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最終章 最期にわたくしがしたいこと
105話 エピローグ① プロポーズ
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なぜか海岸で急に意識をとりもどしたわたくしは、少女の好意により、家まで送ってもらうことになった。
馬車に乗ると、どうしようもない睡魔が襲ってきた。
夢から目覚めたわたくしは、少女に、家ではなく、王城まで送ってほしいと伝えた。
「では、またな。フェイトよ」
目の見えない少女は鼻提灯を片鼻につくったまま、器用に手をふった。
「ここまで送っていただきありがとうございました。気をつけてお帰りください。マデリン」
長旅で痛む腰を押さえながら、馬車をおりた。
いまは昼時で、王城では緩慢な動作の兵が門を守っていた。暖かな春風がさわやかに吹いている。黄色い蝶がわたくしの肩にとまった。
「あれ……わたくし、なぜあの少女の名前を知っているのでしたっけ?」
首をかしげると、蝶が飛んでいった。
イタムがドレスのなかで動く。
わたくしはドレスの裾を見つめる。
裾が雑に切り裂かれていて、恥ずかしいのですが……。いったいどうして?
あしもとを気にしながら、門兵に話しかけた。
「たのみますわ!! アラン殿下に面会をお願いいたします!」
「アラン殿下はお会いにならないと申しております」
だいぶ時間がたってから、門兵がもどってきた。
「わたくしは謝罪にきたのです。もういちど殿下にその旨をお伝えください!」
どうやって話をまとめようか、4回ぐらい考えぬいた。門兵の装備をじっと見つめ、あたまで思い浮かべられるぐらいの時間がたった。やっとさきほどの門兵がもどってきた。
「やはりお会いにはならないと――」
「承知しました。ここをとおらせていただきますね」
「いけません! アシュフォード公爵令嬢!」
裾を持って、すたたたた、と階段を駆けあがる。
なんとはしたない。そして、裾はやぶれてすらいる。とんだ”おてんば姫”のようだ。
わたくしは笑う。
子どものとき、王城でいたずらしていた日々を思いだす。
楽しかったな。
なぜか、わたくしは泣きそうになった。
立ち止まり、なぜそんな気持ちになっているのか考えてみたが、けっきょくわからなかった。
「たのみ、ますわ!!!!!!!!!!!!!」
アラン殿下の部屋の金細工の扉を突き飛ばすようにあけた。
衛兵は見て見ぬ振りをしてくれている。
ずっと、不思議だった。
きょうのわたくしはなぜ、こんなにも大胆な行動がとれるのだろうか?
「くるなぁ! フェイト! 来るんじゃない!!」
寝室から殿下の悲鳴が聞こえた。
ベッドは扉から見て、奥の部屋なのでここからは見えない。
「なつかしいですね。殿下、覚えていますか? この広い王城で、かくれんぼしたことを。じぶんで言うのもはばかられますが、わたくしはかくれんぼの天才でございました。それでも、殿下はどんなに時間がかかっても、わたくしを見つけてくださいましたね。今度は、わたくしのばん、です!!!」
部屋は暗く、巨大なベッドの天蓋は閉じられている。
天蓋をぐっと引っぱった。
殿下はそのなかにいて、怯えるようにシーツで顔を隠した。
「殿下、みぃーつけた!」
「俺を、見るな!!! フェイト!!!!」
しばらく、沈黙がつづいた。
「わたくし、殿下に……その……酷いことを……いいました……よね?」
「忘れたとは言わさないぞ!!」
殿下に聞こえないように、ため息を漏らす。
――なんとなく、状況が読めてきた。
なぜ、急に海岸で意識がもどったのか?
なぜ、初対面の少女の名前を知っていたのか?
あの、海岸の地面に書かれていた、わたくしの字の正体はなにか。
――わたくし、悪酔いしたのですね! ワインを飲み過ぎて記憶を飛ばしてしまったにちがいありません。
あの少女も悪酔い仲間。だから、あれだけ惰眠をむさぼっていたのでしょう。つまり、わたくしは酒に酔って殿下に暴言を吐き、婚約破棄というとんでもない状況を作りだしてしまったというわけ、ですね。
わたくしは広い部屋の端までいった。
「な……なにをする気だ! 出ていけ!!! フェイト!!!!!」
殿下の声を無視して、わたくしは、走る!!!!
助走をつけて、そのまま、足をあげて、飛んだ!!!
