【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ

文字の大きさ
上 下
32 / 107
第一章 死ぬまでにしたい10のこと

32話 剣聖ブラッド殿下の実力

しおりを挟む

 夕方だが、まだ明るく、暖かい春の陽気だ。
 運動場の小屋の扉の前に立つ。


「たのみ、、、、、、ますわ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 だれもいない。よかった。ブラッド殿下に剣を教わるので、先に待っておきたかった。

 いまは文化祭準備期間なので、運動部はいない。下校している生徒は見えるが、人はまばらだ。
 
 運動着に着替え、竹刀を持ち、運動場で素振りをする。

 しばらくして、ブラッド殿下がやってきた。
 今日は目の隈もなく、精悍な顔つきです。あれから王城の執務は時間内に終わっているようですね。安心しました。

「ごめんね。フェイトさん。遅くなってしまって」
「いえ。こちらこそ、ここ数日やることがあって、わたくしからお願いしておきながら、キャンセルしてすみません。また、本日は時間を作っていただいてありがとうございます。剣聖に教えていただけること、恐悦至極に存じます」

 殿下はさっ、と運動着に着替えて、竹刀を持つ。

「フェイトさんは剣を習ってどうしたいの?」

 殿下はにこやかにわたくしにたずねた。

 ジョージ護身術で言われたことを思い出す。
「相手に負けないような、自分になりたいのです」
 



 急にブラッド殿下が、にらみを効かせてくるので、怯える。勘にさわることを言ってしまったか。ジョージをほんのすこしだけ恨みます。



 ぽふっと、息が抜けて、お腹を押さえ、震えている。








「なはははははははははははははは」
「わぁっ……」
 あまりに大声で笑うのでびっくりした。

 笑いすぎて泣いていらっしゃいます。


「いやいや。フェイトさんは筆頭公爵令嬢の娘だよね。なんで、戦う前提になっているの? 騎士に守ってもらえば? 聞いたよ。ジェイコブがアシュフォードの専属の騎士になったんでしょう。彼はマルクールで2位の剣の実力者だった。流石、フェイトさん。みんなが君に影響を受けている」


 まあ、そうなりますよね。予知? なのかわからないが、赤い右目のことはわからないことが多すぎますし。予知が本当なら、おそらくジェイコブがいない状況で男と遭遇することになりそうなのです。さて、なんとお伝えすれば……。

「もし、ジェイコブで不安なら、僕がフェイトさんの専属の騎士になるよ。僕が守る」

 ずんずんと、距離を詰めてくる殿下!!!

 わたくしは思わず、後ろに下がると、運動場の小屋の壁が背中にあたった。

 
 逃げられません。声をだそうにも、まわりにはだれもいないし、ここは死角になっています。




 どん!



「っっっっっっっ!」



 殿下が腕を壁に押しつける。――殿下のきれいなお顔が目の前にある。長いまつげに、勝ち気な眉毛、高い鼻はいまにもわたくしの鼻と、ぶつかりそうです。

 わたくしは顔を背け、目をつぶる。



 きゃあああああああああああ。なんでしょうか。これは!



 ――これが。伝説の、壁ドン、というやつでしょうか。

 
 わたくしの脳が高速に動き出す。これは【公爵令嬢ヴァイオレットは今日も涙をひた隠す】でのヴァイオレット様屈指のいちゃラブ回。ラストに死んで、生まれ変わったヴァイオレット様に同じく生まれ変わりの王太子が壁ドンで迫り、「俺の物になれ」と至近距離で愛をささやく場面がございました。あれは、よいものです……。互いになんのわだかまりのない世界に生まれ、王太子がオラオラ系男子となって、ヴァイオレット様を口説きまくる。ページがすりきれるまで読んで、完全に再現できるまでにしてあります。壁ドンなどと、フィクションの中だけだと思っていた時期がわたくしにもございましたとも。


 たくましい腕。血管が浮き出て、指が長い。驚くほど肌が白いです。


 さすが、アラン殿下と共に令嬢の人気を集めていらっしゃる方。
 

「お、お戯れはよしてください。わたくしはこのような壁ドン行為に屈するような、柔な令嬢ではございません――」


 ドン!!
「っっっっっっっっっっっっ!!」

 り、両手!!! わたくしの顔が挟まれ、両手で壁ドンです!!!

 このような行為は【公爵令嬢ヴァイオレットは今日も涙をひた隠す】でも見たことはありません。新機軸を打ち出してこられました。圧巻の壁ドンです……。


 く……くちびるが……くっつきそうな距離でゆっくり、殿下が話す。


「僕じゃ、だめなのか」


 ありがたいことです。こんな素敵な殿方に熱烈に口説かれたら、まんざらでもないに決まっています。


 しかし、わたくしの余命はわずか。ここは鉄壁の心で武闘派令嬢にもどります!

「ほっ!」
「むっ!」

 わたくしは素早くしゃがみ、殿下の両腕壁ドンフィールドからしゅばばっと抜け出すと、逆に殿下に両腕を伸ばして、壁ドン返しをした。


「ふふっ。剣聖から一本とることができました。こんなに気分が良い日はございません。さあ、剣を教えてください!」
 最近家で15分、鏡をみながら練習していた悪役令嬢顔が火をふきます。

「や、やめてよ。フェイトさん。そんなに顔を近づけて、……恥ずかしい」
 急に顔を赤らめ、目が泳ぐ殿下。
「なっっっっ! わたくしとしたことがなんという破廉恥行為を! すす、すみません」

 わたくしは慌てて離れる。

 殿下はいたずらっぽく笑うと、わたくしの額を小突いた。

「フェイトさんといると楽しいなぁ。僕たち、うまく行くと思うんだけどなぁ」
 わたくしは笑ってごまかす。

 
「ブラッド殿下はわたくしのタイプではないので、そんな気分になれないのです! ごめんあそばせ」
「じゃあ、どんな人がタイプなの?」

 うーむ。
「ゴリラ、でしょうか。体毛がびっしり生えていて、まゆげもつながっているほうがいいですし、髭も濃くて、その……胸にも毛が生えているほうが好みです」
 すべて、ブラッド殿下と反対の特徴をあげた。これならあきらめますよね。

「ゴリラってなんだよ。じゃあ、明日から髭を伸ばしてみるかな。もしかしたら、ワンチャンあるかも知れないしね」

「ワンチャン? 犬ですか?」

「いやいや、チャンスのことだよ。ツッコミがおいつかないよ」
 殿下が心から楽しそうに笑うので、合わせて笑った。


 結局壁ドンして、時間がなくなってしまった為、残り時間で手合わせ願うことにした。

「たのみますわ!!!!!!!!!!!」
「よし、こいっっっ!」



 えっ?




 自らの目を疑った。




 まだ、一秒も経っていない。


 

 まったく動きが見えなかった。




 すでに首に竹刀が当てられていた。実戦だったらもう、死んでいる。





「さすが、剣聖。驚きを通りこします。今回は、その、壁でごにょごにょしていましたから、もう一度だけでも教えていただけるとうれしいですが」

「何度でも教えるよ。そうしたら、フェイトさんと二人っきりになれるしね」

 ウィンクする殿下から目をそらすわたくし。

 ウィンクをまともに受けてしまったら、わたくし、ただでさえ余命がわずかなのに、即死することもありえます。
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

処理中です...