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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと
64話 〈ジョシュア殿下とのデート(決戦)の日〉②
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「上着を貸して頂いてありがとうございます。洗濯してお返しします。また、アラン殿下もジョシュア殿下に上着を貸してくださるよう、お話しくださりありがとうございます」
「さっきは偉そうだったのに、急にしおらしい態度になったな」
アラン殿下が言った。
「ええ。男性というのは、意見も言わず、なにも喋らず、ただ、後ろに付き従う女がよいのでしょう。わたくしはお礼も意見もはっきり言う悪女なので、そのことをしっかりと覚えておいてくださいね」
また、ジョシュア殿下に笑われた。アラン殿下は難しい顔で首をかしげる。
「お食事の約束でしたが、そのまえに寄りたいところがあります」
ジョシュア殿下はそう言って、従者に行き先を伝えた。
ジョシュア殿下に連れられたのは貴族のドレスや宝石を扱う店だった。
「いま着ているドレスも素敵ですが、夜風は結構冷えるもの。よろしければ、ドレスをプレゼントさせて頂けませんか」
ああ。そういうことですか。気遣いができる方ですね。
しかし。
「ありがとうございます。では店ごと、ください」
「み、店ごと!!!」
店員がのけぞって、ジョシュア殿下とわたくしを交互に見た。
これで、金使いの荒い悪女だと認めますよね。どうぞ、わたくしのことはあきらめてくださいね。
「あっはは。すみません。こちらのお店はいくらでしょうか」
ジョシュア殿下は爆笑して、店員に値段を聞いた。
おおう……。本当にご購入されるのですね……。さすがアルトメイア。潤沢な資産があるようです。
「ジョシュア殿下、店ごとと言うのは冗談ですよ? いたずらが過ぎましたね」
笑顔が引きつっていた。
「なんと! ご冗談でしたか。先ほど悪女を名乗られておりましたので、まんまとしてやられたわけですか。はっはっは。手玉にとられてしまったようです」
膝が笑って、その場にうずくまるジョシュア殿下。忍び笑いが、まるまった背中から聞こえてくる。
……困りました。この方、すごく性格の良い方なのでしょうね。
「そうでした! ドレスをプレゼントしてくださるなんて嬉しいです。見せて頂けますか」
派手で、露出が高く、なるべく高いもの。いつもは絶対に選ばないドレスをいくつかピックアップした。
「このなかでわたくしに似合いそうなものを選んでいただけませんか」
店員の顔は歪んでいたが、さすが高級店。素晴らしいハリボテの笑顔が貼り付けられております。お騒がせしてすみません。
「ふうむ、それらのドレスも実にアシュフォード嬢に似合っておりますが、私はこちらのドレスを着て頂きたい。とてもよく似合うと思いますよ」
ジョシュア殿下がさりげなく持ってきたドレス。デコルテ部分が控えめにカットされていて、素材もよく、なにより上品だった。
「へぇ……。こういったデザインのものは普段は選びませんが、ジョシュア殿下がどうしてもと言うのなら、こちらで結構です」
センスを広げ、高飛車な態度に見えるように言った。
「嬉しいです。ありがとうございます」
殿下が素敵な笑顔で言った。白い歯がこぼれる。
「こちらこそプレゼントしてくださって、ありがとうございます」
わたくしは挨拶をする。
ジョシュア殿下がまた爆笑し、店の木のカウンターをバンバンと叩いている。
「すみませんね。どうも私が思う悪女とは乖離がありまして。そもそも、どうして急に悪女になろうと思われたのですか?」
「いえ。悪女になろうと思ったわけではなく、悪女として生をうけてしまったのです。純粋培養の悪女です。婚姻をする相手として、どうかと思いますよね? やめておいたほうがいいと、わたくしのなかの悪女がささやいています……」
わたくしは店員に聞かれないようにひそひそ声で言った。
「いや……もう、ほんとうにご勘弁ください。私、笑い死にしてしまいますよ。しかし、しかしですよ? 実際に笑って死んだって方、いままで見聞きしたことありますか? 笑って死ぬ。それはかなり苦しいでしょう。もし、楽に死ぬのと、笑って死ぬの、どちらをとるかと選択できるのなら、私はアシュフォード嬢に笑い殺されることを選びますね」
ジョシュア殿下が笑い転げている。店員はその様子を真顔で見ている。笑顔をどこかに忘れておいでです!
どうも、わたくしが嫌われる流れにうまく運べていない。ジョシュア殿下は照覧の魔女を求めてきたのだから、並の悪女アピールでは追い返せません。絶対妻にはできないという決定打を与えなくては!
