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3章 バチェラー2日目

25話 バチェラー2日目 夜の部④

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 殿下は馬上で私のドレス、宝石、メイクを見ていた。
「アニマ嬢は、どんどん綺麗になっていきますね……」
 殿下はため息のようなものをもらした。

「ありがとう、ございます」
「演技も期待しています」
「お任せください」


 私はソウルをおろした。
 
 悪役令嬢として即興劇を演じる。



「殿下と1年以上、会えないのか」
 私は星に話しかけるように言って、馬の尻をすこし叩いた。馬がすこし速度をあげた。
「やめろっ。すぐ帰ってくるよ」
 殿下は馬を落ちつかせ、言った。

「そっか。だったら、あたしがおまじないをしてあげるよ。かしてっ」
 殿下を馬から下ろし、自分が手綱をにぎった。

 皆から歓声があがった。

 殿下の手をとって、後ろに乗せてあげる。

 腹から声を出して、ドレスの裾ごしに馬の腹を叩くと、軽快に走りだした。

「いい子ね。あたしだって馬に乗れるし、そうだ。一緒にいかない? あたしがそばにいればさ、戦争だって勝てる。とてもいいと思う」
「ダメだ。戦うのは男の役目だ」
 馬の蹴る音がうるさい。殿下は肩越しにおおきな声を出す。

「古いなぁ。時代に取り残されちゃっているよ。しょうがない。殿下は城を守ってなよ。あたしが戦地にいくから」
「そんなこと、できるわけがないだろう!」
「なーに怒ってるの。冗談だよ。でもさ、もし戦争に行くっていうなら、こっちにも考えがあるんだよね」
 私は沈黙した。

「それでも、行かなくてはならない」
 殿下は悲しげな声を出した。

「別の男と結婚するから。それでも、いく?」
 馬の腹を蹴って、手綱を引っ張った。馬は加速していく。

「待っていてはくれないのか」
「女はね、時間というものが男の3倍の価値があるの」
「なんだそれは」
「行くなら、あたしのことは忘れてね」



 それっきり殿下とはあわなかった。



 1週間後、戦地へ行った殿下から手紙が届いた。
 あたしはその手紙に返事し結婚が決まったと書いた。





 2週間後、殿下から手紙が届いた。結婚をやめるように書いてあった。戦況は悪化しているとのことだった。あたしは2ヶ月後に結婚すると書いた。








 3ヶ月後、殿下は結婚を決めたことを手紙で怒っていた。あたしは、結婚して幸せだと書いた。













 半年後、殿下はまもなく戦争は終わると書いてあった。あたしは妊娠したと書いた。









 さらに3ヶ月後、殿下は戦地で亡くなったと報じられた。あたしは妊婦用の喪服を着て、式に参列した。





 式で見知らぬ軍人に呼び止められ、手紙を渡された。それは殿下の最後の手紙であった。

 殿下は私を憎んでいた。自分が国の為に戦争をしているのに、私が結婚して幸せになっているのが許せないと書いてあった。でも、子どもには会ってみたいと書いてあった。そして、帰ったら、君の家族を紹介してくれないかと書いてあった。


「私を恨み切れてなかったのね。殿下らしい」
 息を吐いた。

 殿下の死体は綺麗な状態だった。そのまま、動き出しそうだった。色とりどりの花が棺を満たしていた。

 私は殿下の頬をなでた。肩と背中がたまらないとばかりに痙攣した。思いのままに泣いた。


 屋敷に帰り、喪服を脱いだ。その際にお腹にいれて膨らませていたフルーツを全部、くずかごに捨てた。着替えを手伝っていた侍女は卒倒しそうになった。

 私の旦那の役をしていた従者に暇を出し、黒以外のドレスはすべて捨てさせて、私の役目は終わった。

「もっと、私を恨んでくれたらよかったのに。怒りにまかせて、帰ってこれたら、よかったのにね」

 私はベッドで泣いた。背中に殿下の気配を感じた。振りかえったが、だれもいなかった。







 私は我に返り、殿下にお辞儀カーテシーをした。
 私に見えていた屋敷もベッドも、王城の馬場の景色にもどった。

 殿下はもう、涙を隠さなかった。

 私の肩に手を置いた。

 
 殿下のトパーズのような瞳は、潤んでいた。
 何度かうなずき、私を見て、微笑んだ。

 私はあたまを下げた。

「すごい! アニマ!! とっても良かった!!!」
「アニマちゃん。良すぎて鳥肌が立っちゃった。このまま鳥になったらどうしてくれるの? それもあり?」
 ハーマイオニーとリンジーが褒めてくれた。

 ドラクロアが赤い髪を振り乱し、拍手した。
「アニマ。すごいよ。神に愛されし、才能だ」

 ヴィヴィアンが何度もうなずく。
「アニマ様を見ていると、色んなアイデアが浮かんできます。とっても良い演技でした」


 ニーナは興味なさそうにその場に立っていた。帰らなかっただけ偉いと強く思った。


 殿下が落ち着いたところで、いよいよ、2日目の結果発表がはじまる。


 一瞬で演じた興奮が冷え切っていくのがわかる。
 腕をふるわせたのは、冷たい夜風のせいだけではない。
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