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第一章 死ぬまでにしたい10のこと
19話 騎士の帰還
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俺の名はジェイコブ。騎士テストに合格した後配属された場所は、王太子妃候補の公爵家令嬢の護衛だった。
嫌な予感がした。公爵令嬢など、プライドが高くわがままで、守りづらいだろうと思っていた。
「その傷は……痛む? わたくし、消毒ならできます。あちらでお茶でも飲みながら、傷を治しませんか?」
俺の背は2メートル近くあって、からだも大きく、右目部分に縦の切り傷がある。子どもは俺を見ると逃げるし、女の子は泣き出した。大人だって俺を怖がる。
アシュフォード嬢は、ちいさいながら、堂々としていた。
「俺が、怖くないのか?」
女性に怖がられないのは初めてだった。それどころか、アシュフォード嬢はお茶にさそってくれて、濃い茶色の紅茶と、華やかなケーキや茶菓子を用意してくれた。
俺が両親にも食べさせたいというと、喜んで包んでくれた。
正直、いまも甘い物が特段好きというわけではない、ただ、少女がくりくりとした目を俺に向け、話を聞いてくれるこの時間は、俺にとって大切なものとなった。
俺は平民の出。生活はいつも苦しかったが、俺にだけはたくさん食事を与えてくれた。父と母は小食で食べられないといつも満面の笑みだった。それは嘘で、俺を大きくする為に自分たちは無理をしているのだと気がついていた。
わかっていても、なにもできない俺は、せめて、剣の修行を頑張った。それが、将来父と母を助けることだと信じて。
いちばんの騎士になりたかった。剣聖になれば、騎士爵は当然として、引退後も剣術道場をひらくことだってできるだろう。いちばんは金になる。金があれば、俺を育ててくれた両親に恩返しができる。
そのことを両親に話すと、そんなことは気にしなくてよい、と言う。俺は耳を疑った。
「お金にも騎士にも、執着する必要はないよ。大事なのは、自分のなかの指針だ。なんの為にやるのか。だれの為にそれを成すのか、それが大事だ」
父は穏やかに笑った。そんな教訓めいたことをいう人じゃない。それは俺のなかで強く印象に残った。
ある日、アシュフォード家の庭で素振りを行っていたとき。
「――わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うっっっっっっっっわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
急に驚かされ、剣を落としそうになった! 振り返ると、アシュフォード嬢がくすくすと肩をゆらして笑っている。
「お、驚きすぎですわ。そんなに大きなからだで! うっっわぁぁって。あははは……」
「剣を握っているときは絶対やめなさい! 貴方にケガをさせてしまっては。俺はクビです」
アシュフォード嬢は俺にすがりついてきた。
「どこかに行ってはダメよ。ジェイコブ。貴方はここにずっといるの! よろしくて?」
アシュフォード嬢は母上を亡くして、感傷的になっている時期でもあった。
俺は両親のことを思い浮かべた。こんなに小さくて母上が亡くなるとはどんな気持ちか、慮った。
「俺は、どこにもいかない。安心しろ。だから、剣を握っているときは驚かしてはダメですよ」
「剣を握っていない時はいいのね」
「……。まぁ……。やめてはほしいが、好きにしたらいい」
アシュフォード嬢は俺を見上げる。綺麗なオッド・アイだ。こんなに目の色が違う令嬢などみたことがない。赤と青、幻想的だ。おもわず、引き込まれた。
「ジェイコブはこんなに強いのに、まだ剣をにぎるの?」
「いちばんに。剣聖になるためです。でも、まだ遠い」