すべりながら、ベッドのまえにひざをつき、盛大な土下座をおこなった。
「へっ?」
「殿下、たいっっっへんんん、申し訳ございませんでした。わたくし、あの夜はどうかしておりました。ワインに飲まれ、殿下に婚約破棄などと冗談ではすまされないことを申してしまい、なんとお詫びすればよいやら。二度と致しませんので、どうかお許しいただけないでしょうか」
なんの反応もないが、さきにあたまをあげることはしない。
「二度としないとは、具体的にどうするんだ?」
すねたような声で殿下がいった。
「ワインは1日……2本まで。用法用量を正しく守ります。あとは、……そうです。思春期のとんがりです。だれしもが一度は罹る、あの、思春期特有のとんがりも、もうおさまりました。これからは小康状態へ移行して、ゆるやかに下降してまいります。とはいえ、すべてわたくしが悪いのです。たいへん、申し訳ございませんでした」
「甲斐性がなく、女々しいと思っているのだろうな。フェイトは。俺がどんな思いで、いまここにいると思っている?」
涙声だった。気になってしまい、おもわず、顔をあげた。殿下は目の下の隈がひどく、泣きはらしたのが一目でわかった。
わたくしは一瞬、あっけにとられてしまってから、我慢できずに笑ってしまう。
「わ、笑うな! さぞ、俺が情けなくうつるのであろうな。フェイトの瞳からは……」
ふたたび、シーツをかぶり、手をしっしっ、と振った。
「いいえ。かわいらしいです。強く、隙のなさそうな殿下が、わたくしの婚約破棄でそこまで傷ついていらっしゃるとは。って……すみません。不謹慎なことを。甲斐性がなく、女々しい。そんなことはまったく思っておりませんが、もしそうだとしても、わたくしは殿下のことが……その……もっと好きになると思います」
どうしても声が弾むのを、おさえることができなかった。
殿下がシーツで顔をかくし、わたくしの目のまえに座った。
「ほんとうか。いまは酔ってはいないのか?」
「もちろん、しらふです」
殿下はわたくしを無理矢理立たせ、壁際まで、押して、わたくしの顔をはさむように両手を壁についた。
――これはっっっっっっ!!!!!!! 小説でしか見たことがない、伝説の!!!!! 壁ドン!!!!!!!!! です!!!!!
プラチナブロンドの毛先が、わたくしの頬にかかる。いつまでも嗅いでいたい、高貴な香りにくらくらとした。
全身が心臓になったかのように、高鳴り、その音が殿下に気取られないようにするために、目をそらす。しかし、蜂蜜色のするどい瞳が逃がしてはくれない。このままからだが熱くなってしまったら、イタムが焦げてしまう。
「決めた。フェイトの気が変わらぬうちに、結婚しよう。そうだな、3ヶ月後でどうだ?」
「ええっ!!!!」
予期せぬ殿下のことばに、動揺を隠せなかった。
「ダメか?」
耳元でささやかれ、わたくしはたまらず目を閉じる。ぞわっとした感覚が背中を走った。いまのとろけた顔は見せられない。必死に顔をそむけた。
「ダメ、じゃないです……ただ、手順が……ありますでしょう」
わたくしは鋼の意思をつかって、殿下をすこし、押した。
殿下はわたくしを見下ろし、やがて、膝を落とした。
「フェイト、俺と、結婚してくれ」
殿下は白くてほそい指をわたくしにのばす。
その瞬間、不思議なことがおこった。
まるで、じぶんが複数人にわかれ、そのあと、それらがひとつになったような感覚だ。
わたくしは我にかえり、殿下の手をにぎった。
「うれしいです……。謹んで、お受けいたします」
「もう絶対、離さないぞ。フェイト」
殿下はわたくしを強く抱きしめた。わたくしも背中に手をまわす。
そのまま、殿下はわたくしにそのうすいくちびるを近づけてきた。
わたくしのなかの強い意志のような、なんとも形容しがたい感情に突き動かされるまま、首をふった。
「あでっっっ!」
殿下のひたいにわたくしは頭突きをくらわせてしまった。
「あっっっ、すみません」
なんとなく、キスはおあずけの雰囲気になってしまった。
わたくしはそのまま、謎の感情に支配されたまま、話をすすめた。
「殿下、わたくしが最高の結婚式にしてみせます。すべてのプロデュースをわたくしにお任せください。……キス……は、そのときに、いたしましょう」
わたくしの頬は熱でとけてしまいそうだ。目をそらすと、殿下は気まずそうにからだを離した。
「いいだろう。今日から俺のことはアランと呼んでくれ」
「承知しました。ア、アラン」
わたくしたちははにかんだ。
照れくさくて、恥ずかしい。それ以上に多幸感が重層的に胸にせまって、わたくしはすこし、泣いてしまった。
馬車に乗ると、どうしようもない睡魔が襲ってきた。
夢から目覚めたわたくしは、少女に、家ではなく、王城まで送ってほしいと伝えた。
「では、またな。フェイトよ」
目の見えない少女は鼻提灯を片鼻につくったまま、器用に手をふった。
「ここまで送っていただきありがとうございました。気をつけてお帰りください。マデリン」
長旅で痛む腰を押さえながら、馬車をおりた。
いまは昼時で、王城では緩慢な動作の兵が門を守っていた。暖かな春風がさわやかに吹いている。黄色い蝶がわたくしの肩にとまった。
「あれ……わたくし、なぜあの少女の名前を知っているのでしたっけ?」
首をかしげると、蝶が飛んでいった。
イタムがドレスのなかで動く。
わたくしはドレスの裾を見つめる。
裾が雑に切り裂かれていて、恥ずかしいのですが……。いったいどうして?
