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VI章 零と壱

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あの大空の下で Ⅵ章 零と壱



二十六話 月すら沈む



「…っ…此処は何処だ?」

俺は辺りを見渡す。太陽は沈んでおり、星もけっこうはっきり見える。無論月もだ。

俺は砂の上にうつ伏せに寝転がっていた。下半身に何かが押し寄せては引いていく。はいているジーンズはスースーする。…潮か。と、いうこった…

「ここは海…か」

不満げに呟いた俺は、砂に手をついて立ち上がった。…いたい…

立ち上がった俺は、服に付着した砂を払う。…ぜんっぜん取れねえ…

ズボンに砂がこべり着いており、冷たい手で払おうとしても、手が痛くなって血が出るだけだった。

そしてなぜか脇腹が少し痛む。だが外傷としてはぜんぜん目立たないし、痛みはだんだん引いてくる

手からほとばしる血は、ぽた、ぽたと音を立てて砂の中に消えてゆく。

俺の服装は、上に黒いチャックのあるポケット付きのジャンパーを羽織っており、下はごく普通のジーンズ。はなから見たら不審者だ。

まぁ、ジャンパーのポケットの中には、拳銃とナイフと財布が入っているから、あながち間違いではない。ま、悪用する気なんてさらさら無いが。俺は組織に属している。その組織では、基本、凶器の使用は禁じられている。戦闘・防衛の時のみ使用を許されている。無論、緊急なら使ってもよい。…そんなことは、どうでもいい。

「困ったなぁ...」

俺は頭をぽりぽり掻く。その頭には、羽の髪飾りは無かった。…組織の証、だったはずなのだが…畜生、としか言いようがない。萎えてくる…はあああ

しかし困ったものだ。もぐらの掘る土が無いように、俺の歩める『道』が無い。致命的である。めんどくせっ…

まぁ、仕方ありませんねぇ...

「とりあえず、ここがどこか...知らなければ、始めようにも始まらない。」

ここが海だと知ったところで、”あそこ”へ帰る手がかりの一つにすらにならない。泳いで帰るという手もあるが…いや、無い。天候によって左右されるうえに、絶対どこかで体力が尽きる。…この時の俺は、助けを乞うという発想は無かった。正直、そんなことを思いつく余裕すら無かった。

俺は、もう、後がない。逃げるか、戦うか。

「俺が負けることは…絶対に無い…」

無い…はず…

俺はふらふらとした足取りで、前進し続けた。

一歩ずつ、牛のように歩く。

走ることはできなかった。

空を見る。綺麗に光る、オリオン座が見えた。そういえば、ベテルギウスはもう爆発したのかな……

俺はくだらないことに思いを馳せる。……昔、海であいつと星を見たなぁ。俺は故郷をしのぶ。……俺はいつからこんな冷酷な人間になったのだろう

牛のような歩みでも、気づいたら俺は芝生の上に立っていた。目の前にはフェンス。躊躇いもなく飛び越える。

目の前には、明るいライト。イルミネーションがあった。そして道行く人は、手を繋いでいる人もいる。…日付は変わってないようだ。

ならば、今はクリスマス。12月25日のはず。というか、まちで軽快なクリスマスソングが流れてるだけでクリスマスとわかる。つまり、「あの時」から日付は変わっていない。幸か、不幸か。正直日付が変わっていたら今頃死んでいただろう。嘆息する。

そしてもう一つの疑問が生まれる。

「…ここはどこだ…」

頭をポリポリかく。神奈川だといいのだが。

俺の家は川崎市にある。…ここ、関東だよな?俺が戦闘したのも関東だし…ね?

