているし、心臓はここにいるぞ、と叩き続けていた。
心の奥に刺さったままのものはどこかへ行ってくれない。痛みと問いの残滓がずっと、残り続けていた。
あたまを振った。
殿下はバラを持ったまま、立っている。
リンジーはあたまを伏せ、手を組み、なにかに祈っていた。
ハーマイオニーはまっすぐに殿下を見つめていたが、その唇はかすかに揺れていた。
緊張と、振りまわし続ける渦のような感情でおかしくなりそうだった。
再び、雷雨が鳴った。
リンジーの肩がぴくり、と動く。
雨脚が更に酷くなって、嵐の様相を呈した。
殿下が一歩、前に動いた。
ハーマイオニーがすこし、前に身を乗り出した。
リンジーはなにかを高速でつぶやいている。神に祈っているのかもしれない。
「リンジー嬢」
殿下が名を告げた。
リンジーはうつむいて、ずっとなにか言っていた。
「リンジー嬢」
「はっ、はいい!」
リンジーがあわてて、立ちあがった。が、くらっとして、椅子に倒れるように一度、座った。
やがて、ゆっくりと立ちあがった。
ハーマイオニーは椅子に崩れおちた。
殿下は、リンジーのもとに行った。
殿下はひざまずき、間を空けて、リンジーを見上げた。
「俺の……妃になってくださいますか」
リンジーは首を何度もひねって、紫の髪を大胆に揺らし、思い悩んでいた。
「あたしで間違いないのですよね? ちょっと、考えさせてもらっていいですか」
そう断って、一度座った。唸りながら、殿下の顔を見たり、天井のシャンデリアを見たりした。
「いいかな。殿下ってとっつきにくそうって思ったけど、演技も上手で面白い人だから。一緒に楽しい国を作りましょう!」
リンジーはバラを受け取った。
ロイドが叫んだ。
「ご結婚、おめでとうございます」
ロイドと従者がすさまじい拍手をした。
私も拍手をする。思うように腕に力が入らなかった。
ハーマイオニーは椅子にうなだれたまま、ぴくりとも動かなかった。
雷が鳴った。暴風雨が窓を叩き、突き破ろうとしていた。
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