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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと
86話 貴方の本心を聞かせて
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ブラッド殿下は、剣を抜いて、アラン殿下をにらみつけた。
「僕は3月の立食パーティの時に、兄さんを毒で殺そうと給仕を魔法で操り、ワインに混ぜた。ただ、殺すのでは面白くない。母さんにおまえらが毒を盛ったように、じわじわと死ぬように時限付きの毒でお返ししようと思った。でも、そのグラスを、フェイトも飲んだ。礼儀を重んじる君が、そういう行儀の悪さを見せることを予測できなかった」
ああ! わたくしが酔っていたとはいえ、アラン殿下のワインを奪って飲んだ時ですね。婚約破棄をされる二週間前です。
わたくしはようやくアラン殿下の不可解な行動の意味が理解できた。
――自分がご病気(毒を盛られた)だと思ったから、わたくしから距離をおこうとしていたのですね。つまり、わたくしと同じ思いだったということ。
アラン殿下を見つめると、悲しみに満ちた、なんともいえない顔をなさる。時にその表情の読めなさや行動の意味を理解できず、おおきな誤解がうまれてしまった。
すべては、わたくしの為、わたくしを守るために行ってくださっていたのですね。
「なぜアシュフォード嬢に毒を盛ったままにしている? 毒を盛った理由も、アシュフォード嬢が巻き込まれた理由もわかった。俺のことは恨んでいて当然だろう。自覚もある。さっさとアシュフォード嬢だけでも解毒しろっっっ!」
アラン殿下が激昂する。
「なにを怒っているんだ。物事には順番があるんだよ。いつもみたいに怒鳴るしか能がない鳥みたいな反応はやめて、すこしは僕の話を聞きなよ」
アラン殿下はわたくしの前に立ち、ブラッド殿下からかばってくれた。
「最初は病気なのかもよくわからず、移してしまったらことだから、アシュフォード嬢のことを遠ざけていた。他にも理由はあったが……。すまない。1ヶ月ぐらい経って、オリバー先生から感染の心配はないと伝えられてからはすこしゆるめたが」
いろんな感情がない交ぜになって、わからなくなる。でも、わたくしはそのなかで、いちばん強い感情を信じることにした。
「では、わたくしのことを、お嫌いになったわけではないのですね」
聞かなくてもきっと――答えは出ている。聞くのは野暮だ。しかし、いままでのことが悲しすぎた。わたくしは、アラン殿下の口から聞きたかった。そのお心を。どうしても、声に出してほしかった。
「もちろんだ。好き――。いや、愛している。アシュフォード嬢が許してくれるなら、一緒に生きていきたいと思っている」
アラン殿下ははじめてブラッド殿下から視線を外し、不器用な様子で笑った。笑っていいのかわからないといった様子で。ちいさな唇がかすかに震えていた。
「……まあ」
頬が熱くなっている。いままでの辛かったことさえ、良い思い出に切り替わる――。
「アシュフォード嬢、いや、フェイト。ともに生きよう」
ブラッド殿下が剣を抜いている緊迫した状態なのに、わたくしたちはふたりだけの世界のよう。
ようやく、わたくしたちはわかりあえた――。
わたくしは、また、野暮になるかも知れないと思いながらも、ずっと心に思い描いていた言葉を出す瞬間に、興奮していた。
「謹んで、お断り申し上げますわ!!!」
アラン殿下の蜂蜜色の瞳が白く、色をうしなった。心なしか、プラチナブロンドの髪も輝きを減衰させたみたいだ。
良い思い出に切り替わる――わけではなかった。
わたくしたちはわかりあえた――わけではなかった。
「理解はしました。すべてわたくしの為だったのですね。それは誠にありがとうございます。ですが、酷すぎませんか? いきなり婚約破棄だの、他に好きな女ができたなど、女としてのわたくしのプライドは行方不明。きっとはるか彼方の樹海の奥で首をつっているでしょう。他にもっといい手はなかったのでしょうか。さてさて、他にはなんでしたっけ? 数々の暴言、王城での嘆願書を処理しろだの。わたくしの屋敷での辛辣な言葉、まだまだありますね。これをなかったことに? いえいえ、それは不可能です」