しかし、これがフラグになることを俺は知らなかった。

俺は町をさまよい続ける。看板には、見たことの無い町の名前が綺麗なゴシック体で綴られていて、俺はここは神奈川県では無さそうだと思った。というか、ここら一帯はやけに高い建物が少ない。俺はあれから三十分は歩き続けたが、東京のでかいビルのような建物は一、二件しかなかった。田舎なのだろうか。それとも関東北部か?いや、俺は海から来た。茨城、千葉辺りと考えるのが得策だろう。関東圏外ということは考えたく無かった。

なんせ俺は手持ちの金が少ない。財布を取り出し所持金の確認をする。…諭吉…がねえ…野口が一枚、二枚、三枚…約五枚程度しかない。

財布の中身、総計5089円

これだと関東圏外から電車を使うのはかなり不可能に近い。さらに、歩いて帰るにしても、食費がない。この金だと、外食し続けるのは無理。コンビニで買うにしても、おにぎり何個かで凌ぎ切るのはさすがに不可能だろう。選択肢は二つ。

犯罪に手を染めるか、自給するか。

最悪日雇いでも探すしかないだろう。なんとしてでも、家に帰らなくてはならない。人が待っている。俺の帰りを、待っているはずだ。仲間も。

ゆっくり、ゆっくり、歩を進める。血の雫はまだ手から落ちており、俺の足跡を辿っていた。道行く人の注目を集めたようだが、俺には関係ない事だった。

しかし、ここがどこかわからなくては話にならない。携帯も無いので、現在地を見つけるのは不可能。地元の人に聞くしかない……か。

俺はクリスマスツリーの前のベンチに座っているカップルに話しかけることにした。

「すみません」

「どうかしましたか?」

カップルの女性は、優しい声音で俺に返事を返してきた。俺は

「ここ、来るのが初めてで…道に迷ってしまい…現在地がわからないんですが、ここは何県何市ですか?」

俺は心臓の鼓動を高めながら尋ねる。緊張の瞬間。女性の方が口を開く。なぜかゆっくり開くように見えた。そして俺は女性の返答を聞いた。

刹那俺は膝から崩れ落ちる。事態は、俺の想定していた最悪の事態のスケールをゆうに超えていた。

女性の返答は、こうだった


「和歌山県XX町です」


カップルの男性が慌てながら、「どうかしましたか?!」とベンチから立ち上がり、しゃがみこんで俺に聞いてくる。俺は、「いや…急にめまいがしただけです。気にしないでください」と返答した。やばい。本当にやばい。呑気に歩いている場合では…ない。和歌山県だと?新幹線を使うにしても、金が無い。どうやって、神奈川に戻るのだ?

電車を使うという手もある…が、得策では無いだろう。

食糧を自給しながら歩き続ける方がいいか…

「ありがとうございます。参考になりました」

俺は苦労して立ち上がる。手の傷が増えていた。血が地面に滴る。

「血が…大丈夫ですか?!絆創膏は…」

カップルの女性は慌てていたが、

「いえ、前転んだだけです。大丈夫ですよ」

俺は手を抑えながら後ろを向く。

「では、ありがとうございました」

俺は後ろを振り向かないように歩き始めた。何も考えずに歩いていたため、目の前にあるライトアップされたクリスマスツリーにぶつかりかけた。近づいたため、余計にライトが明るく見えた。

さて。

俺は時間を忘れて歩き続ける。歩いて、歩いて、歩き続けて、喉が渇いた時、地面に座り込んだ。

ここら一帯には人は居ないようだ。

俺は橋に座り込んでいた。

さて。人が居ないならもういいかな

俺は左手で顔を覆った。手には暖かい感触。そして濡れて行く感触。

涙。──涙を流すのは何年ぶりだろうか。

覚えていない。それほど昔なのだろう

世の中は非情である

泣いても笑っても過去は戻らない。

この涙には憎しみ、悲しみ、怒りなど、負の感情しか込められていない。熱い涙は、手から溢れ出して、頬をつたう。

嗚咽のだし方すら忘れてしまった

ひたすら泣きじゃくった俺は、左手を顔から離す。ぐちょぐちょに濡れた左手を、ズボンで拭く。砂と暖かい手が擦れて、砂が落ちていくと同時に左手から血が流れる

俺は目の前の橋の下の川を見つめる。水平線のように見えた。真正面には、上弦の月のような月があった。

「…俺が何をしたって言うんだ…!守りたいものを守るために戦っただけで!俺が何をしたんだ!俺は──僕は、何のために戦ってきたんだ!」

俺は橋の上で精一杯叫ぶ。反響すら返ってこなかった。

何時しか、目の前の月が水平線に隠れていた



二十七話 吠えて、憂い、這いつくばる



先程の橋から遠い場所までやってきた。肌寒いなんてレベルじゃない。クソ寒い。

現在時刻、推定21時。流石に外に出歩く人もほとんど居なくなる。街灯はついているが。

ジャンパーのおかげか、今はそこまで寒くないが、これが深夜になると…背筋がこおる。

山奥で寝るのが得策なのか…?

