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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

67話 〈ジョシュア殿下とのデート(決戦)の日〉⑤ジョシュア殿下の身の上話

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「クーデターを起こして、私が皇帝になります。フェイト嬢と私が組んで、アルトメイアを手中に収め、魔女を戦争に参加させないようにしたい。そんな世界を見てみたいと思いませんか」
 ジョシュア殿下は裏返したコップをもとに戻して、白い歯を見せた。


「その考えに至った経緯を教えてもらえますか」
 わたくしは水を頼んだ。
 
「フェイト嬢が幸せに生きられる世界を作りたかった」
 
 前にも、同じようなことを言ってくれた方がいました。その方は口だけだったようですが。横目でアラン殿下を見た。


「建前は結構です。いまはジョシュア殿下のことを信じられる材料がほしいだけです」
「すげないですねぇ。ほんとうにそう思わなければ、このような危ない橋を渡ろうとは思いませんよ。しかし、危ない橋を渡るって、すごい勇気ですよね。落ちるかもしれない橋は渡らないに限る。それでも、渡るからには大きな感情が必要です」

 ジョシュア殿下は爆笑するのかと思ったら、笑わず、思いつめるようにコップを見つめていた。

 
「私の継承権は第2位です。1位の兄と皇帝陛下は、魔女を戦争に使い、世界統一を目指す推進派です。私は小さい頃から黒闇の魔女と仲良くさせてもらっていましてね。戦争参加を嫌がっていたのは知っていました。それにね、私はなぜか、子どもの時からさんっざん、死にかけましてね。鈍くて、権力争いに無頓着だった私は、兄が暗殺を企てていることもつい最近知ったのです。私は生まれた時からなんでも目の前にあった。だからなのでしょうか、人を殺したいほどの強い感情を知らない。兄が私に向ける強い感情とはいったい何なのか。だから、私はへらへらと笑って、自分を裏で殺そうとしている奴らの出鼻をくじき、笑っていました。心は空っぽでしたけど」


 アラン殿下が物憂げにため息をついた。ブラッド殿下とのことを考えていたのだろうか。


「……大変だったのですね。わたくしの友人が、その立場ごとに苦しみがあると言っていました。殿下もそうなのでしょう」


「フェイト嬢は人を好きになったことはありますか」
 唐突にジョシュア殿下が聞いた。

「え……? いえ、ありませんけど?」
 とっさに嘘をついてしまった。


「アラン殿下は?」
 ジョシュア殿下が言った。
「あ、ありますが」
「それはうらやましい。どんな気持ちか教えて頂けませんか?」
「……そうですね。なにをしていても、相手のことを考え、どうすれば喜んでくれるか考えている……そんな状況でしょうか」
「随分かわいらしいのですね。アラン殿下は。教えてくださってありがとう」


 ジョシュア殿下がわたくしに向きなおって言った。
「私はなぜ、フェイト嬢に貧民街の子どもを助けたのか、聞きましたね? なぜなら、本当に意味が分からなかったからです。私は絶対にそんなことはしない。興味がないからです。アルトメイアや皇位にもまったく興味がない。そんな自分が、フェイト嬢といるのが楽しいのです。一挙一足がいちいち興味深い。なぜ、今日は裸同然の格好で、悪女のフリを?」

「天然由来成分100%悪女に向かってフリなどと、目が節穴だと言っているようなもので、程度が知れます。でもご自分を知れる機会などそうそうないので、新しい自分に出会えたら素敵なことですね。わたくしも出会ってみたいものです。新しい自分に」

「愉快だ! 私はね。ほんとうにつまらない人間なのですよ。だから、自分自身がほんとうに笑っているのか、確認するために過剰に笑って見せているのです。面白い女性と言われるとなんだかなあと思われますか? 言い方を変えます。私はフェイト嬢がほしい。貴方はたしかに私の心を動かした。だから、貴方を手に入れることができるのなら、国のひとつやふたつ、ぶっ潰そうと思ったわけです」

 ワインを飲み、わたくしに片目をつぶったジョシュア殿下。



 ――もし、罠にはめようとしているのなら、見事です。ジョシュア殿下を信じてもよいと思っている。アルトメイアに執着が無い人が、アルトメイアをひっくり返せるかは別として。いや、執着がないからこそ、普通の人にはできないことができるのかも知れない。


「その話はひとまず置いておいて。茨の魔女とはどんな取引があったのですか」
 水を飲み、酒を薄める。 
「置いておくのですか……。残念ですね。アルトメイアに照覧の魔女を引き入れたら、魔女の4人態勢で世界を統一しようと提案がありました」
 途端に元気がなくなったジョシュア殿下を、なんだかかわいらしく思ってしまった。


 アラン殿下は黙って話を聞いている。驚かなかったということは、なにか知っているのか。



 え? ちょっと待って。わたくしは大きな勘違いをしているのでは? 



 茨の魔女はわたくしを味方にしようとしているってことですか? てっきり、アルトメイアがわたくしを組み入れる計画をしているのだと思っていた。

 では、どうしてわたくしに毒を盛った? すでに死のカウントダウンによって捕らわれている状態だ。わたくしは間抜けなかごの鳥!! 


「茨の魔女の姿、能力はわかりますか?」
「わかりません。アルトメイアは手紙を受け取っただけです。手紙にあえて付着させたと思われる魔力の高さから、茨の魔女本人だと断定しました。姿かたちや能力を隠すことが最大の優位性を発揮できますからね」

 わたくしはあごに手をあてて、考えた。

「それでフェイト嬢には、私との婚姻をすませ、アルトメイア側の魔女になったフリをしてもらいます。そうすれば、必ず茨の魔女から接触してくるでしょう。その後は、茨の魔女を排除するか、無効化したい。それが成功し、黒闇、穢れをこちら側に付ければ、私が皇帝となって、アルトメイアは武装を解除します」

「それは、どのぐらいの時間を要しますか? マルクールの安全は保証してもらえるのですか?」
「半年から、1年ぐらいは。もちろん安全は保証します」

 だめだ。時間がかかりすぎる。ロレーヌ様がわたくしの毒は解除可能だと言っていたが、まだ茨の魔女の居所さえわかっていない。生きられる前提よりも、あと2ヶ月しか生きられないと思って動いた方がよい。


「わかりました。ひとまず茨の魔女と会ってから考えさせて頂きます。よければ競争しませんか。どちらがさきに、茨の魔女を見つけるか?」
 わたくしは挑戦的に笑って見せた。
「いいですね。日頃こういった勝負事はまったく興味がないのですが、婚姻を前向きに考えてくださるのなら、全力で挑みましょう!」
 ジョシュア殿下はワインを口に含み、目を閉じて味わったあと、席を立った。

「今日はとても、楽しかったです。是非またデートして頂きたいですな。危険ですので、家まで送らせて頂きます」
 ジョシュア殿下が立ち上がると、他の客も一斉に立ち上がって、殿下のまわりに30人ぐらい集まってきた。

「えっ!?」

「ああ。ご安心を。全員私の部下です。彼らも使って、茨の魔女を探します」
「……。えっと。是非、よろしくお願いしますね」
 わたくしがあたまを下げると、お客だった方々が両手をあげた。

「やるぞー。殿下が幸せになるために!!!!」

「ず、随分人徳があるのですね……」
「ええ。いまのアルトメイアをよく思わない者もおりますし、自分の人徳がないのはいちばんわかっているので、だれよりも部下を気にかけています」
 髪をかき上げ、白い歯を見せるジョシュア殿下は、だれよりも頼りになりそうだった。


 さあ、わたくしも負けていられません。茨の魔女を見つけなくては。
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