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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと
56話 そうだ、魔女に会いに行こう!④約束を破る
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黒闇の魔女は顔を隠すように、フードを被った。
わたくしのからだから意識が離れ、すこし高いところから自分を俯瞰しているようだった。
「言え! 私を殺しに来たのか」
黒闇の魔女の問いかけにただ、口を動かす。
「いいえ」
「ではなにしにきた」
「自分の分身をつくる魔法を、教えてもらいに」
「それが理由で敵の魔女の城に乗り込んできたの? ままごとじゃないのよ」
「敵……じゃない」
「友達にでもなりにきたの? 私たちは国の兵器。真っ先に殺し合う相手でしょう。言え! おまえの力の秘密を!」
「わたくしたち……は、魔女の仲間……です。わたくしに魔女の力は……ない。それが悲しかった……。でももう卑下……しない。マデリンが……ジェイコブが……みんなが、わたくしの価値を……教えてくれたから」
「マデリン! マデリン! うるっっっっっさい! あいつのことはいいいぃぃぃぃぃぃぃ! もう、死にましょう? ねっ。こんな殺し合いばかりの世界に魔女として生まれて、かわいそうに。アニエスの元にいって、あの世で仲良くするといい。さあ、ドレスに隠したものを出せ!」
意識では剣を出してはいけないと思っているのに、からだは命令どおりに動く。手探りにドレスの隠しボタンを外し、鞘から剣を抜いた。
「首に剣を押し当てろ」
カタカタと腕がふるえる。わたくしは首に剣を押し当てた。思った以上にひんやりとしない。意識が空をさまよっているよう。
「安心して。痛みはないようにする。――最期に言い残すことは?」
「殺さ、ないで」
「最期のことばが命乞い?」
「殺さないで。きっと、後悔する。わたくしの手を……とって」
「うるさいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ! 首を切り落とせ」
腕は意識を離れ、剣を首から引こうとする。
「つっっ」
首に突き刺さる痛みに涙が出た。
その、瞬間、意識とからだが自分にもどってきた。
あわてて、剣を捨てた。
イタムの赤い目が光り、黒闇の魔女に牙をむいた。
イタムがわたくしの首を噛んで、現実にもどしてくれたのだ。
すこし目が慣れてきたが、暗いことに変わりはない。黒闇の魔女がどこにいるのかわからない。
部屋の隅にかすかに明かりがともる。
目の前に長身の黒闇の魔女がいた! 恐怖にふるえる手をごまかすように、握りしめた。
「この程度の魔法は効かないか。安心したよ。あっさりと殺してしまったら、皆様にどう言い訳したものか考えていたの。私が殺されそうになったから、正当防衛でしかたなく殺した。いまならそう言える。さあ、剣を拾え」
口の端をあげ、不気味に笑う黒闇の魔女。
「謹んで、お断りいたしますわ!!!」
わたくしは挨拶をした。
黒闇の魔女は首を折れんばかりにかたむけた。
「ではなんのために、剣を仕込んだ?」
「ジョージ師匠との約束で、武器を持たずに犬死にしたら、あの世まで全力で殴りに行くと脅されたのです。それが夜も眠れぬほどに怖かったから、持ってまいりました! つまり、わたくしに黒闇の魔女への敵意はありません」
黒闇の魔女が笑う。こらえきれず、腰を曲げた。
「フェイトちゃんは面白いのね。そして、本当に自分の力の正体を知らない。アニエスの時からそうだった。貴方たちアシュフォード家は隠すのが上手ね。でも、ぴんときた。その白蛇になにか仕込んでいるわね。アニエスも常に近くにおいていた」
奥から黒猫がすました表情で歩いてくる。