…んなわけないか。夏でも寒いのによォ…

でも火をたけば何とかなるか?原始的だが、それが最も効率が良い気がする。

しかし、どちらにせよ山が近くになければならない。…まだ歩くか。

しかしそこまで歩く必要は無さそうだ。目の前に高い高い影。暗いが、輪郭がハッキリと見える。

あれを山と見てなんと見る。

俺は諦めない。諦めたら、それは「敗北」と同じ

俺に敗北はありえない。最強に敗北は無い。

男に負ける根性など必要無い。

そんなもの、とっくに捨ててきた。

残念だが、俺に歩みを止めるという選択肢は元々無かった。

目の前に女神が居るんだ。歩こう。

…しかし喉が渇く。正直川の水でもいいから飲みてえ。所持金のみでコンビニへ行くか…

近くにコンビニは無さそうだ。

まぁ歩いてるうちにあるだろ!

楽観的に言っているが、実際山に行く途中にあった。いや~今年のラック使い果たした気分!

まぁあの山、紀伊山地の一部だろうけどね!

なるべくしてなった事だろう

コンビニで二リットルの南アルプスの天然水を五本買った俺は、クソ重いレジ袋を提げて歩き続けた

━━━━━━━━━━━━━━━


こうして水を飲みながら山に来た俺は、ふと気づいた事がある。

「…どうやって火起こすん?」

俺は頭を抱える。今日は風呂に入っていないため、フケがポロポロと落ちる。我ながら汚ねえ…俺は頭から手を離した。

泣き言を言いたい。

だが、諦めることは、できない

俺の辞書に敗北の字は無い。

負けた?死んだ?そんなの関係ない。

目的さえ達成されれば勝ちなのだ

達成できないから負けるのだ

まぁ、現状負け一歩手前だが

…火。

よくある木で火を炊くという手もあるが、あいにく火種の元を持っていない。

薪をくべるのが最善手だろう。

俺はポケットからナイフを取り出し、手始めに木の枝を切ろうとした。…が、

「…切れない…」

硬すぎて切れない。直径は──だいたい20cmか?

何回も何回もトライしたが、これ以上は刃が折れそうなので手を止めた

拳銃…使うか?しかし拳銃で…枝が折れるのか?

俺の拳銃はリボルバー(357マグナム)の弾は9.1mm。とうてい直径20cmの木の枝を折れるとは思えない。

要約しよう。

詰みである。

細い枝でやるか……?

効率が悪すぎる。

俺は諦めて落ちている枝を探すことにした。少しくらい落ちてるだろ。と思いながら探していると、体感時間約20分程度でようやくでかい枝を見つけられた。細い枝も所々に落ちていたため、拾っておいた。これで火は起こせる

火種は、落ち葉にでも広げよう。

しかし問題は丸太──も落ち葉で代用。

これでどうにかなりそうだ。

俺は原始的な方法で火をつけようと試みる。

すりすりすりすりすりすりすりすり……

すりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすり

率直に言おう

火がつかねぇッ!!!

こんなに大変なのか!火起こしはッ!!!!

辛いッッッッ!!!!

風呂に入りたいッッッッ!!!!




悪戦苦闘することおよそ(体感時間)25分

ようやく小さな火種ができた。

よっしゃ!と心で叫んで、落ち葉を置いて火を広げようとして──

「ぎいいいいいいやぁぁぁぁぁぁ?!?!?!」

落ち葉を置くときに吹いた風で火が消えてしまった

もう一度悪戦苦闘することおよそ(体感時間)45分

死ぬわこんなん!

