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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

63話 〈ジョシュア殿下とのデート(決戦)の日〉①ナイス悪女の迷走

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 今日は学校終わりに、ジョシュア殿下とデート決戦の日。

 バルクシュタインにダンスを教えていた教室にエマを呼び、用意してもらったドレスへの着替えやヘアアレンジを済ませ、決戦デートへとおもむく。


 アルトメイア皇族の紋章のある馬車が止めてある。わたくしは他の生徒たちのあからさまな視線に気づきながらも、扉をノックする。

「た、たのみますわ!!!!!!!!!!!!!」
 久しぶりの台詞の気がします。

「いま出ます。お待ちください」

 扉がひらく。出てきたジョシュア殿下が驚いている。


 殿下は細身の黒のタキシードを着ていた。長く黒い髪とよく似合っていた。ブラックダイヤモンドの目元が甘く、緩んだ。

「ようこそ、来てくださいました。とても、セクシーですよ。さあ、なかへどうぞ」
 言われたことのない賛辞を受けながら、手を取ってくださった。たくましい浅黒い手。マルクールの両殿下にはない魅力をお持ちです。

 なかに入ると、すでに先客が。
「な……なんて格好をしている……」
「なぜ、アラン殿下がいらっしゃるのですか」
「俺は、ジョシュア殿下の付き添いでな……。それよりも、どうしてそのような服を?」
 


 わたくしは改めて、自分のドレスを見た。上半身は胸元しか隠されておらず、細い肩紐で吊っている。コルセットによって強引に寄せられた胸のふくらみが、若干見えていた。光沢のある黄色のドレスだ。いつも着ているドレスと比較にならないほど肌の露出が多い。



 ――ほとんど、下着、というか、裸なのでは!!




 わたくしは恥ずかしさを、イタムのうろこをあたまのなかで数えることによって、気をそらした。イタムのうろこが、1。うろこが2。


 わたくしは、立ち上がり、腰をくねらせて、たっぷりと塗った口紅に指をぐっとおさえつけ、ジョシュア殿下に向かって、投げキッスをした。

 ――これは、決まりました! 投げキッスによって、どれだけわたくしが遊び慣れた軽薄な悪女か思い知ったでしょう。殿方は清純で、自分だけに心を許す女性がなんだかんだ好きだと、エマが言っていましたから! 

 
 うん? ジョシュア殿下が苦笑いして、ぎこちなくわたくしに手を振ります。アラン殿下は白目になって、ガタガタと震えております。

「アシュフォード嬢はやはり面白い方ですね。初めてそのような行為を受け、私は腰砕けになってしまいましたよ。実際に腰が砕けてしまったら、大変なことだと思いませんか? だって、腰って、からだの要って書きますよね。それが、どっかん! と砕けるのですよ? そんなのいままで、見たことありますか」
 ジョシュア殿下は身をよじって笑い転げている。おかしい。軽蔑されるか、わたくしにドギマギすると思ったのですが? はて? 

 次にいきます。

「あー。わたくし、疲れちゃいましたわぁー」
 わたくしは気だるく馬車の背もたれにからだを預けると、ドレスの一番上のボタンを外し、肩紐が片方だけ外れるようにして、ドレスがはだけたように見せた。

 ふたりの様子をうかがった。こうすることで、男性を手玉にとる悪女であることがばれて、脱兎のごとく男性が逃げ出すとエマから聞いた。


 さあ、どうですか!!!!!


 ジョシュア殿下は目を見ひらき、口もとをぷるぷると小刻みに震わせていた。
 アラン殿下は顔じゅうに皺をつくり、苦しそうに額に手をおいた。


 えっ。 どういうこと? おふたりはこんな尻軽の悪女、絶対に嫌いになりましたよね? それとも、本気で惑わされましたか? わたくし、こういうお色気路線でも意外といい線いっておりますか? まぁ! 魔女の才能がこんなところで開花するなんて!


 ジョシュア殿下が爆笑して、馬車の床に転がった。
「さっきからなにをやっているんだ。アシュフォード嬢……その……恥ずかしくはないのか?」
 アラン殿下は目を泳がせながら、言った。
「なにをやっているもなにも、わたくしは悪女なので、いつもこのような感じの悪女的日常を営んでおります」
 つーんとすました顔で言った。

「急にいつも着ない露出の高すぎる服を着て、変なしぐさばかりして、なにがしたいのかよくわからんぞ」


 えっ。もしかして、伝わっていませんでしたか? 悪女お色気作戦。こんなにわたくし頑張ったのに。昨日のエマとの特訓の成果は?




