【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ

文字の大きさ
上 下
85 / 107
第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

85話 殿下の秘密

しおりを挟む
 扉を開けると、だだっ広い部屋に出た。中央に簡易的な長机と椅子があり、奥に本棚、簡易的なベッドがぽつんと置かれていた。

「いらっしゃい。フェイト。やっと、僕たちはきちんとお互いに話をすることができるようになったね」
 ブラッド殿下は疲れて見えた。しかし、そのなかでもふと、楽しいことを見つけたような、そんな表情をしていた。

 イタムが舌を何度かだし、しっぽを振って威嚇した。

「ここまで来て疲れたでしょう? なにか飲む?」
 ブラッド殿下は、遊びにきた子どもにでも向けるような気安さで、長机に乗った銀のコップに手のひらを向けた。

 わたくしが注意深く歩いていくと、ブラッド殿下はわたくしの破れたドレスを見た。
「まさか、僕の兵士にやられたのかい? ケガはないか? す、すまない。本当に。どうしてこうなるんだ!! くそっ」
 殿下が机を強く叩いた。驚いてわたくしの肩がびくっと動く。殿下の余裕のある表情は崩れ、うろたえている。


「ごめんね。驚かせてしまって。ささ、どうぞ。座って」
 椅子を引いて、座るようにうながされる。


 迷ったが、座ることにした。


 目の前には、銀のコップに入った緑色の薄気味悪い液体が見えた。
 目を背ける。

 ブラッド殿下は後ろに手を組んでゆっくりとまわりを歩いた。
「フェイト、僕たちには時間がない。さっそくふたりでどこにいくか決めなくてはね。僕は寒いところだけは嫌だ。暖かいところなら、どこでもいいな。東の煌明の魔女がいるガルバニア国はどうだろう。雨が多いらしいけど、国は安定しているし、移民にも寛大だと聞いた。人口はどんどん増えているらしい。そこで一緒に暮らそう。きっと楽しいよ」

 夢を見るように語るブラッド殿下を見た。
 事実、殿下は夢を見ているのだろう。どこまでも楽しそうで、そこには現実的なことはなにひとつとして含まれていないように感じた。


「わたくしが、一緒に行くとお思いですか」

 目の光をうしなった殿下は、うなだれて、無理矢理に笑った。

「そうだね。僕は間違えすぎたし、選ばれなかった。いまさら体裁を繕っても意味はないね」
 ブラウンダイヤモンドの瞳をふせ、眉を下げた。


「一緒に来い! フェイト。君の命は僕がにぎっている! これで、どうかな?」
 わたくしに顔を寄せ、歯を見せた。しかし、そこに邪悪さは感じられなかった。
 肩に乗ったイタムが牙を剥き、瞳孔をひらいた。


「どうして無理やり、悪役のように振る舞うのですか。それではまるで、悪役令息です」
「そうだね。では、どうすれば、君は一緒に来てくれる? フェイトを助けたいのは本当なんだ」


 わたくしは聞きたくて、聞きたくて、ずっと我慢していたことを聞いた。



「どうして、わたくしに毒を盛ったのですか」



 殿下はその場にくずおれるように膝をついた。
 石畳を叩く。何度も、何度も。
 その手は血で染まった。


「手違いだったんだ。本当に。毒を飲ませるつもりはなかった。絶対に僕がもとにもどす」

 殿下がわたくしの足元にすがる。
 わたくしはそのままにした。
「だから、目の前の薬を飲んでほしいんだ」
 さきほどの気持ち悪い液体が入っているコップをわたくしの目の前に持ってきた。
「薬? 魔法で解除するのではないのですか」
「ああ。そうだ。この薬で治るかどうか試してみてくれ」

 わたくしは激昂しそうになる自分を必死で、必死に、押さえこんだ。
「試す? わたくしは実験台というわけですか? いやです。飲みたくはありません。わたくしがこの2ヶ月近く、死に怯え、だれにも相談できず、どんな気持ちで生きてきたと思いますか!!! 殿下の力で治してください。いますぐに!!!」
 立ち上がり、中腰の殿下の肩を強くゆすった。
 殿下はしりもちをついて、わたくしにされるがままだ。


「それはできない」
「どうして」
「それが僕と君をつなぎとめる最後のものだからだ」
「……えっ」

 ブラッド殿下がいったいどんな顔でいまのセリフを言った?
 殿下は眉毛を寄せて、切実な表情をしていた。
 それはこの世で誰からもまちがっていると言われたとしても、たったひとり、自分だけは信じている、そんな顔をしていた。



 意味がわからなかった。いったいこの人はなにをおっしゃっているのでしょうか。
 正体が茨の魔女だとわかった以上に、まるで殿下のことがわからない。
 ほんとうにこの人は、わたくしの幼なじみの、優しかったブラッド殿下なの?



「わたくしを、つなぎとめる為に、毒を盛った? だとしたら、アナタは、狂っている!! 狂っていますわ!!!」

 後ろの扉が、ひらく音がした。

 アラン殿下が飛び込んできた。
「フェイト!!! 怪我はないか!!!」


 そして、剣をブラッド殿下に向ける。
 ブラッド殿下が、アラン殿下をにらみつける。

「アシュフォード嬢、おまえ毒を盛られていたのだな」
 アラン殿下はいまにも泣き出しそうな顔をした。
 その顔は、わたくしのお母さまが亡くなった時のよう。


 ほんとうに、ほんとうに、ひさしぶりに。わたくしはアラン殿下のまことの顔を見た気がしました。
 わたくしも、その言葉に、表情に、泣くのを我慢した。


「ああ、なんてことでしょう。アラン殿下もでしたのね」
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

処理中です...