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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

75話【バルクシュタインside】初めてのアシュフォード家③ さて、あたしは誰でしょう? その2

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 ベッドからアシュフォード様は動かなかった。
 あたしはアシュフォード様の胸にあたまを乗せて、心臓の音を聞いた。
 
 
 なぜか、心臓の音が弱い気がする。

「アシュフォード様?」
 額に大粒の汗をかいて、アシュフォード様が苦しんでいた。
 あたしは跳ね起きる。

「すみません! あたし、力が強かったですか?」
 汗を指先でぬぐった。

 
 アシュフォード様は苦しげに浅い呼吸を繰り返している。

「お医者様を呼んできます!」
 ベッドから飛び降りた。
「まっって……」
 うめき声をだして、アシュフォード様が手をのばすが、ベッドに倒れた。

「アシュフォード様!」
 抱きかかえると、虚ろな瞳であたしを見た。


「病気のふりを……してみました。わたくしは……健康……そのものですよ。バルクシュタインが来るのが、楽しみで……。眠れなくて……。スクワット100回、素振り……500回やっていたら、こんな体たらくです」
 アシュフォード様の肌は真っ白で、いまにも死にそうなほど衰弱していた。


 あたしはいまの自分の表情を見られないように顔を背け、落ち着いてから、言った。


「それこそが嘘ですよね? あたしにはいまにも命が尽きそうに見えますよ。はやく、お医者様を!」
 あたしの手をにぎるというより、ただ手を置いたように感じた。



「ダメ……。ほんのすこしだけ、寝不足で……………………。寝ていれば……。大丈夫」

 いつの間にかベッドの下に来ていたイタムを、ベッドに乗せてあげる。イタムはアシュフォード様の顔をなめた。



 容体が急変したら、すぐに人を呼ぼうと思っていた。アシュフォード様はしばらく横になっていると、元通り呼吸できるようになってきた。


「なぜ、医者に診せないのか、理由を教えてもらえませんか」
 ベッドの端に座って、聞いた。


「寝不足で……倒れた……なんて……恥ずかしいですから」


「嘘だったら許しませんからね!」
 アシュフォード様は衰弱していたので、念を押す程度に留めた。イタムに牙を剥かれる。
 
 
「疑ってしまって、ごめんなさい。すべての人を疑っていくのは悲しいですね。バルクシュタインが茨の魔女ではないなんて、最初からわかっていたのに」
 アシュフォード様が起き上がってきたので、後ろからからだを支えた。

「まだ、あたしはなにも言っていませんけれど?」
「いえ。わたくしが思う茨の魔女は、このような行動はしないと思いますので、バルクシュタインは茨の魔女ではないです」

 あたしはアシュフォード様の白く透きとおった髪を見つめた。


「イタムを預かるという話は、一旦保留にしてくださいますか」
 あたしは、声をしぼり出した。


 アシュフォード様は細い背中をあたしに預け、振り向かず、言った。

「構いません。強引にお願いしてすみませんでした。バルクシュタインの気持ちも考えず、急に大事な家族を預かって欲しいなどと。わたくしでも身がまえてしまいます」


 あたしはアシュフォード様の正面にまわった。

「違う! あたしは、嫌だったんです! アシュフォード様が安心している顔も、ほっとした顔も、まるで……。茨の魔女のことで命を落とすと思っていませんか? あたしがイタムを預かる必要なんてないのですよ。アシュフォード様がお亡くなりになるまで、ずっと一緒にいてくださいよっ! そうだ! アシュフォード様とあたしが見た目を入れ替えるのは? イザベラ様か、黒闇の魔女か、もしくは他の魔女にお願いしてみましょう」


「ダメです」
「ちゃんと考えてください! あたしとアシュフォード様と天秤にかけた場合、どちらに価値があるか!」
「怒りますよ! くだらない!! わたくしが貴方の犠牲によって生き残ったとして、喜ぶと思いますか!!! わたくしは、照覧の魔女、フェイト・アシュフォード! この名を背負う者として、そこまで見くびられたら悲しいです!!!」



「うるっっさい!! もう怒ってるじゃない!! 頑固のかたまりの、がっちがちの公爵令嬢の魔女なんだからっ!! あたしがいいって言ってるんだから、素直に受けろよ!!! アシュフォード様の為に死ねるなら、本望だよ。他にはなにもいらない。アシュフォード様に生かされて、ここにいる。あたしを犠牲にしてよ。それでさ……生きてよ。ずっとずっと、しぶとく生きてさ、それでさ、時々でいいから、こんなあたしもいたなあって思い出してくれたらさ、それでいいんだよ。なんで、わかってくれないの!!」

 アシュフォード様の肩や胸を叩いた。
 さきほどあんなに苦しんでいたので、強くはできなかった。


 涙がこぼれる。
 見えている世界は歪んでも、あたしから見えるアシュフォード様は歪まない。まっすぐで、どこまでもまぶしくて、正しい人だ。



 泣いているあたしを見て、アシュフォード様はあっ、という表情をした。


 
 アシュフォード様が、あたしに抱きついてくる。



「前も、ダンスの練習の時に、同じようなことを言っていましたね。むかしどこかで、貴方のような美しい方に会っていたとしたら、忘れるはずがないんですよ。いま、その泣き顔を見て、やっと思い出しました。随分、時間がかかってしまって申し訳ありません」


「さて、あたしは誰でしょう」
 声がかすれ、泣き笑いの声になった。


「アーロン男爵でいらっしゃいますね。ご無沙汰しております。随分お姿が変わられたので、気がつきませんでした」


 あたしはアシュフォード様からからだを離して、ベッドを飛び降りた。


 胸に手を当て、執事の礼をする。

「お久しぶりでございます。アシュフォード様。ずっとお目にかかりたくて、アルトメイアから追ってまいりました。すこし、昔話にお付き合い頂けますか」
 
 あたしが言うと、アシュフォード様はうなずいた。
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