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第二章 死ぬまでにしたい【3】のこと

51話 リリー・バルクシュタインの回想 アラン殿下との密約③

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 あたしとアラン殿下は、しばらく、ソファーにもたれかかっていた。
 あたしは髪をかき上げる。

「あたし、たぶん殿下が思っているより、アシュフォード様のこと、好きなんですよ」
 殿下はだまって聞いている。

「あたしと婚約するって理由で、アシュフォード様と婚約破棄をするのは勘弁してもらえませんか?」
 冷静に聞こえるように、声のトーンを抑えた。

「君に声をかけたのは、商会の情報が欲しかったからだ。プラチナブロンドの髪の女性は珍しいが、他のご令嬢に頼むしかないな」

「なんで、プラチナブロンドなのですか?」


 殿下は自嘲気味に笑った。
「フェイトが嫌がるからだ。フェイトは自分の白い髪や容姿を気にしていた。とことん嫌がることを俺は、やる――」

 我を忘れ、机を飛び越え、殿下に殴りかかった。

 馬乗りになり、何度も拳を打ちつけた。

「なんで!? なんでだ!!! なぜそんな酷い仕打ちを、アシュフォード様が受けなければならない!!!!」

「……好きなだけ、殴れ」
 殿下は一切抵抗しなかった。

「この計画で、絶対に外せないのは、フェイトから俺が徹底的に嫌われることだ。そこが失敗すると、守ることは格段に難しくなる。いまは王家から離し、時間を稼ぐ」


 あたしは、泣いてしまう。なぜ、こんな思いを、アシュフォード様が受ける必要があるのか。殿下の頬にあたしの涙がはねた。


 あたしは、ゆるゆると立ち上がり、ソファーにもどって、腰掛けた。涙をぬぐう。

「……すみません。取り乱してしまって。殿下は……辛くないのですか」
「辛い? 馬鹿げたことを。これはフェイトを守る為にやることだ。辛いのはフェイトであって、俺じゃない」
 すこし、辛そうな顔をしていた。


「話は変わるんですが、さっき言ってた、権威を失墜させるとか、徹底的に罵れっていうのは、意味不明ですけど、そういう趣味をお持ちなんですか?」


「ブラッドを、弟を、次の王にする」
 言われたことをすこしだけ、自分で考えてみた。


「それは、アシュフォード様の為?」
「さきほど俺は全力でアシュフォード嬢を守る、と言ったな」
「そうです。失礼ながら、お気持ちがまるで入っておられないようでした、やり直しを命じました」
「いや、おまえはやり直しどころか、俺をアイアンクローしただろう! 虫をつぶすように!」
「そういうのは、お嫌いでしたか?」
 笑うと、殿下はにらみつけてきた。

「いや、それでいい。言葉通り、命をかけてフェイトを守る。計画を実行し、責任をとるのは俺だ。俺は王位を継がず、アルトメイアがもし我が国を占領したのなら、さらし首になる覚悟だ。バルクシュタインの安全も全力で守ることを約束しよう」


 心を込めて、拍手した。


「最初からそう言っていれば、殴られずにすんだものを」
 

 居住まいを正し、言った。

「ここ1ヶ月で、アルトメイアから投石機、弓矢、魔法の飛距離増強用の杖の大量注文がありました。他の商会からもかき集めなくてはならないほどの量です。マルクールを攻めるなら、弓矢は必要ですが、投石機や杖は必要ない。この王城はそこまで守りは堅くないですから。魔女二人の攻撃ですぐ落とせます。武器を用意するのに、最低1ヶ月から2ヶ月はかかる。つまり、アルトメイアは3ヶ月以内に、北のゴルゴーン王国へ攻め入るつもりでしょう」

 殿下は目を輝かせた。
「素晴らしい! そこから導き出される答えは?」


「ゴルゴーン王国の【茨の魔女】がアルトメイアに寝返った、とあたしは考えます」



「やはり、そう考えるな。では、なぜ、そんな大事な戦争前に、フェイトを差し出せと言ってきた? マルクールに下手すれば戦争を仕掛けられるかもしれないのに」

 あたしはソファーから立ち上がって、歩いて考えた。
「難問ですね。普通に考えたら、ゴルゴーンを攻め落としてから、マルクールを攻めるべき。ゴルゴーンは侮っていい相手ではない。西のアルトメイアが北のゴルゴーンとマルクールに挟撃されたら、【黒闇】と【穢れ】の魔女を分散することになる。それは悪手」

 あたしははたと気づいて、声を上げた。

「【茨の魔女】は、アルトメイアに交換条件を出した。照覧の魔女を引き入れたら、味方につく、とかなんとか。おそらく、茨の魔女とアルトメイアはまだ正式に手を組んではいない。だから、アシュフォード様が鍵なんです。アルトメイアはマルクールとゴルゴーンを同時に相手にしたくないし、アシュフォード様の身柄引き渡しが失敗すると、【茨の魔女】+ゴルゴーンと戦うことにもなってしまう。これは下手すれば、数年かかる戦になる。だから、まだ、アシュフォード様を得るためにアルトメイアは強硬手段に出られない」
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