わたくしはまるで旅の吟遊詩人が英雄譚をそらんじるように、すらすらと朗読してみせた。
アラン殿下が目をまるくしている。
「ああ、文化祭では助けていただいたのでした。その節はありがとうございました。いま生きているのはアラン殿下のおかげ。では、それを考慮して行動と言葉にして、返してくださいますか。いままでのわたくしを傷つけた分、その100万、いや、1億倍の愛ある言葉と行動によってであれば、わたくしは貴方様との今後を考えなくもありません」
薄く笑った。
「素晴らしい。フェイト。そうだ。転んでもただでは起きないのがおまえのいいところだ。冗談にして許してくれるのも優しい良いところだ。いいだろう。おまえが思う1億倍の愛に10倍上乗せして、尽くそう。フェイトにはその価値がある」
アラン殿下が髪をかき上げ、気持ちよく笑った。
「いえいえ、勘違いなさらないで。わたくしは許してはいませんよ! 言葉には気をつけてくださいね」
わたくしの真顔にアラン殿下は一瞬、目が点になった後、素直にあたまを下げた。
「申し訳なかった。フェイト。以後、気をつけます」
わたくしはにっこりと笑う。
「いい感じです! 今日の殿下は非常に良いです。好感がもてます」
控えめな、咳払いがして、我にかえった。
「そろそろ、僕も会話に参加してもいいかな? 不快で不快で、不快でたまらないふたりの痴話げんかのまねごとなんて見せられて。どんな地獄かと思ったよ。忘れたのかな? 君たちは僕の死の魔法にとらわれたままだ」
片目をつぶり、あきれたといった表情でブラッド殿下が言った。
「そうだな。フェイト。すまない。話の続きはブラッドの後だ。俺たちを解毒しろ!」
ブラッド殿下の雰囲気がかわる。
からだじゅうから、まがまがしいオーラのようなものが形成され、びりびりとわたくしの肌をさした。
「僕は茨の魔女だ。なめるなよ!!! どうして母さんが死ななくてはならなかった? 敵をとらせてよ!! 兄さん!!!」
「僕は3月の立食パーティの時に、兄さんを毒で殺そうと給仕を魔法で操り、ワインに混ぜた。ただ、殺すのでは面白くない。母さんにおまえらが毒を盛ったように、じわじわと死ぬように時限付きの毒でお返ししようと思った。でも、そのグラスを、フェイトも飲んだ。礼儀を重んじる君が、そういう行儀の悪さを見せることを予測できなかった」
ああ! わたくしが酔っていたとはいえ、アラン殿下のワインを奪って飲んだ時ですね。婚約破棄をされる二週間前です。
わたくしはようやくアラン殿下の不可解な行動の意味が理解できた。
――自分がご病気(毒を盛られた)だと思ったから、わたくしから距離をおこうとしていたのですね。つまり、わたくしと同じ思いだったということ。
アラン殿下を見つめると、悲しみに満ちた、なんともいえない顔をなさる。時にその表情の読めなさや行動の意味を理解できず、おおきな誤解がうまれてしまった。
すべては、わたくしの為、わたくしを守るために行ってくださっていたのですね。
「なぜアシュフォード嬢に毒を盛ったままにしている? 毒を盛った理由も、アシュフォード嬢が巻き込まれた理由もわかった。俺のことは恨んでいて当然だろう。自覚もある。さっさとアシュフォード嬢だけでも解毒しろっっっ!」
アラン殿下が激昂する。
「なにを怒っているんだ。物事には順番があるんだよ。いつもみたいに怒鳴るしか能がない鳥みたいな反応はやめて、すこしは僕の話を聞きなよ」
アラン殿下はわたくしの前に立ち、ブラッド殿下からかばってくれた。
「最初は病気なのかもよくわからず、移してしまったらことだから、アシュフォード嬢のことを遠ざけていた。他にも理由はあったが……。すまない。1ヶ月ぐらい経って、オリバー先生から感染の心配はないと伝えられてからはすこしゆるめたが」
