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第一章 死ぬまでにしたい10のこと

22話 異変

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 ウィンストン学園に登校すると、王家の馬車が見えた。いつものキラキラと輝いてる学園の華、華やかな金色のアラン殿下、琥珀のしっとりとした魅力を持つブラッド殿下が降りてくる。

 登校中の令嬢、令息までもが、憧れのふたりを見るため視線を向けます。


 しかし、今日の両殿下は違う。
 

 両殿下の目が開いておりません。目のまわり、すべてが隈! いったいなにがあったのか。アラン殿下は馬車の足場から踏み外しそうになっている。


 そこに颯爽と登場する、バルクシュタイン! ああ。バルクシュタインも眠そう。いつも登場するだけで背景に花が出てくるような美麗な彼女も、目の隈がすごい。



「ご、ごきげんよう……アラン殿下、ブラッド殿下、バルクシュタインさん……」

「……」
 ついに無言になりましたね。アラン殿下。この場合、体力の限界という感じで、嫌な気持ちというより、大丈夫なのか心配です。

「おは……。フェイト……さん」
 ブラッド殿下……。

「ご、ごきげんよーう。アシュフォード様。今日もよい天気ですねー。あはははは」
 バルクシュタインは踊っている。昨日教えたダンスか? テンションがおかしなことになっている。


 みんな、忙しいのですね。見なかったことにして、先を急ぐ。


 ブラッド殿下が追いついてきた。


「昨日も、寝かせてもらえなかった……。睡眠不足で、死んでしまうかも……しれない……」

「た……大変ですね。授業中はおすすめいたしませんが、休み時間や、お昼休みにお休みになられては」
 
 ブラッド殿下はカバンから書類の束を出す。嘆願書ではないですか。

「休み時間もやらないと終わらなくて。フェイトさんはすごいよね。これをたったひとりで時間内に片付けていたんだから」

「慣れの部分が大きいと思います。お手伝いできたらいいのですが……」

 わたくしはちらりと、後ろにいるアラン殿下を見る。

「余計なことだ。アシュフォード嬢。もう王家に関わる必要はない。おや、服は……どうした?」


 久しぶりにアラン殿下がわたくしに話しかけてきた。大分物理的距離をとられているが。蜂蜜色の瞳はいつも以上にくすんでいた。
 そこまで服はボロボロというわけではないと思ったが、木刀で擦られたり、床を転がったりした汚れがついていた。

 よく見ている。わたくしのことはバルクシュタインのことがあってから、目に入ったゴミのように思っていらっしゃるとばかり。


「ほんとうだ。大丈夫? なにかあった?」
 ブラッド殿下がわたくしの袖を引っぱる。

「なんでもございません。ちょっと転んだだけです」
 わたくしが護身術を習っているといったら驚くでしょうね。

 はっ、とわたくしは閃く。
「ブラッド殿下。実はお願いがありまして。睡眠が不足しているなか、申し訳ありませんが」

 ブラッド殿下に話す。

「……いいよ。動いている方が寝なくてすむ。でもどうして」
 琥珀色のまあるい瞳で見つめられる。

「実はダイエットをしたくて。令嬢のあいだではひそかなブームとなっています」
「フェイトさんはダイエットなんて、必要ないよ。こんなにスタイルがよくて素敵だ」
 ブラッド殿下は顔を近づけ、わたくしを射貫くように見つめます。わたくしは恥ずかしくて顔をそらす。
 
「ま……まぁ。ありがとうございます。……では放課後にお願いします」




 教室に入ると。
「おはよう。アシュフォードさん」「ごきげんよう。フェイトさん」「おっす。おはよう」

 クラスのみんなから挨拶を返された。わたくしを見ても、遠くから会釈されるぐらいだったのに。急に人気者になってしまった。


 机の引き出しを空けると、手紙が入っていた。



 トイレから戻ると、マデリンが登校してきた。



「妾が通るぞ、すまん。道を空けてくれ。フェイト。おはよう」

 マデリンの召使いは、わたくしの近くまで車椅子を置いて、一礼し、教室の外に去っていった。

「ごきげんよう。マデリン」
 久しぶりにマデリンと話した気がする。
 よく寝ているのか、ここにいるだれよりも肌の血色がよい。


「マデリン。ハンカチをお返しします。返すのが遅くなってしまいました。ありがとうございます」
「あー。よいよい。返さないでよかったのに。それはそうと。昨日はすごかったな。大人しそうなフェイトがばったばったとクラスメイトをなぎ倒していった。事情はよくわからんが、実に爽快だった。ぜひ妾と友達になってくれぬか」

「もちろんです。マデリンは目も見えず、歩けないから、心細いでしょう。わたくしにお任せください」
 足がないと動けないですしね。友人というより、足代わりにしたいという意味でしょう。


 マデリンはうすい唇を広げた。

「頼むぞ。フェイト。頼りにしておるからの」

 マデリンを教室奥の指定席に連れて行く。



 今日の1時間目は二週間後にある文化祭の出し物を決める日だ。わたくしはなにをしたいかもう決めてある。


 自席に戻ろうとすると、イザベラが登校してきた。紫色のヴァイオレットサファイアのような透きとおる髪をかき分ける。気だるそうだ。日光にやられたのだろう。クラスの冷たい視線を受ける。


 わたくしの席に寄る。クラスメイトがざわついた。

「フェイト。いままで……すまなかった。もうおまえに絡んだりはしないから」
 目を合わせず、早口で言った。

「あら、これからも仲良くしましょうよ。イザベラ」
 わたくしは握手をしようと、手を伸ばす。
 イザベラは借りてきた猫のようになり、じっとわたくしの手を見つめている。

「私を無視しないのか。怒っていないのか。なぜ手を差し出す?」

 意味がわからないという顔をしているイザベラに、さらに手を伸ばした。

「ゾーイを助けてくれたからです。貴方がいなければ、彼女がわたくしのせいで傷つくところでした。ありがとう」


「フェイト、おまえ……」
 おそるおそる、イザベラはわたくしの手を握る。



「うぉぉぉぉぉぉ。快挙にいとまが無いぜ!! アシュフォードさん、イザベラという猛獣を手名付けやがった」「イザベラさんと、アシュフォードさんが握手する日をまさか、見られる時がくるなんて……」
 クラスから猛獣という物騒な言葉が飛び交ってますが、イザベラは気にする様子もなく、わたくしの手を握り続けた。


「フェイトさん、ご、ごきげんよう」
「ゾーイさん、ごきげんよう――」
 噂をすれば、ゾーイの声。イザベラからゾーイに振り向こうとしたとき――。



 ばっしゃ――。




 へっ?



 わたくしに、大量の液体がかかった。




 冷たい。み、水?





 ゾーイがバケツを持って、立っていた。
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