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最終章 最期にわたくしがしたいこと

106話 エピローグ② 結婚式場でのもうひとつの一幕

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 結婚を申しこまれてから、1週間がすぎた。

 シリルとお父さまの仕事の問題を解決したあと、お父さまの書斎に呼ばれた。


 仕事のことは解決したが、シリルは元気がなさそうだった。
 わたくしには心当たりがある。

「姉さん。結婚を申しこまれたのだってね、おめでとう」
 シリルは複雑な表情をしていた。

「ありがとう。シリル」
 わたくしは気まずくなって、目をそらした。

「実は母さんが着たウェディングドレスがある。できればフェイトに着て欲しいと残したものだ。もちろん、新しいものをじぶんで用意してもよい。どうする?」
 お父さまは上機嫌にいった。
 
 トルソーに白いシルクで作られた立派なウェディングドレスが飾ってあった。右の甲の部分に赤い糸で刺繍が、左には蒼い糸で刺繍がしてあった。お母さまの目をイメージした刺繍だ。

「素敵なドレスですね。ありがたく頂戴いたします。ただ、すこしだけ手をくわえさせていただければありがたいです」
「もちろんだ。好きにすると良い」




◇◇◇◇◇



 わたくしの部屋がノックされる。
 ジェイコブが首をかしげながら入ってきた。
「わああああああああああああああ!!!!!」
「どわぁああああああああああ!!!!!!!」
 わたくしは扉の後ろに隠れて、ジェイコブを脅かした。ジェイコブは巨体を震わせて、尻餅をついた。

 その様子をどうしてよいかわからないように立ち尽くす、プチチナブロンドの絶世の少女がいた。
「もう……ご結婚を控えておりますので、大概にしてください。バルクシュタイン嬢をお連れしましたよ」
「巨大なジェイコブがこんなに驚くんだという、限界のその先を見たくて。申し訳ございません」


 バルクシュタインは緊張しているのか、落ち着かない。白い陶器のような肌が赤かった。
「ごきげんよう。バルクシュタイン。わざわざお越し頂きまして、ありがとうございます」
 尊敬の意味を込めて、挨拶カーテシーをする。

 バルクシュタインもおなじ挨拶を返そうとしたようだが、失敗して、膝と肩がぎこちなくなった。
「はじめまして。アシュフォード様。本日はお招きに預かり、光栄です」

 バルクシュタインを椅子にうながし、紅茶を用意する。
「わたくしが直々にご用意してよろしいでしょうか。バルクシュタインはたしか……砂糖は……少なめでよいのですよね」

「直接給仕いただけるなんて恐縮です……。って、なぜあたしが砂糖がすくなくてよいのをご存じなのですか? ああっ! アシュフォード様! 砂糖を入れすぎです!!! せっかくの茶葉の風味が全部砂糖になります……」
 バルクシュタインは余計なことをいったのかと思ったのか、謝ってきた。

 バルクシュタインを見つめる。
「ど、どうかしましたか?」
「いえ。いまは様々な実験をおこなっておりまして。その信憑性をたしかめているところなのですが、驚くほど一致していております。つまりはバルクシュタインに興味津々というわけです。なぜ、そんなに緊張していらっしゃるの?」

 バルクシュタインは照れたようにうつむいた。
「だって、初めて……お会いしますよね。それなのに家にご招待いただけるとは。すごくうれしいのですが、緊張してしまって」
「貴方はわたくしが……思っていた様子とはずいぶん違いますね……。それに、わたくしたちは初めてあったのではないでしょう?」


 バルクシュタインの手をとって、顔をのぞきこんだ。宝石のような蒼い瞳が、くるくると動く。
「え? ええっ? どういうことでしょうか? ま、まさか」





「貴方の正体は、アーロン男爵令息でいらっしゃいますね」
 バルクシュタインが両手でくちもとを隠した。

「ご存じでしたか……いや……なんとも恥ずかしいです」
 肌が真っ赤になり、顔をてのひらであおいでいる。

 わたくしたちは出会った頃の昔話や、その後、どうなったのかを話した。



「今日お越し頂いたのは、バルクシュタイン商会にお母さまのドレスをなおしていただきたいのと、結婚式でどうしてもやりたいことがございまして」
 バルクシュタインに内容を話した。


「それは……前代未聞ですね。ですが、そんな結婚式、見てみたいです。ドキドキします。ただ、そうすると、商会系列のドレスの職人をすべて総動員して、約3ヶ月拘束だから……」
 椅子からたちあがって、バルクシュタインはぶつぶつとひとり言を話した。恥ずかしがっていた顔はどこへやら。立派な商人の顔つきになった。わたくしは我慢できずに笑う。


「あっっ! すみません。つい、商売のこととなると」
「いえ。いいのです。懐かしいというと語弊があるのですが、いまのバルクシュタインのほうがしっくりきます」
 バルクシュタインは首をかしげたが、わたくしはなにもいわなかった。

「お金に糸目はつけません。好きなだけ請求してください」
「いいえ」
 バルクシュタインはてのひらをむけて、首をふった。

「お代は結構です。おめでたい結婚式ですから。それに携われるだけで夢のようです。よかったら今後もバルクシュタイン商会をごひいきにしてください。そして、あたしのずうずうしい願いを聞いてもらえませんか」

「はい、よろしくお願いしますね」
 うなずいた。


 バルクシュタインは甘い物を食べたと思ったら、実は酸っぱいものだったみたいな表情で、わたくしを見た。
「相手の要望を聞かずにうなずくなんてしては絶対だめですよ!今後、商談などがあるばあいはあたしも同行します。アシュフォード様がとても心配ですから」
「心配をかけてしまってすみませんが、わたくしはバルクシュタインが願うことがなんとなくわかりますし、わたくしを貶める方ではないのを知っています」
 その後、バルクシュタインが胸から契約書を出したとき、わたくしは吹き出してしまった。