多分現在10時。疲れるわ。

ついに火を広げることに成功した俺は、落ち葉の上で寝るのだった。

寝つきが悪かった。

寝返りを打ちながら、頑張って目を瞑って寝ることを試みる。

そして、いつの間にか俺の意識は深淵に落ちていた。







「……どこだァ?ここ」

俺は目の前の光景にため息をつく。

相当綺麗な景色だ……

紅葉が咲き誇る、デジャヴな景色。

……もみじ公園か?

俺は目の前の景色を見つめ続けていた。

見続けていると、いつの間にか銀がかった髪の、俺より背が小さい美少女が入ってきた。

……俺の、かの……じょ?

あいつが……そうか。

これはあの日なのだ。

「おい、か……」

俺が彼女の名前を叫ぼうとすると、目の前に白かかった髪で、黒い服で身を包む男が入ってきた。身長は俺と同じ。

靴も。

姿勢も。

……あれは、俺か?

……絶句する。

あぁ、そうか。

俺には戻る場所が…

俺は泣く。彼等は俺に気づいてないようだ。俺は彼女の後ろに行く。いつの間にか彼等は公園から消えていた。俺も、目の前が暗くなった



目を覚ます。未だに周りはくらい。

…俺にとっては、あんなの悪夢だ。

地獄だ。

昔を思い出した。今だけは、今だけは……

思い出したくなかった。思い出したら、心が折れそうで。

彼らを思い出しそうで。

怖かった。

……今もそうだ。

「……いやだ」

火は消えている。寒い。目を覚ました理由は寒かったからか……

日を付け直す。今度は簡単に火がついた。

……嫌だ。

もう、嫌だ。俺の精神はとうに極限状態になっていた。

「……俺はなんだって言うんだ!!!俺が!何を!まただ!俺は後悔をする!もうしないと決めたのに!……地面を這い蹲るしかできない!負けない!これ以上の辱めは……受けない!勝つ!吠え続ける!俺は!おれのためなら!!!」

俺の叫びが、山に木霊した。叫びが山彦として、俺をあざ笑うように俺のもとに返ってきた。俺は感情に身を任せ、近くの木の幹をおもいきり蹴り飛ばした。針葉樹の葉が俺の頭に落ちてきた。