◇◇◇◇◇



 昨日、自室でエマとした会話を思い出した。

「エマ、デートとは、なにをしたらいいのですか?」
 エマは急にまじめくさった顔を作って、ベッドに座り、隣を叩いた。

「デート!? デートですって!! お姉さんに詳しく、詳しーく聞かせてちょうだい」
 興奮を隠しきれないエマの請うがまま、隣に座って事情を話す。


「えっ! えー!! デートで相手から振られる方法ですって!!!! よくぞエマお姉さんに聞いてくれましたね! そちらの方も専門家としての一家言があるお姉さんとは私のことです!!」
 エマは胸を強く拳でうちつけて、得意な顔をした。

 エマはベッドの下から、本を取り出した。なぜ、わたくしのベッドの下に本を隠していたの?
「フェイト様の悪役令嬢。とうとう次のステージへと進む時が来ました。題して、【殿方が大嫌いな悪女バージョン!】こちらの本は【伯爵令息は悪女になりたい悪役令嬢がお好き】最近出た恋愛小説のなかで、随一の素晴らしさを誇ります。そこにでてくる悪女を真似れば、どんな殿方にもイチコロで嫌われます」


 わたくしは首をかしげた。
「悪女がお好きって……好かれるのではないのですか?」
「いえいえ。なかに書いてあるのは極悪女の仕打ち。それをすべてやってのければ、絶対に嫌われます。私がいまからレクチャーして差し上げます」
 





 そのまま、過酷な悪女訓練へとうつった。

「違います! 投げキッスはこう、こうです! もっと魅惑的に!! 一発で魅了できるようにもっと気持ちと腰を込めて!!! 」
 エマが腰をくねらせ、唇をとがらせた。

「これ、必要ですか? キスは投げるものではなくて、その……するものですよね」
「いいからやる! 大胆に! もっと軽薄に!! よし、いいでしょう! 次は気を抜いたら、露出の多い服がはだけちゃった、まぁ、大変!!! のシーンをやりましょう」
 エマが嬉々として指導する。

「これのどこが嫌われるのか、わたくしには理解できないのですが!」
「ふふっ。殿方なんて、清楚で自分だけに従順なご令嬢がなんだかんだ好きなのですよ(※個人の感想です)だから、圧倒的な火遊び系悪女によって、嫌われましょう! さあ、もう一度、肩をはだけさせて、あら、ごめんあそばせ、と。ああ、すごく悪女っぽいです。フェイト様!」
「はい! コツがつかめて参りました。もしかして、わたくし、悪役令嬢だけではなく、悪女の才能もあるのでは。エマを信じて、ついてきてよかったです」
 わたくしたちは手をとりあって、うなずき、笑い合った。

「ずっとフェイト様を見てきた私を信じて! 世界でいちばん、悪女に愛されているのがフェイト様です。ああ、ス・テ・キ。はい、ナイス悪女、入りました!!」

 エマは寝かせてくれず、悪女講習は朝方まで続いた。


◇◇◇◇◇


 わたくしは急激な恥ずかしさに、もはやイタムのうろこを数えるどころではなく、顔がゆでだこのように真っ赤になってきたので、扇子で顔すべてを覆った。
 エマ……話が違いますよ……。ナイス悪女はどこにいってしまったの?


 アラン殿下がジョシュア殿下に耳打ちしている。

「気がつかなくてすみません。もうすこしアシュフォード劇場を見ていたかったのですが、風邪をひかれでもしたら、大変です」

 ジョシュア殿下はジャケットを脱いで、わたくしの肩にかけてくださった。

 わたくしがほっとしていると、ジョシュア殿下が笑った。

「汚い上着ですみません。嫌でしたら、その辺に捨てておいてくださいね」

 わたくしはとっさに作戦を切り替えた。
「妾もちょうど肌寒いと思っておったところだ。借りてやる! 妾に貸し与えた栄光に、抱かれて眠るとよいぞ」
 わたくしはマデリンの話し方を真似た。

「はははっ。まだ、アシュフォード劇場は続くようだ。まったく、こんなに楽しみなことはありませんな」

 ジョシュア殿下の笑い声は、まだ陽の高いマルクールに響いた。
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