「アン、白蛇を生け捕れ」
アンと呼ばれた黒猫はにゃあ、と鳴いたあと、全身の毛を逆立てた。イタムをその月のような黄色い目でにらむ。
みるみるうちに巨大化したアンは、黒闇の魔女よりも大きくなり、獰猛な声で吠えた。
からだにびりびりと振動が伝わる。
イタムはわたくしのからだから下りて、アンに立ち向かう。
体格差は虎とアリぐらいの差だ。
「だめ!!!!!!!!!!! もどって!!!!!!!!!」
わたくしはイタムに手をのばす。
黒闇の魔女の口もとが動くと、アンの牙がおおきくのびて、みずからの足に突き刺さらんばかりに長くなった。
アンは、咆哮をあげ、するどい歯でイタムを威嚇した。
「いま、もしかして、歯を巨大にする魔法を使ったのですか? 魔法とは特定の部位にのみ使用することができるのですか。また、猫のからだをおおきくしたのも、魔法の力でしょうか」
わたくしは自分がおかれている状況も忘れて聞いた。
「フェイトちゃん。ここは、魔法学校では、ないのよ」
黒闇の魔女のするどい眼光に射られて、背中がぞわり、とした。
わたくしは必死で考えをめぐらす。
「黒闇の魔女は、死にます!」
黒闇の魔女は首を肩にくっつけるほどにかしげた。
「死ぬのは、フェイトちゃんよ」
「たとえば、です。黒闇の魔女が死ぬとします。ここに魔法への好奇心がありながら、あまりにも無知であるひとりの魔女もどきがおりましたとさ。猫のアンにつかった魔法の秘密を知らずに死ぬとします。お母さまはすでに殺されてこの世になく、みなさまの前で婚約破棄され、いじめっ子認定されました。いじめられていたのはわたくしなのですよ! どうですか。哀れな無能魔女への冥土の土産に教えてあげないとかわいそうって思ってきませんか」
恐怖なのか、なんなのかわからないが、早口でまくし立てた。
黒闇の魔女は迷ったように、フードのなかから視線をさまよわせる。なぜか憐れみの目を向けられた気がした。
「ええ。アンをおおきくしたのも、牙を伸ばしたのも闇魔法の応用。魔法は特定の部位にも使うことができる。さて、フェイトちゃん。授業は終わり。そろそろ殺していいかしら」
「教えていただいて、ありがとうございます。もっとわたくしに魔法のことを教えてくださいませんか」
わたくしは挨拶をするが、黒闇の魔女は首をふる。
顔にかかった髪をかきあげた。
――ですよね。
「イタム!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 逃げて!!!!!!!」
叫びに反応したイタムがちらとわたくしをふりかえったが、アンから一歩も引かない。
イタムを助けにいこうと思ったら、からだが動かなくなった。
足を闇の手につかまれ、天井から闇、そのものが振ってきて、肩が動かなくなった。剣は大岩ほどの球体魔法によって弾かれた。
魔法は呪文を唱え、魔力を込めないと、発動しない。
1回の魔法を打つのにも時間がかかるうえに、2回目となると、魔力の回復も含め、そうとうな時間を有する。これが魔法の一般的な弱点だ。
その、すべてが覆された。
無詠唱魔法。
3連続魔法。
文献でしか見たことがない伝説の妙技。それを、同時に使ったのだと思う。
奥では、巨大なアンが飛びはねて、押しつぶしたり、足下に鋭利な牙を向けていた。
その度に地響きがなり、地面が揺れた。
「さあ、安らかに眠れ!」
黒闇の魔女の口もとが動いている! 無詠唱魔法だ。目元が濡れている。泣いているのだ。
迷っている時間はない。一瞬で覚悟を決めた。
「黒闇の魔女は実に情けない! こんな無能力の魔女ごときを殺すのに涙していらっしゃるの? ほんとうに残虐無比と恐れられた魔女様なのですか? そんなにわたくしを殺したくないのなら、良いことを教えてあげますから、1秒だけ、わたくしの話を聞きなさい!」
わたくしは、笑った。
「やっと最期の言葉を言う気になったの? もちろん、聞いてあげるわ」