幕間~Number.2の死後~


「ほんっっっとに面白くないわね~」

私──霞雨真理奈──は頭の後ろで手を組みながらそうボヤいた。

面白くない。実につまらない。

──悲しくはないのよね。私、まだ疾風の死を実感できないのよねぇ……

「授業のことか?それなら面白くないのは当たり前だろ……ユキさんは別だが」

隣で歩いている愁が冗談を言ってきた。

「いやいや…なんか、お正月も過ぎたし…面白くないわよって話よ?」

私は呆れながら愁に言った。今日は一月七日、始業式。三学期の始まりなのだが……

やはり、何かこう、一ピース足りない……

「まぁ、学校もそんなに楽しくないわよね~」

愁の隣をスタスタ歩く彼方もそうボヤく。何故か今彼方は鉄壁のポーカーフェイスをしているが、心は通じる。

疾風の死は、大きすぎた。

疾風の死が発覚したのは、クリスマスの三日後。

元々、

・疾風があの場所から居ない。

・疾風と無線が繋がらない

・最期に疾風が残した言葉

この三つだけで、気づけたのに……私は姉失格だ。

今日は疾風の死から二週間近く経った。今日は疾風の葬式。気分は落ちている。私達は揃って陰鬱な顔をしていた

「まぁ…落ち込んでも仕方ないわよねぇ」

私は手を動かさずに呟く。彼方の銀がかった前髪がピコン!と跳ねる。彼女を刺激してしまったようだ。

これ以降、会話は無かった。

実の所、疾風の誕生日は一月一二日。

誕生日を祝う準備をクリスマス前に少しずつ進めていたのだが……本人がいないならそれはお蔵入り。私的には残念なんてレベルじゃない。

私はNumber.2死亡のニュースを聞いたとき、号泣した。あの後、彼方も来て、二人で泣きあっていた。

私は……未だに疾風が生きてると、勘違いしているのかもしれない

でもあの馬鹿なら…本当に生きてるのかもしれない。

まぁ、そんなわけないか

私は空を見る。青い青い空が広がっていた。

ため息をつく。

家に帰ってきた私は、黒い喪服を着た。家ではなるべく何も考えないようにした。

葬式は森の奥で行われた。

私がそれを望んだのだ

「…疾風…嗚呼…」

隣でお母さんが泣いている。ユキ姉も、お義母さんも、お義父さんも。本当に疾風は愛されてるわね…私は苦笑する。涙は出なかった

何故だろう。何も感じない。血を分け合った双子の葬式だというのに、気だるさのみ残る。王牙さんの発言のせいだろう。あの方は本当に変なことを言う。彼は死んだのにね……生きてるかもしれないよ?なんて言ってきてさ。

王牙さんは考えがわからない人だ。だからこそそのセリフを信じ込んでしまっている自分が居る。いい加減に現実を見ないとね……

蝋燭に火をつけた私は、森の奥を見る。少し霧が勝った森に、男が立っているように見えた。


二十八話 目指すは、諏訪ッ!


「こういう所は寒い……ああ……」

俺は目の前の炭を睨みつける。冬なのに暖房が無い山は、寒い事他ない。てか山火事なってないのね。よかったよかった。

火事になってたら死んでたね。そんなこと考えてなかったけど!そんな余裕無かったってお話。

朝の水はうめぇなあ……ただのペットボトルだけど、今だからこそ美味しく感じる。

「そういや湧き水取れねぇかな」

ペットボトルの中身(昨日の飲みかけ)を飲み干した俺は、そう呟く。普通に湧き水を汲めば、水買わなくて済む説ある。

結果。

とっても綺麗で、はとぽっぽが集る水湧き場がありましたとさ。

俺は無言ではとぽっぽを睨みつける。はとぽっぽは怯えた様子で、ピーピー鳴きながら羽を羽ばたかせ、俺の視界から消えていく。

俺そんなに怖いの……?鳩にさえ怯えられる自分が悲しく見える。嗚呼哀れなり。我。

そんなことどうでもいいので、ちゃっちゃか2Lのペットボトルに水をぶち込んだ。汲む作業だるすぎワロタ

「……これ、山降りるより登る方がいいんじゃね?」

汲んだばっかの美味しい天然水をごくごく飲む俺は呟いた。

いやね……山降りるとさ?…紀伊山地をぐるっと回ることになるのよ。

それ何日かかるん?って話。

いや死ぬ。死ぬ死ぬあ~死ぬ(暗黒微笑)

まぁ、要するに峠越えた方が疲れるけど早いのよね。何故かって?君たちならわかるだろう?紀伊山地は、超えると奈良県に入る。奈良県から、目指すは木曽山脈。木曽山脈を超えた暁には、赤石山脈、関東山地を超え……そのまま、神奈川県入りする。その予定を、今の一瞬で俺は築き上げた。

神奈川県入りしたら、どうにかなる。

問題は、赤石山脈まで、歩き続けなければならない、ということだ。多分ね?多分だけど500kmはある。まぁ、どれくらいかというと、104時間歩き続けなければならない。なんと五日ぶっ通し。死ぬよ?普通に?えぇ?

だけど、絶対道に迷うから……

あたまがいたい。頭を強く押さえる。

「……とりあえず、紀伊山地を超えてからにしよう。それ以降は…考えないようにしよう。うん。」

何故か紀伊山地を超えた後を考えたら絶望する気がしたので考えるのを止める。何故か某ゲームの敗北のテーマが頭の中で流れるが、無視をする。とりあえず、紀伊山地を超えるために、俺は立ち上がった。

次の瞬間。

「動くな!」

と叫びが聞こえた。俺に言ったのか?目の前には狩猟用銃を構えた男が立っていた。俺は、狩猟協会かなんかか?と思ったが、俺は狩りをした覚えがない。まぁ今からしようかなとは考えてたけど。

でもこんな山奥に来て、動くな、と脅す狩猟協会の人がいるだろうか?

