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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

70話 終わり支度

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 学校の昼休み。最近いつも一緒のメンバーと食事をとる。

「なんだよー。みんなしてフェイトのまわりに群がるなよ。暑苦しいだろうが。特にてめぇらはわきまえろよ。マジで」
 イザベラが面倒くさそうに、ミラーとウィレムスを振り払うしぐさをした。

「あら~。それでしたら、イザベラが暗ーいトイレにて1人で食べたらよいのではないですか? アシュフォード様とは私が食べますので。ね~」
 わたくしは急に親しく接してきたミラーにまだ慣れていない。ひきつった笑いでかえす。

「私に向かって便所飯パーソナル・ボッチ・飯をすすめてくるとは、良い度胸すぎるな」

「まあまあ。ケンカするでない。妾とて、ケンカはとても食えたものではないぞ。妾は食べるのに助けがいるために、フェイトの横を独占してしまう。いやー。すまんすまん」
 にかっ、とマデリンは笑って、わたくしに甘える。

「かわいい! それなら、私が食べさせますよ!」
 ゾーイが瞳を輝かせながら、マデリンに近づく。
「あたしでもいいですよ。マデリン様の世話はお任せください」
 バルクシュタインも名乗り出た。


「マデリンもモテモテじゃねーか! いいぜ。私だってやってやるよ。さあ、誰に世話してもらいてーんだ。言ってみろ!」
 マデリンを3人が取り囲む。

「すまんな。昔から世話してくれたのは、フェイトじゃ。お主らでは、妾にトマトを食べさせかねん。奴は死を誘発する酸っぱさに満ちておる。それは辛い世の映し鏡のようだ。よってフェイト以外には任せることはできぬ!」

 みんなが笑う。


 ゾーイと2人で食べていたランチが、こんなににぎやかになるとは思ってなかった。



 こんな日々がずっと続けばいいのに、と思う。



 この楽しい日常をずっと送っていきたい。退屈でも、劇的でなくてもかまわない。いままでは当たり前にそこにあって、もう戻っては来ない日常を。




 食べ終わった後、バルクシュタインに声をかけた。
「実は薬草の仕入れ先を探していまして、バルクシュタイン商会に頼めないでしょうか」
「お任せください。詳細を教えていただけますか」




「なるほど。薬草を仕入れれば、茨の魔女の居所がわかるかも、と」
「はい。お力を貸していただけないでしょうか」
 わたくしはあたまを下げた。

「あたまをあげてください。いつでも力になります。だけど、ひとつ約束してください。アシュフォード様は茨の魔女から手を引いてください。いちばんに狙われます。あたしや、マルクールの騎士に任せてください」
 バルクシュタインはわたくしの手を強い力でつかんだ。蒼い瞳が、揺れる。

「わたくしに茨の魔女の魔法は効きません。これでも、照覧の魔女です。まさか、ほんとうにわたくしが無能とでも思っていましたか? だとしたら、わたくしの情報操作は完璧ですね」
 バルクシュタインを安心させる為に、お父さまについた嘘を繰り返した。



「ほんとうですか」
 バルクシュタインは疑惑の目をむけた。
「ええ。わたくしは盾として役立ちます。魔法さえ防げれば魔女など、恐るるに足らず。ですから、わたくしが先陣を切ります」
 自信満々に答えた。
「わかりました。逐一わかったことをあたしに教えてください。たとえ、アシュフォード様にどんな力があったとして、安心できません。あたしにできることがあったらなんでも言ってください」
 


 わたくしはこのタイミングでお願いしようと思った。
 廊下の端までバルクシュタインを呼んで、イタムをそっと出した。

「イタム! 今日もかわいいお目々と、綺麗な鱗にしぐさまでかわいくなって!!」
 イタムはバルクシュタインの手のひらに乗って、指を舐めた。



「イタムを、預かってもらえないでしょうか」



 バルクシュタインの顔色がさあっと青くなる。

「それは……どういう意味、ですか」
 声がふるえていた。


 わたくしは頬を持ち上げ、強く笑った。
「言葉が足りませんでしたね。イタムを預かる件は1日でいいのです。正直にいいます。わたくしに、もしものことがあったら、バルクシュタインにイタムをお願いしたいのです。お試し期間としてイタムと一緒に過ごしてもらえませんか」


「嫌ですよっ! なんですか? もしもって……。もし、イタムと離れなくてはならないことをやろうとしているのなら、あたしと代わってください。貴方は魔女です。最後まで逃げて、逃げ抜いてください。自分が犠牲にならなくても、いてくださるだけでいいのです」
 わたくしにすがりついてくる。イタムがわたくしの肩にもどってきた。



 バルクシュタインは制服のボタンを急に開けはじめた。



 わたくしはうろたえた。



「えっ!? なんですか」



 なにをしようとしているのかわからず、オロオロとしてしまう。




 胸元からなにかを取り出した。




「これは、以前、ダンスを教わっている時にアシュフォード様が書いてくださった、”なんでもしますから誓約書”です。茨の魔女から手を引いてください。あたしが全部引き継ぎます」
 紙をわたくしの目の前にかかげた。

「謹んで、お断り申しあげます!」
 わたくしはあたまを下げた。
「馬鹿なっ! フェイト・アシュフォード公爵令嬢ともあろう方が、契約不履行ですと! 」
 ほんとに信じられない、といった様子で立ち尽くすバルクシュタイン。


「ふざけるのはやめてください! 魔女と一般人が戦えるわけないでしょうが!」
「ふざけてなどおりません!! 魔女だからとご自分が動かなくてもいいのですよ。頼みますから、家でゆっくりイタムと一緒に過ごして、のほほんとあたしの結果報告を待っていてくださいよ……」

 わたくしの肩をつかんで、美しいプラチナブロンドの髪を振り乱した。

 

 バルクシュタインの手のひらに手を重ねた。彼女の手の甲は興奮したせいか、すこし赤みがかかっていた。


「バルクシュタインはいつもわたくし以上にわたくしを心配してくれますね」
「ええ。ほんっと危なっかしくてなりません。ぜんっぜんあたしの忠告も聞いてくれないし。嫌になりますよ。あたしが魔女だったらよかったのに。そうすれば、貴方を守ることができた」
 
 わたくしは強く、首を振った。
「いいえ。貴方が魔女ならわたくしと戦うことになったかもしれない。それは嫌です。それにわたくしはもうとっくに、自分が魔女という運命は受け入れておりますわ。責務を果たさなければ」
「ほっんんんっと! 頑固なんですから」

 バルクシュタインはそっと、わたくしを抱きしめた。彼女のほのかな香水のかおりがした。

「この契約書、アシュフォード様の家に泊まるってことにしてもらっていい? イタムはその時一緒に面倒見ようよ」
 バルクシュタインがささやく。

「ええ。いいですよ。イタムのこと、よろしくお願いしますね」
「お願いなんてされないよ。でも、安心したいなら、あたしがイタムの面倒見るって約束する。すべてが終わって、あとでそんな話もしたなぁって笑い話になればそれでいいからさ」

 
 バルクシュタインはすこしからだを離して、わたくしをのぞき込み、笑った。
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