「そうだ! ドレスのお礼に、わたくしは宝石をプレゼントします」
「どうして、私が宝石をプレゼントされるのですか」
「いやぁ、わたくし、人にプレゼントされると、その何倍もお返ししたくなってしまう、とんでもない悪女なのですよ。驚かれましたか?」
もし、ジョシュア殿下の妻になったら、多くの贈り物が届けられるでしょう。それを何倍ものお返しを行った場合、アルトメイアの財政破綻など目に見えてあきらか。
「……お気持ちだけ受け取っておきます。あいにく宝石には興味がなくて。でも、アシュフォード嬢の宝石のような瞳には興味があります。是非、私のそばにいて頂きたいものですな」
殿下がわたくしの手をそっとにぎって、見つめてきた。わたくしは頬が赤くなったのを隠す為、つん、として、顔を背けた。
「気安くさわらないでくださいね。わたくしはそんなに安い悪女ではありません。しかし、ドレスをプレゼントしてくださった分は、大目に見て差し上げます」
「お優しい悪女ですね。感謝します」
「なっ!!!」
ジョシュア殿下の白い歯が見える。わたくしは唇を固く結んで、にらみつけるが、それも笑顔でなかったことにされる。
わたくしたちは店を出た。
「さっきは偉そうだったのに、急にしおらしい態度になったな」
アラン殿下が言った。
「ええ。男性というのは、意見も言わず、なにも喋らず、ただ、後ろに付き従う女がよいのでしょう。わたくしはお礼も意見もはっきり言う悪女なので、そのことをしっかりと覚えておいてくださいね」
また、ジョシュア殿下に笑われた。アラン殿下は難しい顔で首をかしげる。
「お食事の約束でしたが、そのまえに寄りたいところがあります」
ジョシュア殿下はそう言って、従者に行き先を伝えた。
ジョシュア殿下に連れられたのは貴族のドレスや宝石を扱う店だった。
「いま着ているドレスも素敵ですが、夜風は結構冷えるもの。よろしければ、ドレスをプレゼントさせて頂けませんか」
ああ。そういうことですか。気遣いができる方ですね。
しかし。
「ありがとうございます。では店ごと、ください」
「み、店ごと!!!」
店員がのけぞって、ジョシュア殿下とわたくしを交互に見た。
これで、金使いの荒い悪女だと認めますよね。どうぞ、わたくしのことはあきらめてくださいね。
「あっはは。すみません。こちらのお店はいくらでしょうか」
ジョシュア殿下は爆笑して、店員に値段を聞いた。
おおう……。本当にご購入されるのですね……。さすがアルトメイア。潤沢な資産があるようです。
「ジョシュア殿下、店ごとと言うのは冗談ですよ? いたずらが過ぎましたね」
笑顔が引きつっていた。
「なんと! ご冗談でしたか。先ほど悪女を名乗られておりましたので、まんまとしてやられたわけですか。はっはっは。手玉にとられてしまったようです」
膝が笑って、その場にうずくまるジョシュア殿下。忍び笑いが、まるまった背中から聞こえてくる。
……困りました。この方、すごく性格の良い方なのでしょうね。
「そうでした! ドレスをプレゼントしてくださるなんて嬉しいです。見せて頂けますか」
派手で、露出が高く、なるべく高いもの。いつもは絶対に選ばないドレスをいくつかピックアップした。
「このなかでわたくしに似合いそうなものを選んでいただけませんか」
店員の顔は歪んでいたが、さすが高級店。素晴らしいハリボテの笑顔が貼り付けられております。お騒がせしてすみません。
「ふうむ、それらのドレスも実にアシュフォード嬢に似合っておりますが、私はこちらのドレスを着て頂きたい。とてもよく似合うと思いますよ」
ジョシュア殿下がさりげなく持ってきたドレス。デコルテ部分が控えめにカットされていて、素材もよく、なにより上品だった。
「へぇ……。こういったデザインのものは普段は選びませんが、ジョシュア殿下がどうしてもと言うのなら、こちらで結構です」
センスを広げ、高飛車な態度に見えるように言った。
「嬉しいです。ありがとうございます」
殿下が素敵な笑顔で言った。白い歯がこぼれる。
「こちらこそプレゼントしてくださって、ありがとうございます」
わたくしは挨拶をする。
ジョシュア殿下がまた爆笑し、店の木のカウンターをバンバンと叩いている。
「すみませんね。どうも私が思う悪女とは乖離がありまして。そもそも、どうして急に悪女になろうと思われたのですか?」
「いえ。悪女になろうと思ったわけではなく、悪女として生をうけてしまったのです。純粋培養の悪女です。婚姻をする相手として、どうかと思いますよね? やめておいたほうがいいと、わたくしのなかの悪女がささやいています……」
わたくしは店員に聞かれないようにひそひそ声で言った。
「いや……もう、ほんとうにご勘弁ください。私、笑い死にしてしまいますよ。しかし、しかしですよ? 実際に笑って死んだって方、いままで見聞きしたことありますか? 笑って死ぬ。それはかなり苦しいでしょう。もし、楽に死ぬのと、笑って死ぬの、どちらをとるかと選択できるのなら、私はアシュフォード嬢に笑い殺されることを選びますね」
ジョシュア殿下が笑い転げている。店員はその様子を真顔で見ている。笑顔をどこかに忘れておいでです!
どうも、わたくしが嫌われる流れにうまく運べていない。ジョシュア殿下は照覧の魔女を求めてきたのだから、並の悪女アピールでは追い返せません。絶対妻にはできないという決定打を与えなくては!
「そうだ! ドレスのお礼に、わたくしは宝石をプレゼントします」
「どうして、私が宝石をプレゼントされるのですか」
「いやぁ、わたくし、人にプレゼントされると、その何倍もお返ししたくなってしまう、とんでもない悪女なのですよ。驚かれましたか?」
もし、ジョシュア殿下の妻になったら、多くの贈り物が届けられるでしょう。それを何倍ものお返しを行った場合、アルトメイアの財政破綻など目に見えてあきらか。
「……お気持ちだけ受け取っておきます。あいにく宝石には興味がなくて。でも、アシュフォード嬢の宝石のような瞳には興味があります。是非、私のそばにいて頂きたいものですな」
殿下がわたくしの手をそっとにぎって、見つめてきた。わたくしは頬が赤くなったのを隠す為、つん、として、顔を背けた。
「気安くさわらないでくださいね。わたくしはそんなに安い悪女ではありません。しかし、ドレスをプレゼントしてくださった分は、大目に見て差し上げます」
「お優しい悪女ですね。感謝します」
「なっ!!!」
ジョシュア殿下の白い歯が見える。わたくしは唇を固く結んで、にらみつけるが、それも笑顔でなかったことにされる。
わたくしたちは店を出た。
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