「ずっとジェイコブが頑張っている姿を見てきたわ。その努力だけでわたくしはジェイコブを剣聖に推したい。わたくしにその力があればいいのだけれど」
俺は、アシュフォード嬢の柔らかな髪にふれる。白い、つやつやとした髪だ。もっとおおきくなったら、こんなことは許されないだろうが、彼女はまだ王太子妃候補とはいえ、年端もいかない少女だ。それなのに、こんなにも俺の心を動かす。
「ありがとう、ございます。アシュフォード嬢。俺は頑張って剣聖になってみせます」
「まぁ。剣聖に守ってもらえるなんて、光栄です」
アシュフォード嬢と共に笑い合った。
アシュフォード嬢が泣いて帰ってきた。なんと……アラン殿下に婚約破棄をされた、と。彼女は笑って言った。なぜ、笑うことができる。無理して、強がって。その強く笑う顔が強ばっていて、どれだけ辛いのかわかってしまう。
俺ではなにもできないので、メイド長のエマに任せた。
俺のこの怒りは、なんだ。
俺は庭で剣を振るう。何度も、何度も素振りをした。
「王城に戻るってよ。アシュフォード嬢は婚約破棄されて、用済みってわけ。よかったな。ジェイコブ。やっと栄転だぜ」
相方の騎士が言った。
俺は胸ぐらをつかんだ。すぐに彼は怯えた顔になった。
「や、やめろ、なんだよ」
「取り消せ、アシュフォード嬢は王太子妃になるために夜も遅くまで頑張ってらした。アラン殿下の方が悪いのだろう」
にらむと、目をそらした。
「す、すまなかった。でもよ、そういうことはいわねぇほうがいいと思うぜ。俺たちの主は……」
「知るか!」
王城の騎士団長は俺に、よりによってアラン殿下の護衛につくように言ってきた。
「考えさせてください」
「ジェイコブ。勘違いしていないか? 騎士に選択するという権限などない。あるのは主を守るだけだ」
「そうですか。では、辞めます。お世話になりました」
剣と装備をその場に置いて、帰った。
その日にアシュフォード当主に交渉して、アシュフォード家に仕えることになった。
これで、貴方を守ることができますよ。アシュフォード嬢。いまはブラッド殿下に追い抜かれてしまいましたが、必ず、剣聖になって、貴方が幸せになるまで見守っていますからね。
嫌な予感がした。公爵令嬢など、プライドが高くわがままで、守りづらいだろうと思っていた。
「その傷は……痛む? わたくし、消毒ならできます。あちらでお茶でも飲みながら、傷を治しませんか?」
俺の背は2メートル近くあって、からだも大きく、右目部分に縦の切り傷がある。子どもは俺を見ると逃げるし、女の子は泣き出した。大人だって俺を怖がる。
アシュフォード嬢は、ちいさいながら、堂々としていた。
「俺が、怖くないのか?」
女性に怖がられないのは初めてだった。それどころか、アシュフォード嬢はお茶にさそってくれて、濃い茶色の紅茶と、華やかなケーキや茶菓子を用意してくれた。
俺が両親にも食べさせたいというと、喜んで包んでくれた。
正直、いまも甘い物が特段好きというわけではない、ただ、少女がくりくりとした目を俺に向け、話を聞いてくれるこの時間は、俺にとって大切なものとなった。
俺は平民の出。生活はいつも苦しかったが、俺にだけはたくさん食事を与えてくれた。父と母は小食で食べられないといつも満面の笑みだった。それは嘘で、俺を大きくする為に自分たちは無理をしているのだと気がついていた。
わかっていても、なにもできない俺は、せめて、剣の修行を頑張った。それが、将来父と母を助けることだと信じて。
いちばんの騎士になりたかった。剣聖になれば、騎士爵は当然として、引退後も剣術道場をひらくことだってできるだろう。いちばんは金になる。金があれば、俺を育ててくれた両親に恩返しができる。
そのことを両親に話すと、そんなことは気にしなくてよい、と言う。俺は耳を疑った。
「お金にも騎士にも、執着する必要はないよ。大事なのは、自分のなかの指針だ。なんの為にやるのか。だれの為にそれを成すのか、それが大事だ」
