【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ

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第一章 死ぬまでにしたい10のこと

32話 剣聖ブラッド殿下の実力

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 夕方だが、まだ明るく、暖かい春の陽気だ。
 運動場の小屋の扉の前に立つ。


「たのみ、、、、、、ますわ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 だれもいない。よかった。ブラッド殿下に剣を教わるので、先に待っておきたかった。

 いまは文化祭準備期間なので、運動部はいない。下校している生徒は見えるが、人はまばらだ。
 
 運動着に着替え、竹刀を持ち、運動場で素振りをする。

 しばらくして、ブラッド殿下がやってきた。
 今日は目の隈もなく、精悍な顔つきです。あれから王城の執務は時間内に終わっているようですね。安心しました。

「ごめんね。フェイトさん。遅くなってしまって」
「いえ。こちらこそ、ここ数日やることがあって、わたくしからお願いしておきながら、キャンセルしてすみません。また、本日は時間を作っていただいてありがとうございます。剣聖に教えていただけること、恐悦至極に存じます」

 殿下はさっ、と運動着に着替えて、竹刀を持つ。

「フェイトさんは剣を習ってどうしたいの?」

 殿下はにこやかにわたくしにたずねた。

 ジョージ護身術で言われたことを思い出す。
「相手に負けないような、自分になりたいのです」
 



 急にブラッド殿下が、にらみを効かせてくるので、怯える。勘にさわることを言ってしまったか。ジョージをほんのすこしだけ恨みます。



 ぽふっと、息が抜けて、お腹を押さえ、震えている。








「なはははははははははははははは」
「わぁっ……」
 あまりに大声で笑うのでびっくりした。

 笑いすぎて泣いていらっしゃいます。


「いやいや。フェイトさんは筆頭公爵令嬢の娘だよね。なんで、戦う前提になっているの? 騎士に守ってもらえば? 聞いたよ。ジェイコブがアシュフォードの専属の騎士になったんでしょう。彼はマルクールで2位の剣の実力者だった。流石、フェイトさん。みんなが君に影響を受けている」


 まあ、そうなりますよね。予知? なのかわからないが、赤い右目のことはわからないことが多すぎますし。予知が本当なら、おそらくジェイコブがいない状況で男と遭遇することになりそうなのです。さて、なんとお伝えすれば……。

「もし、ジェイコブで不安なら、僕がフェイトさんの専属の騎士になるよ。僕が守る」

 ずんずんと、距離を詰めてくる殿下!!!

 わたくしは思わず、後ろに下がると、運動場の小屋の壁が背中にあたった。

 
 逃げられません。声をだそうにも、まわりにはだれもいないし、ここは死角になっています。




 どん!



「っっっっっっっ!」



 殿下が腕を壁に押しつける。――殿下のきれいなお顔が目の前にある。長いまつげに、勝ち気な眉毛、高い鼻はいまにもわたくしの鼻と、ぶつかりそうです。

 わたくしは顔を背け、目をつぶる。



 きゃあああああああああああ。なんでしょうか。これは!



 ――これが。伝説の、壁ドン、というやつでしょうか。

 
 わたくしの脳が高速に動き出す。これは【公爵令嬢ヴァイオレットは今日も涙をひた隠す】でのヴァイオレット様屈指のいちゃラブ回。ラストに死んで、生まれ変わったヴァイオレット様に同じく生まれ変わりの王太子が壁ドンで迫り、「俺の物になれ」と至近距離で愛をささやく場面がございました。あれは、よいものです……。互いになんのわだかまりのない世界に生まれ、王太子がオラオラ系男子となって、ヴァイオレット様を口説きまくる。ページがすりきれるまで読んで、完全に再現できるまでにしてあります。壁ドンなどと、フィクションの中だけだと思っていた時期がわたくしにもございましたとも。


 たくましい腕。血管が浮き出て、指が長い。驚くほど肌が白いです。


 さすが、アラン殿下と共に令嬢の人気を集めていらっしゃる方。
 

「お、お戯れはよしてください。わたくしはこのような壁ドン行為に屈するような、柔な令嬢ではございません――」


 ドン!!
「っっっっっっっっっっっっ!!」

 り、両手!!! わたくしの顔が挟まれ、両手で壁ドンです!!!

 このような行為は【公爵令嬢ヴァイオレットは今日も涙をひた隠す】でも見たことはありません。新機軸を打ち出してこられました。圧巻の壁ドンです……。


 く……くちびるが……くっつきそうな距離でゆっくり、殿下が話す。


「僕じゃ、だめなのか」


 ありがたいことです。こんな素敵な殿方に熱烈に口説かれたら、まんざらでもないに決まっています。


 しかし、わたくしの余命はわずか。ここは鉄壁の心で武闘派令嬢にもどります!

「ほっ!」
「むっ!」

 わたくしは素早くしゃがみ、殿下の両腕壁ドンフィールドからしゅばばっと抜け出すと、逆に殿下に両腕を伸ばして、壁ドン返しをした。


「ふふっ。剣聖から一本とることができました。こんなに気分が良い日はございません。さあ、剣を教えてください!」
 最近家で15分、鏡をみながら練習していた悪役令嬢顔が火をふきます。

「や、やめてよ。フェイトさん。そんなに顔を近づけて、……恥ずかしい」
 急に顔を赤らめ、目が泳ぐ殿下。
「なっっっっ! わたくしとしたことがなんという破廉恥行為を! すす、すみません」

 わたくしは慌てて離れる。

 殿下はいたずらっぽく笑うと、わたくしの額を小突いた。

「フェイトさんといると楽しいなぁ。僕たち、うまく行くと思うんだけどなぁ」
 わたくしは笑ってごまかす。

 
「ブラッド殿下はわたくしのタイプではないので、そんな気分になれないのです! ごめんあそばせ」
「じゃあ、どんな人がタイプなの?」

 うーむ。
「ゴリラ、でしょうか。体毛がびっしり生えていて、まゆげもつながっているほうがいいですし、髭も濃くて、その……胸にも毛が生えているほうが好みです」
 すべて、ブラッド殿下と反対の特徴をあげた。これならあきらめますよね。

「ゴリラってなんだよ。じゃあ、明日から髭を伸ばしてみるかな。もしかしたら、ワンチャンあるかも知れないしね」

「ワンチャン? 犬ですか?」

「いやいや、チャンスのことだよ。ツッコミがおいつかないよ」
 殿下が心から楽しそうに笑うので、合わせて笑った。


 結局壁ドンして、時間がなくなってしまった為、残り時間で手合わせ願うことにした。

「たのみますわ!!!!!!!!!!!」
「よし、こいっっっ!」



 えっ?




 自らの目を疑った。




 まだ、一秒も経っていない。


 

 まったく動きが見えなかった。




 すでに首に竹刀が当てられていた。実戦だったらもう、死んでいる。





「さすが、剣聖。驚きを通りこします。今回は、その、壁でごにょごにょしていましたから、もう一度だけでも教えていただけるとうれしいですが」

「何度でも教えるよ。そうしたら、フェイトさんと二人っきりになれるしね」

 ウィンクする殿下から目をそらすわたくし。

 ウィンクをまともに受けてしまったら、わたくし、ただでさえ余命がわずかなのに、即死することもありえます。
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