否。居たら怖すぎる。つまり、だ。

こいつは、-こいつらは、俺の敵対組織だとわかる。

「──?」

俺はその組織の名前を敵に聞こえる声で呟く。

「なっ、何故!」

何故バレた、とでも言いたいのだろう。口角を上げる。他のやつらも動揺して落ち葉をパリッと音を立てて踏んでいた。

「…俺の判断能力は鈍ってねぇ、ってことさ」

次の一手。俺は読める。

俺は目の前のやつにペットボトルを投げつける。そしてそのまま地を蹴る。

銃声が響く。しかし、狩猟用銃ごときでは、まともに照準も合わないだろう。俺は姿勢を低くして先程の男の鳩尾に拳を叩き込む。

「ガハッ……」

男が倒れる。俺は男をそのまま投げ技の容量で背中におぶる。そして、盾とする。

そしていつの間にか銃声が聞こえなくなり、代わりに悲鳴と落ち葉が割れる音が聞こえる。俺はため息をつく。

しかし…某リーダーを倒したのに、何故、あの組織が……?

俺は男を投げ飛ばす。鮮血が空に綺麗な軌道を描いて地に落ちる。あらら……そんなに喰らってたのね。可哀想に。まあかわいそうだなんて微塵も思っていないのだが。

どうせ、こっからも攻撃を仕掛けてくるだろう。俺は、目標を変更することにした。

「……目指すは、諏訪…!」


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「…Number.2の死はデカイな」

僕──水無月王牙──は隣の舞の独白を聞いていた。

「最大戦力が死んだからな…これは、Number全体にとって、相当な被害が及ぶ可能性が高いぞ?王牙」

舞が神妙な顔つきで僕を見る。僕は噴き出してしまった。

「…何が面白い?」

舞は怪訝な目で見てくるが、僕は笑い続けた。

「いやさ…舞がそんなに心配したり、神妙な顔つきするのは珍しいな……って。痛ッ?!」

僕が本音を言うと、舞が殴ってきた。舞って女だっけ?ゴリラ並みの力ある気がすr

「誰がゴリラだ」

「人の思考を読まないでくれるかな?」

サトリかなんかなのか?こいつは。

「サトリでもない」

舞はあくまでも、淡々と告げてくる。しかしアホ毛が立っていて、怒りを表していた。

「ごめんて」

僕は苦笑する。机に肘をついて、僕は考える。

しかし…何故だ?何故か…不安が消えない。漠然とした、何かなのだが。それがわからない。わからない。

「…不吉な予感がする…」

僕は頭を抱える。舞が隣に座って、僕の背を撫でてきた。

「落ち着け。お前らしくないぞ?」

「…ありがとう」

舞は根は優しい。こういうことをしてくれるのが有難い。昔からの付き合いだが、いつもこれは変わらない。

「…でも、不安が消えないんだよね。」

僕は泣き言を吐く。舞は背中をバンッと叩いてきた。

「い、痛いよ…」

「まったく、いつからそんな弱い人間になったんだ?」

舞は手を退け、僕を見つめた。心臓がドキッと跳ねる。舞がたまに見せる大人の顔だ。

「……Dreamerの不安は消えたんだ。これ以上は、治安維持以外に考えることは無いだろう?」

舞は少し強い声でそう主張してきた。フッと息を着く。

「…確かにそうだね。僕らしくないや」

僕は立ち上がって、舞を見下ろす。舞も首を縦に振って、立ち上がる。

僕はまた座る。

「…何してんだ、僕ら」

賢者タイムに入る。

「…お前なあ」

舞も前髪を落ち着かせて座った。ペットボトルをバックから取り出して飲む。美味しい紅茶だ。午後の紅茶。う~ん、実に美味。

そうやって紅茶の味に浸っていると、ドアからドタドタ、と走る音が聞こえ、バンッとドアが開き、Numberの参謀部隊隊長、Number.5の篠塚誠が入ってきた。

「どうしたの?誠」

誠は息を荒くして、僕に紙を差し出してくる。受け取り、読む。目を見開いた。

「…何故?何故ッ!」

僕は机に拳を叩き付ける。舞が紙を横取りして、読むと同じく目を見開いた。

「…どうしてだ?Dreamerは、疾風が倒したはず…何故、和歌山の残党が、今動く?!…さらに、目指すは、諏訪のNumber支部…だと?!神戸支部では無いことも不思議だが、何故、本部であるここ、奥多摩支部に攻めてこない…!」