あしもとを気にしながら、門兵に話しかけた。
「たのみますわ!! アラン殿下に面会をお願いいたします!」
「アラン殿下はお会いにならないと申しております」
だいぶ時間がたってから、門兵がもどってきた。
「わたくしは謝罪にきたのです。もういちど殿下にその旨をお伝えください!」
どうやって話をまとめようか、4回ぐらい考えぬいた。門兵の装備をじっと見つめ、あたまで思い浮かべられるぐらいの時間がたった。やっとさきほどの門兵がもどってきた。
「やはりお会いにはならないと――」
「承知しました。ここをとおらせていただきますね」
「いけません! アシュフォード公爵令嬢!」
裾を持って、すたたたた、と階段を駆けあがる。
なんとはしたない。そして、裾はやぶれてすらいる。とんだ”おてんば姫”のようだ。
わたくしは笑う。
子どものとき、王城でいたずらしていた日々を思いだす。
楽しかったな。
なぜか、わたくしは泣きそうになった。
立ち止まり、なぜそんな気持ちになっているのか考えてみたが、けっきょくわからなかった。
「たのみ、ますわ!!!!!!!!!!!!!」
アラン殿下の部屋の金細工の扉を突き飛ばすようにあけた。
衛兵は見て見ぬ振りをしてくれている。
ずっと、不思議だった。
きょうのわたくしはなぜ、こんなにも大胆な行動がとれるのだろうか?
「くるなぁ! フェイト! 来るんじゃない!!」
寝室から殿下の悲鳴が聞こえた。
ベッドは扉から見て、奥の部屋なのでここからは見えない。
「なつかしいですね。殿下、覚えていますか? この広い王城で、かくれんぼしたことを。じぶんで言うのもはばかられますが、わたくしはかくれんぼの天才でございました。それでも、殿下はどんなに時間がかかっても、わたくしを見つけてくださいましたね。今度は、わたくしのばん、です!!!」
部屋は暗く、巨大なベッドの天蓋は閉じられている。
天蓋をぐっと引っぱった。
殿下はそのなかにいて、怯えるようにシーツで顔を隠した。
「殿下、みぃーつけた!」
「俺を、見るな!!! フェイト!!!!」
しばらく、沈黙がつづいた。
「わたくし、殿下に……その……酷いことを……いいました……よね?」
「忘れたとは言わさないぞ!!」
殿下に聞こえないように、ため息を漏らす。
――なんとなく、状況が読めてきた。
なぜ、急に海岸で意識がもどったのか?
なぜ、初対面の少女の名前を知っていたのか?
あの、海岸の地面に書かれていた、わたくしの字の正体はなにか。
――わたくし、悪酔いしたのですね! ワインを飲み過ぎて記憶を飛ばしてしまったにちがいありません。
あの少女も悪酔い仲間。だから、あれだけ惰眠をむさぼっていたのでしょう。つまり、わたくしは酒に酔って殿下に暴言を吐き、婚約破棄というとんでもない状況を作りだしてしまったというわけ、ですね。
わたくしは広い部屋の端までいった。
「な……なにをする気だ! 出ていけ!!! フェイト!!!!!」
殿下の声を無視して、わたくしは、走る!!!!
助走をつけて、そのまま、足をあげて、飛んだ!!!
