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第一章 死ぬまでにしたい10のこと

5話 冷戦と情熱のあいだ

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 教室に入ると、いっせいにクラスメイトの視線が集まる。その目は困惑、疑念、心配する目、様々。
 マデリンの派手で大きな車椅子を押してきたから見られて当然だ。それよりも婚約破棄された女がどんな顔をして来たのか見るためでしょうか。

「みなさまごきげんよう。マデリン・シャルロワです。今日からお世話になります」
 マデリンは車椅子から立ち上がり、礼をした。
 背も低く、制服も小さい。人形のようなかわいらしさがある。

 教室中の視線を集めた。
 マデリンのおかげでわたくしから注目がそれた。ありがたい。

「歩くことはできないけど、立つことはできるの。どうぞよろしく」
 マデリンは車椅子に寝転がると、わたくしの方を向いた。

 ああ。押せ、ということでございますね。

 教室のいちばん後ろにマデリンの席をつくる。
「机は必要ないよ。車椅子に座って授業を受ける。なにか手伝ってほしいことがあったらフェイトに頼む」
「ノートとか、教科書を読むとかはどうしますの?」
「多少魔法の心得があるから大丈夫。フェイトはよく気がつくね。いや、よくのかな」
 マデリンは目が見えないのに、クラスメイトを見渡し、会釈していく。クラスメイトは戸惑いながらも、会釈を返す。
「フェイト。頑張ってね……」

 そういうと、マデリンは静かになった。うん? 寝てる? まさかね。早朝ですよ。  
 

 席につくと、ゾーイ伯爵令嬢が話しかけてきた。


「フェイトさん。聞きました。……その……」
「婚約破棄の件、ですわよね」
「そう……です。その……大変でしたね」
「いえいえ。人生で婚約破棄などそうあるものではないので、一度は経験しておこうかと思いまして。なかなか良いものですよ」
「えっ? えっ?」
  戸惑うのも当然。いままでのわたくしは、品行方正。毎日つつがなく生きておりました。冗談もあまり言ったことはありませんでしたね。

「ごめんね」
「きゃっ」
 ゾーイの肩とイザベラ・ロレーヌ公爵令嬢の肩がぶつかった。
 ゾーイは華奢なので、イザベラに押しまけてしまう。わざとぶつかったわけではない様子。

「フェイト。婚約破棄されたと聞いて、こんなに心躍ることはなかった。なぁ、いま、どんな気持ちなんだ? 婚約破棄されたことがない私にもわかるように教えてくれないか。好奇心が勝ってしまって、失礼なことだとわかっていても、聞いてしまう私を許してくれ」
 イザベラは切れ長の目でわたくしを睨めつけると、いやらしく笑う。紫色の髪が日に透ける。

「また得意の無視か? いい加減無視の特許でもとってきたら? くっ。まぶしい。朝日はこの世でもっとも憎むべきものだ。朝日とフェイトは私には有害すぎる」
 腕で日を遮るイザベラ。ねちねちペラペラとよく口が回りますこと。彼女は7つの魔女のひとり、黒闇の魔女の娘だ。


 いつもなら、相手にしない。彼女は恐縮ですが、わたくしに嫉妬しているだけだろう。魔力以外の科目はすべてわたくしが1番で、彼女が2番だから。

 わたくしはもう残り時間がありませんの。好きに生きてよいのです。

「婚約破棄、最高ですよ。こんな開放感は味わったことがございません。いままでの王太子妃になるために流した血と汗と涙と時間。それがすべて水泡に帰す。想像できますか? その時間をなにに使ってもよいのですよ」


「フェイト。おまえ……私に言い返したのか? 皮肉を言ったのかよ。あのと言われたおまえが? ずっと私を無視してきたくせに……」

 イザベラはすみれ色の目を見ひらき、驚いていた。

 まぁ、こんなものでいいでしょうか。イザベラもわたくしに思うところがあるのでしょうから、後は言わせておきます。

「まったく。イザベラさんのおっしゃるとおり。恥ずかしい。よく普通に登校できたものです。しかも、ブラッド様と登校してましたよ。もう、新しい男ですか。ずいぶん節操がないですね。アシュフォードさん」
 グレタ・ミラー侯爵令嬢が意気揚々とわたくしの机に腰掛ける。隣でイネス・ウィレムス伯爵令嬢が笑っている。残念ながら、笑顔からは邪悪さを隠しきれていない。

 アラン殿下のパーティでいじめをでっちあげた方達の集合だ。これから打ち上げとでも参りましょうか。


「婚約破棄されて、イネスをいじめただけでは飽き足らず、今度はブラッド様まで。ほんとうに貴方は……」

 ミラーさん。貴方はブラッド殿下の婚約者でも恋人でもないのですから、殿下と呼ばないと失礼です。大方、アラン殿下に近づきたくて、わたくしのいじめの件をでっちあげた。するとバルクシュタインさんにとられてしまった。次はブラッド殿下を狙っていらっしゃったのね。ブラッド殿下は俗な言い方ですが、さわやかイケメン。アラン殿下と人気を2分しております。婚約者はいない。王位は継げませんが、公爵か、侯爵は授爵できるはず。

 イザベラを先頭に、ミラーさんと、ウィレムスさんとほんとうに仲がおよろしいこと。

 彼女たちの事など正直どうでもいい。入学してから事あるごとに、嫌がらせや暴言を吐かれたが、無視してきた。
 

「はいー。席についてー。授業はじめまーーーす」


 先生がやってきて、ミラーが舌打ちする。いや、あなた! 侯爵令嬢なのですから、舌打ちはまずいです。

 ゾーイが手を振って、席に座る。また、昼食でお会いしましょう。

「くくく……。すごくいいぞ。気に入った。今日はいままでで10本の指に入るフェイトだ」
 薄気味悪い笑みをもらし、イザベラが席につきます。
 イザベラは切れ長の目とスタイルのよい長身、紫の髪。エキゾチックな色香がある美人なのですが、しゃべると変テコなのです。わたくしが蛇を飼っているような変わった令嬢だから、そういった方々に気に入られてしまうのでしょうか。
 
 いい迷惑です。お願いですから、残り3ヶ月、心安らかに過ごさせてください。
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