舞が悲鳴にも似た大声で叫ぶ。僕も舞と同じことを考えていた。…僕たちは今、かなろ狼狽している。

まず、Dreamerの残党が居ることにも驚きだが、問題は狙いが諏訪支部であるであることだ。

諏訪支部には、北陸の治安維持という命がある。和歌山から近い、近畿の治安維持を受け持つ、神戸支部を狙わず、諏訪支部を狙う理由とは……

「あの子か……?」

それ以外、思い浮かばなかった。否、思いつきようがなかった。…あの子は、生きて、諏訪に居るのか?いや、流石に違うか。

「…敵は、北陸制圧を目的にしてるのではないかと」

誠が推量を語る。北陸制圧なら、先に近畿制圧だろう。…僕は、あの子が生きていると思っている。彼が海に落ちる程度で、死ぬわけない。その程度、蚊に刺されに満たないだろう。ならば、やはり…

「諏訪支部に遠征を!Number.0、Number.8、Number.75、Number.52出動!」

僕は大声で誠にそう宣告した。




二十九話 紀伊山地越え 一話


「さて、一つ目の峠は越えられたぞ…」

俺は山をさまよい続けていた。さまよいすぎて、サマヨールになりそうだ。冗談はこれくらいにしといて、

困った。とにかく困ったのだッ!!!

食料は、イノシシを狩ってどうにかしているが…焼くのが面倒だし、焼くスペースが少ない。それだけならまだマシだ。まだ。問題は

道が分からない。神様…こんなことって、ある?!諏訪に行くとか、木曽山脈を越えるとか、そんなこと言ってられない。先に紀伊山地をどうにかして越えなければならない。それで、何日かかるだろう。十日はかかるかもしれない。それは、避けたい。

そして、刺客が居ることも明白。狙われる理由もわかっているが…流石に前のはビックリした。

あれから早2時間経ったのだが、俺は少々重い足取りで登り坂を登る。

は~、辛。俺は諏訪に行くために、次のルートを考えた。というか、辿ることにした。

まず、北東に紀伊山地を越える。次に、旧伊勢街道を経由して、旧中山道を通り、木曽山脈へ。正直、神奈川まで直行してもいいのだが、身の安全と疲労が怖いので、木曽山脈から諏訪に行って俺の仲間達が居るはずの所へ向かう方が得策だろう。…まぁ、木曽山脈まで平和に行けるとは思わないのだが?それは良いとして、紀伊山地でどれくらいの時間を喰うのだろうか?…今、山に籠って二日目だが。既に雨風に打たれてるので…うん。身体が悲鳴をあげてる。

カエルみたいに葉っぱで傘作るか…

俺は枝を折ることにした。幸運なことに、近くに細長い、葉っぱが沢山くっついた枝があった。それを少し改良して、俺は簡易傘を作った。

風は知らん。とりあえず、峠の頂上には着いたけど…人は居ないし、しかも、

「…刺客居るよねぇ……」

殺気を感じる。俺なんか悪いことしたか?いつも思うが…

「はいはい出てきな…おっと」

手を叩くと銃声がしたので後ろに飛んで逃げる。挑発に乗りやがったな?ばーかばーか

…虚しい。すご~く虚しい…

ポケットから拳銃を取り出そうと試みるが、ポケットのチャックと格闘している間に、次々と銃声が鳴り響く。なんとか取り出すことはできたが…危険すぎる。今も近くをマメ(弾)が通り過ぎていることだろう。俺はジャンプした。拳銃の照準を少し下にする。そのまま横に一回転しながら、拳銃を乱射する。悲鳴がちらほらあがる。鮮血が飛ぶが…ジャンパーを一番上に着ているから、山の水で洗えるだろう。ペットボトルの水も使うか…
未だに銃声が鳴り響くため、俺は短刀を取り出し、近接戦に臨むのであった。