父は穏やかに笑った。そんな教訓めいたことをいう人じゃない。それは俺のなかで強く印象に残った。
ある日、アシュフォード家の庭で素振りを行っていたとき。
「――わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うっっっっっっっっわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
急に驚かされ、剣を落としそうになった! 振り返ると、アシュフォード嬢がくすくすと肩をゆらして笑っている。
「お、驚きすぎですわ。そんなに大きなからだで! うっっわぁぁって。あははは……」
「剣を握っているときは絶対やめなさい! 貴方にケガをさせてしまっては。俺はクビです」
アシュフォード嬢は俺にすがりついてきた。
「どこかに行ってはダメよ。ジェイコブ。貴方はここにずっといるの! よろしくて?」
アシュフォード嬢は母上を亡くして、感傷的になっている時期でもあった。
俺は両親のことを思い浮かべた。こんなに小さくて母上が亡くなるとはどんな気持ちか、慮った。
「俺は、どこにもいかない。安心しろ。だから、剣を握っているときは驚かしてはダメですよ」
「剣を握っていない時はいいのね」
「……。まぁ……。やめてはほしいが、好きにしたらいい」
アシュフォード嬢は俺を見上げる。綺麗なオッド・アイだ。こんなに目の色が違う令嬢などみたことがない。赤と青、幻想的だ。おもわず、引き込まれた。
「ジェイコブはこんなに強いのに、まだ剣をにぎるの?」
「いちばんに。剣聖になるためです。でも、まだ遠い」
「ずっとジェイコブが頑張っている姿を見てきたわ。その努力だけでわたくしはジェイコブを剣聖に推したい。わたくしにその力があればいいのだけれど」
俺は、アシュフォード嬢の柔らかな髪にふれる。白い、つやつやとした髪だ。もっとおおきくなったら、こんなことは許されないだろうが、彼女はまだ王太子妃候補とはいえ、年端もいかない少女だ。それなのに、こんなにも俺の心を動かす。
「ありがとう、ございます。アシュフォード嬢。俺は頑張って剣聖になってみせます」
「まぁ。剣聖に守ってもらえるなんて、光栄です」
アシュフォード嬢と共に笑い合った。
アシュフォード嬢が泣いて帰ってきた。なんと……アラン殿下に婚約破棄をされた、と。彼女は笑って言った。なぜ、笑うことができる。無理して、強がって。その強く笑う顔が強ばっていて、どれだけ辛いのかわかってしまう。
俺ではなにもできないので、メイド長のエマに任せた。
俺のこの怒りは、なんだ。
俺は庭で剣を振るう。何度も、何度も素振りをした。
「王城に戻るってよ。アシュフォード嬢は婚約破棄されて、用済みってわけ。よかったな。ジェイコブ。やっと栄転だぜ」
相方の騎士が言った。
俺は胸ぐらをつかんだ。すぐに彼は怯えた顔になった。
「や、やめろ、なんだよ」
「取り消せ、アシュフォード嬢は王太子妃になるために夜も遅くまで頑張ってらした。アラン殿下の方が悪いのだろう」
にらむと、目をそらした。
「す、すまなかった。でもよ、そういうことはいわねぇほうがいいと思うぜ。俺たちの主は……」
「知るか!」
王城の騎士団長は俺に、よりによってアラン殿下の護衛につくように言ってきた。
「考えさせてください」
「ジェイコブ。勘違いしていないか? 騎士に選択するという権限などない。あるのは主を守るだけだ」
「そうですか。では、辞めます。お世話になりました」
剣と装備をその場に置いて、帰った。
その日にアシュフォード当主に交渉して、アシュフォード家に仕えることになった。
これで、貴方を守ることができますよ。アシュフォード嬢。いまはブラッド殿下に追い抜かれてしまいましたが、必ず、剣聖になって、貴方が幸せになるまで見守っていますからね。
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