◇◇◇◇◇


 それから、1ヶ月が経った。

 アルトメイア帝国は正式に魔女の戦争介入をとりやめることを発表した。マデリンと黒闇の魔女ロレーヌ様がアルトメイアを制圧したのだ。魔女は正式に解放されることとなった。直にすべての魔女が解放へとむかうだろう。それと同時にジョシュア殿下が正式に皇帝に即位した。

 あの方であれば、うまくアルトメイアをまとめてくださいますね。とわたくしは思った。

 それから2週間ほどたって、マデリンから手紙が届く。第一回の記念すべき魔女会議をわたくしが長となっておこなうことが決まった。2ヶ月後に開催されるから、結婚式のあとだ。場所はアルトメイア。茨の魔女をのぞいた、6人の魔女の会議だ。今後の魔女の在り方を話し合うらしい。

 万事順調ですね。マデリン。しょうがありませんね。わたくしが怠惰なあの方になりかわって、取り仕切って差し上げます。



◇◇◇◇◇



 わたくしは王城でアランの仕事の手伝いをしていた。
 中庭をとおって、書類を運んでいると。
「おい、おまえ!!」
 後ろから、怒鳴られる。

 わたくしのすべての神経は、振り向くことを拒絶した。汗がダラダラとたれ、その場から全力で逃げ出したい気持ちにかられる。

 金髪のカールした毛先をのばしながら、にらみつけるようにわたくしを見ている。
「嬢ちゃんだろう? アシュフォードの嬢ちゃんってのは?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ! すみません!!! わたくしがアシュフォードです! アシュフォード家で大変失礼をいたしました」
「ああっ? おまえ……どっかであったことねぇか? 俺はジョージっていって、つい最近まで貧民街で護身術を教えていたんだ。それが、急に王城に呼ばれ、兵の訓練長をやれと押しつけてきやがった。いったいだれがこんなことをって聞いてまわったら、おまえの名前がでてきた。貧民街の子どもたちに薬をくばってくれたこと、感謝している。で? なんで俺をまねいた。なぜ、俺を知っている?」


 ぶつぶつと文句を言っているジョージに震えあがる。

 怖い、嫌だ。一秒でもはやく離れたい! 全身が拒絶をしている。
 それでも、それでも! わたくしはなにもない後ろをふりかえった。


「ジョージ。わたくしを弟子にしてください。貴方様の技を、じぶんのものとしたいのです」
「……いいだろう。この国の王妃となる女が弟子なら、皆の指揮があがる。よし、死ぬ気でついてこい。まずは、世界だ。世界をめざすぞ。まずは飴を食べろ!」
「やっぱりやめます! 気の迷いでございました。あ、飴は頂きます。いやーーーー! 助けてください!!!」

 王城でわたくしの悲鳴が響きわたる道場は、嘆きの道場と呼ばれるようになったとか、ならないとか。



◇◇◇◇◇



 結婚式の前日。ぎりぎりでウェディングドレスは間に合ったとバルクシュタインが報告に来た。
 わたくしは結婚式をおこなう王城の広間にいた。
 そこに運び込まれたウェディングドレスは圧巻で、素晴らしいできばえだった。

 明日の準備にそなえ、給仕があわただしく働いていたが、わがままを言って、すこしだけ席を外してもらうこととなった。


 バルクシュタインはあわただしく着替えてきた。
 それはバルクシュタインがじぶんの為に用意した、白いウェディングドレスだった。デコルテが綺麗に見えるように、胸元が上品にカットされている。スカート部分がおおきく膨らんで、歩いているときにそれがふわりと、空気をふくんで、ゆれる。左の肩に蒼い宝石、右の肩に蒼い宝石が埋め込まれている。

「……なんて綺麗なのでしょう」
「最近アシュフォード様の右目が蒼から赤くもどったでしょう。探したのですが、よい赤い宝石が見つからなくて、右肩も蒼になってしまったのが心残りです」
「いいえ……このドレスが好きです。いまのわたくしだけの宝物です」


「アシュフォード様、あたしと踊って、いただけませんか?」
 ドレスの裾をつまみ、挨拶をされた。

「よろこんで。踊っていただけますか、レディ?」
 わたくしは流し目で誘った。

 この日の為にピアノが弾ける、クラスメイトのゾーイに来てもらっていた。

 ゾーイがわたくしたちに目配せして、ピアノを弾きはじめた。
 バルクシュタインとわたくしはゆっくり、時に激しく、リードし、リードされ、ふたりの個々の動きはひとつに調和していく。
 わたくしにはわかった。バルクシュタインがどれだけのダンスの修練を積んできたのかを。



 やがて、夢のようなひとときが、終わる。


 バルクシュタインは泣き崩れた。
「アシュフォード様、あたし、幸せです。こんなに幸せな日があっていいのかってぐらい。さらに明日はアシュフォード様の結婚式でもあります。ほんとうにめでたいです」
「わたくしもバルクシュタインと踊れてよかったです」


 ゾーイがピアノから離れてやってきた。
「おふたりとも、すごくお綺麗でした。こんな、こと。言っていいのか、わからないけれど。私には、おふたりが、その……結婚するように、見えました、よ」
 照れくさそうにいうゾーイ。

「最高の褒め言葉ですね」
 バルクシュタインが泣きながら笑った。わたくしも笑いかえした。
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