いろんな感情がない交ぜになって、わからなくなる。でも、わたくしはそのなかで、いちばん強い感情を信じることにした。
「では、わたくしのことを、お嫌いになったわけではないのですね」
聞かなくてもきっと――答えは出ている。聞くのは野暮だ。しかし、いままでのことが悲しすぎた。わたくしは、アラン殿下の口から聞きたかった。そのお心を。どうしても、声に出してほしかった。
「もちろんだ。好き――。いや、愛している。アシュフォード嬢が許してくれるなら、一緒に生きていきたいと思っている」
アラン殿下ははじめてブラッド殿下から視線を外し、不器用な様子で笑った。笑っていいのかわからないといった様子で。ちいさな唇がかすかに震えていた。
「……まあ」
頬が熱くなっている。いままでの辛かったことさえ、良い思い出に切り替わる――。
「アシュフォード嬢、いや、フェイト。ともに生きよう」
ブラッド殿下が剣を抜いている緊迫した状態なのに、わたくしたちはふたりだけの世界のよう。
ようやく、わたくしたちはわかりあえた――。
わたくしは、また、野暮になるかも知れないと思いながらも、ずっと心に思い描いていた言葉を出す瞬間に、興奮していた。
「謹んで、お断り申し上げますわ!!!」
アラン殿下の蜂蜜色の瞳が白く、色をうしなった。心なしか、プラチナブロンドの髪も輝きを減衰させたみたいだ。
良い思い出に切り替わる――わけではなかった。
わたくしたちはわかりあえた――わけではなかった。
「理解はしました。すべてわたくしの為だったのですね。それは誠にありがとうございます。ですが、酷すぎませんか? いきなり婚約破棄だの、他に好きな女ができたなど、女としてのわたくしのプライドは行方不明。きっとはるか彼方の樹海の奥で首をつっているでしょう。他にもっといい手はなかったのでしょうか。さてさて、他にはなんでしたっけ? 数々の暴言、王城での嘆願書を処理しろだの。わたくしの屋敷での辛辣な言葉、まだまだありますね。これをなかったことに? いえいえ、それは不可能です」
わたくしはまるで旅の吟遊詩人が英雄譚をそらんじるように、すらすらと朗読してみせた。
アラン殿下が目をまるくしている。
「ああ、文化祭では助けていただいたのでした。その節はありがとうございました。いま生きているのはアラン殿下のおかげ。では、それを考慮して行動と言葉にして、返してくださいますか。いままでのわたくしを傷つけた分、その100万、いや、1億倍の愛ある言葉と行動によってであれば、わたくしは貴方様との今後を考えなくもありません」
薄く笑った。
「素晴らしい。フェイト。そうだ。転んでもただでは起きないのがおまえのいいところだ。冗談にして許してくれるのも優しい良いところだ。いいだろう。おまえが思う1億倍の愛に10倍上乗せして、尽くそう。フェイトにはその価値がある」
アラン殿下が髪をかき上げ、気持ちよく笑った。
「いえいえ、勘違いなさらないで。わたくしは許してはいませんよ! 言葉には気をつけてくださいね」
わたくしの真顔にアラン殿下は一瞬、目が点になった後、素直にあたまを下げた。
「申し訳なかった。フェイト。以後、気をつけます」
わたくしはにっこりと笑う。
「いい感じです! 今日の殿下は非常に良いです。好感がもてます」
控えめな、咳払いがして、我にかえった。
「そろそろ、僕も会話に参加してもいいかな? 不快で不快で、不快でたまらないふたりの痴話げんかのまねごとなんて見せられて。どんな地獄かと思ったよ。忘れたのかな? 君たちは僕の死の魔法にとらわれたままだ」
片目をつぶり、あきれたといった表情でブラッド殿下が言った。
「そうだな。フェイト。すまない。話の続きはブラッドの後だ。俺たちを解毒しろ!」
ブラッド殿下の雰囲気がかわる。
からだじゅうから、まがまがしいオーラのようなものが形成され、びりびりとわたくしの肌をさした。
「僕は茨の魔女だ。なめるなよ!!! どうして母さんが死ななくてはならなかった? 敵をとらせてよ!! 兄さん!!!」
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