「わたくしはもう、死んでいます」
「んんっ?」
「魔女に攻撃されて余命2ヶ月を切っています」
「ああ……なんてことなの」
首を振りながらフードをとった黒闇の魔女。その両目にはたっぷり、涙をうかべていた。
わたくしのからだから意識が離れ、すこし高いところから自分を俯瞰しているようだった。
「言え! 私を殺しに来たのか」
黒闇の魔女の問いかけにただ、口を動かす。
「いいえ」
「ではなにしにきた」
「自分の分身をつくる魔法を、教えてもらいに」
「それが理由で敵の魔女の城に乗り込んできたの? ままごとじゃないのよ」
「敵……じゃない」
「友達にでもなりにきたの? 私たちは国の兵器。真っ先に殺し合う相手でしょう。言え! おまえの力の秘密を!」
「わたくしたち……は、魔女の仲間……です。わたくしに魔女の力は……ない。それが悲しかった……。でももう卑下……しない。マデリンが……ジェイコブが……みんなが、わたくしの価値を……教えてくれたから」
「マデリン! マデリン! うるっっっっっさい! あいつのことはいいいぃぃぃぃぃぃぃ! もう、死にましょう? ねっ。こんな殺し合いばかりの世界に魔女として生まれて、かわいそうに。アニエスの元にいって、あの世で仲良くするといい。さあ、ドレスに隠したものを出せ!」
意識では剣を出してはいけないと思っているのに、からだは命令どおりに動く。手探りにドレスの隠しボタンを外し、鞘から剣を抜いた。
「首に剣を押し当てろ」
カタカタと腕がふるえる。わたくしは首に剣を押し当てた。思った以上にひんやりとしない。意識が空をさまよっているよう。
「安心して。痛みはないようにする。――最期に言い残すことは?」
「殺さ、ないで」
「最期のことばが命乞い?」
「殺さないで。きっと、後悔する。わたくしの手を……とって」
「うるさいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ! 首を切り落とせ」
腕は意識を離れ、剣を首から引こうとする。
「つっっ」
首に突き刺さる痛みに涙が出た。
その、瞬間、意識とからだが自分にもどってきた。
あわてて、剣を捨てた。
イタムの赤い目が光り、黒闇の魔女に牙をむいた。
イタムがわたくしの首を噛んで、現実にもどしてくれたのだ。
すこし目が慣れてきたが、暗いことに変わりはない。黒闇の魔女がどこにいるのかわからない。
部屋の隅にかすかに明かりがともる。
目の前に長身の黒闇の魔女がいた! 恐怖にふるえる手をごまかすように、握りしめた。
「この程度の魔法は効かないか。安心したよ。あっさりと殺してしまったら、皆様にどう言い訳したものか考えていたの。私が殺されそうになったから、正当防衛でしかたなく殺した。いまならそう言える。さあ、剣を拾え」
口の端をあげ、不気味に笑う黒闇の魔女。
「謹んで、お断りいたしますわ!!!」
わたくしは挨拶をした。
黒闇の魔女は首を折れんばかりにかたむけた。
「ではなんのために、剣を仕込んだ?」
「ジョージ師匠との約束で、武器を持たずに犬死にしたら、あの世まで全力で殴りに行くと脅されたのです。それが夜も眠れぬほどに怖かったから、持ってまいりました! つまり、わたくしに黒闇の魔女への敵意はありません」
黒闇の魔女が笑う。こらえきれず、腰を曲げた。
「フェイトちゃんは面白いのね。そして、本当に自分の力の正体を知らない。アニエスの時からそうだった。貴方たちアシュフォード家は隠すのが上手ね。でも、ぴんときた。その白蛇になにか仕込んでいるわね。アニエスも常に近くにおいていた」
奥から黒猫がすました表情で歩いてくる。
「アン、白蛇を生け捕れ」
アンと呼ばれた黒猫はにゃあ、と鳴いたあと、全身の毛を逆立てた。イタムをその月のような黄色い目でにらむ。
みるみるうちに巨大化したアンは、黒闇の魔女よりも大きくなり、獰猛な声で吠えた。