すべりながら、ベッドのまえにひざをつき、盛大な土下座をおこなった。
「へっ?」
「殿下、たいっっっへんんん、申し訳ございませんでした。わたくし、あの夜はどうかしておりました。ワインに飲まれ、殿下に婚約破棄などと冗談ではすまされないことを申してしまい、なんとお詫びすればよいやら。二度と致しませんので、どうかお許しいただけないでしょうか」
なんの反応もないが、さきにあたまをあげることはしない。
「二度としないとは、具体的にどうするんだ?」
すねたような声で殿下がいった。
「ワインは1日……2本まで。用法用量を正しく守ります。あとは、……そうです。思春期のとんがりです。だれしもが一度は罹る、あの、思春期特有のとんがりも、もうおさまりました。これからは小康状態へ移行して、ゆるやかに下降してまいります。とはいえ、すべてわたくしが悪いのです。たいへん、申し訳ございませんでした」
「甲斐性がなく、女々しいと思っているのだろうな。フェイトは。俺がどんな思いで、いまここにいると思っている?」
涙声だった。気になってしまい、おもわず、顔をあげた。殿下は目の下の隈がひどく、泣きはらしたのが一目でわかった。
わたくしは一瞬、あっけにとられてしまってから、我慢できずに笑ってしまう。
「わ、笑うな! さぞ、俺が情けなくうつるのであろうな。フェイトの瞳からは……」
ふたたび、シーツをかぶり、手をしっしっ、と振った。
「いいえ。かわいらしいです。強く、隙のなさそうな殿下が、わたくしの婚約破棄でそこまで傷ついていらっしゃるとは。って……すみません。不謹慎なことを。甲斐性がなく、女々しい。そんなことはまったく思っておりませんが、もしそうだとしても、わたくしは殿下のことが……その……もっと好きになると思います」
どうしても声が弾むのを、おさえることができなかった。
殿下がシーツで顔をかくし、わたくしの目のまえに座った。
「ほんとうか。いまは酔ってはいないのか?」
「もちろん、しらふです」
殿下はわたくしを無理矢理立たせ、壁際まで、押して、わたくしの顔をはさむように両手を壁についた。
――これはっっっっっっ!!!!!!! 小説でしか見たことがない、伝説の!!!!! 壁ドン!!!!!!!!! です!!!!!
プラチナブロンドの毛先が、わたくしの頬にかかる。いつまでも嗅いでいたい、高貴な香りにくらくらとした。
全身が心臓になったかのように、高鳴り、その音が殿下に気取られないようにするために、目をそらす。しかし、蜂蜜色のするどい瞳が逃がしてはくれない。このままからだが熱くなってしまったら、イタムが焦げてしまう。
「決めた。フェイトの気が変わらぬうちに、結婚しよう。そうだな、3ヶ月後でどうだ?」
「ええっ!!!!」
予期せぬ殿下のことばに、動揺を隠せなかった。
「ダメか?」
耳元でささやかれ、わたくしはたまらず目を閉じる。ぞわっとした感覚が背中を走った。いまのとろけた顔は見せられない。必死に顔をそむけた。
「ダメ、じゃないです……ただ、手順が……ありますでしょう」
わたくしは鋼の意思をつかって、殿下をすこし、押した。
殿下はわたくしを見下ろし、やがて、膝を落とした。
「フェイト、俺と、結婚してくれ」
殿下は白くてほそい指をわたくしにのばす。
その瞬間、不思議なことがおこった。
まるで、じぶんが複数人にわかれ、そのあと、それらがひとつになったような感覚だ。
わたくしは我にかえり、殿下の手をにぎった。
「うれしいです……。謹んで、お受けいたします」
「もう絶対、離さないぞ。フェイト」
殿下はわたくしを強く抱きしめた。わたくしも背中に手をまわす。
そのまま、殿下はわたくしにそのうすいくちびるを近づけてきた。
わたくしのなかの強い意志のような、なんとも形容しがたい感情に突き動かされるまま、首をふった。
「あでっっっ!」
殿下のひたいにわたくしは頭突きをくらわせてしまった。
「あっっっ、すみません」
なんとなく、キスはおあずけの雰囲気になってしまった。
わたくしはそのまま、謎の感情に支配されたまま、話をすすめた。
「殿下、わたくしが最高の結婚式にしてみせます。すべてのプロデュースをわたくしにお任せください。……キス……は、そのときに、いたしましょう」
わたくしの頬は熱でとけてしまいそうだ。目をそらすと、殿下は気まずそうにからだを離した。
「いいだろう。今日から俺のことはアランと呼んでくれ」
「承知しました。ア、アラン」
わたくしたちははにかんだ。
照れくさくて、恥ずかしい。それ以上に多幸感が重層的に胸にせまって、わたくしはすこし、泣いてしまった。
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