からだにびりびりと振動が伝わる。
イタムはわたくしのからだから下りて、アンに立ち向かう。
体格差は虎とアリぐらいの差だ。
「だめ!!!!!!!!!!! もどって!!!!!!!!!」
わたくしはイタムに手をのばす。
黒闇の魔女の口もとが動くと、アンの牙がおおきくのびて、みずからの足に突き刺さらんばかりに長くなった。
アンは、咆哮をあげ、するどい歯でイタムを威嚇した。
「いま、もしかして、歯を巨大にする魔法を使ったのですか? 魔法とは特定の部位にのみ使用することができるのですか。また、猫のからだをおおきくしたのも、魔法の力でしょうか」
わたくしは自分がおかれている状況も忘れて聞いた。
「フェイトちゃん。ここは、魔法学校では、ないのよ」
黒闇の魔女のするどい眼光に射られて、背中がぞわり、とした。
わたくしは必死で考えをめぐらす。
「黒闇の魔女は、死にます!」
黒闇の魔女は首を肩にくっつけるほどにかしげた。
「死ぬのは、フェイトちゃんよ」
「たとえば、です。黒闇の魔女が死ぬとします。ここに魔法への好奇心がありながら、あまりにも無知であるひとりの魔女もどきがおりましたとさ。猫のアンにつかった魔法の秘密を知らずに死ぬとします。お母さまはすでに殺されてこの世になく、みなさまの前で婚約破棄され、いじめっ子認定されました。いじめられていたのはわたくしなのですよ! どうですか。哀れな無能魔女への冥土の土産に教えてあげないとかわいそうって思ってきませんか」
恐怖なのか、なんなのかわからないが、早口でまくし立てた。
黒闇の魔女は迷ったように、フードのなかから視線をさまよわせる。なぜか憐れみの目を向けられた気がした。
「ええ。アンをおおきくしたのも、牙を伸ばしたのも闇魔法の応用。魔法は特定の部位にも使うことができる。さて、フェイトちゃん。授業は終わり。そろそろ殺していいかしら」
「教えていただいて、ありがとうございます。もっとわたくしに魔法のことを教えてくださいませんか」
わたくしは挨拶をするが、黒闇の魔女は首をふる。
顔にかかった髪をかきあげた。
――ですよね。
「イタム!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 逃げて!!!!!!!」
叫びに反応したイタムがちらとわたくしをふりかえったが、アンから一歩も引かない。
イタムを助けにいこうと思ったら、からだが動かなくなった。
足を闇の手につかまれ、天井から闇、そのものが振ってきて、肩が動かなくなった。剣は大岩ほどの球体魔法によって弾かれた。
魔法は呪文を唱え、魔力を込めないと、発動しない。
1回の魔法を打つのにも時間がかかるうえに、2回目となると、魔力の回復も含め、そうとうな時間を有する。これが魔法の一般的な弱点だ。
その、すべてが覆された。
無詠唱魔法。
3連続魔法。
文献でしか見たことがない伝説の妙技。それを、同時に使ったのだと思う。
奥では、巨大なアンが飛びはねて、押しつぶしたり、足下に鋭利な牙を向けていた。
その度に地響きがなり、地面が揺れた。
「さあ、安らかに眠れ!」
黒闇の魔女の口もとが動いている! 無詠唱魔法だ。目元が濡れている。泣いているのだ。
迷っている時間はない。一瞬で覚悟を決めた。
「黒闇の魔女は実に情けない! こんな無能力の魔女ごときを殺すのに涙していらっしゃるの? ほんとうに残虐無比と恐れられた魔女様なのですか? そんなにわたくしを殺したくないのなら、良いことを教えてあげますから、1秒だけ、わたくしの話を聞きなさい!」
わたくしは、笑った。
「やっと最期の言葉を言う気になったの? もちろん、聞いてあげるわ」
「わたくしはもう、死んでいます」
「んんっ?」
「魔女に攻撃されて余命2ヶ月を切っています」
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