「…水がもったいねえ…」
俺はペットボトルの水を泣く泣くジャンパーの返り血を浴びた部分にかける。ワンちゃん奴らが起き上がって奇襲に来る可能性があったが、無視しても構わないだろう。先ほどの刺客は今頃のびているだろう。俺は鮮血が落ちたことを確認した。
「…刺客から金を奪ってもいいかな…」
俺はのびている刺客どものポケット等を探す。財布から強d…慰謝料として二万円回収した。
「これで水と食料は、金を強奪すれば、なんとかなるか…」
俺は安堵する。しかし、飯をどこで買うか…山頂の売店にでも行こう。そうしよう。うん。そう決意した俺は山を『北東に』進み始める。なぜ北東なのか?
それは、旧伊勢街道の入り口に向かうためだ。因みに登山客にGoogle Mapをみせてもらった。登山客様様である。
「…今週中には、旧中山道に到着したいなあ…」
いつ諏訪に到着するかわからない。二遊間とかかかりそう。…これどうしようか。
まあ、諏訪に行けば仲間がいる。知人はいないだろうが、俺の「呼び名」を言えば俺が誰か分かってくれるはずだ。てかわからないならやばい。死ゾ。とりあえず、旧伊勢街道に乗ることが目の前の目標である。と、いうことでゆっくり、確実に、
北東へ進もう。優しい登山者様が方位磁石をくれたので、北東に進むのはたやすいが、それ以上に面倒なのが、やはり刺客だろう。いくらあの組織だからといって、残党がそこまで強いとは思わないが、数が数だ。多分、100人前後はいる。あの組織、けっこうデカいんだな…そんなデカくして、何をしたいんだろう。…得体のしれない組織だな。やっぱ。
怖いのは山々だが、死ぬ可能性も出てきた今、怖いとかは言ってられない。どれだけ早く旧中山道に到着できるかどうかだ。…この調子だと、俺の奇襲に人員を割いているというよりは、諏訪強襲に人員を割いているという感じがする。これは、中々面倒くさい…なおさら早めに諏訪に到着せねばならない…
俺は目の前の下り坂を早歩きで下るのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――

「…ええい!奴を早く始末しろ!」
隣のDreamer副総長がテレビ通話相手にどなりつけている。通話先で男があわあわしている。嘆息。
「…Number.2の始末は後でいい、と僕は言ったはずなんだけど?」
僕は怒気を孕ましてそう言いながら、副総長を睨み付ける。
「…如月厚人が死んだ今、奴を止める者は、奈良支部には存在していません!」
副総長は顔を真っ赤にして叫んだ。そこには、副総長の威厳はほとんど無かった。…奴はまがりなみにも僕の弟の仲間だ。弟は僕が嫌いだろうけど、ぼくはそうでもない。なので、弟が奴の死に対して悲しむのであるならば、僕はそれを阻止する。更に、今奴を殺した場合、Number総動員で攻めてきて来る可能性がある。正直、勝てる気がしない。奴らは一騎当千、百戦錬磨。鍛えまくっている戦士共2、300人を相手にしたら、いくらこちらの600人も全滅する気がする。それが怖すぎる。全滅したら元も子もない。
「…落ち着いて。それよりも、全面戦闘を避けなきゃいけない。Numberが本気出してくると、組織が壊れる。元も子もないだろう?それに」
僕は一拍置いた。副総長を睨み付ける。
「…僕ら如きで、Number.2を止められるわけがない。」
僕の断言に副総長が絶句する。副総長を一瞥。テレビ画面に向き直って、総長として、最終命令を出した。
「…急いで諏訪を落としてくれ。頼んだよ西園寺寅助(さいおんじ とらすけ)君。
君が頼りだ。」
『…ハッ!その言葉を待っておりました!ありがとうございます!』
画面の先の男、西園寺寅助は、歓喜に満ちた笑みで頭を下げ、礼を述べた。そして、副総長を見ないようにしているかのように、斜め下を見たまま、通話を切った。
「…ったく!失礼な部下だ!」
副総長が激昂する。僕はプロジェクターの写すブルースクリーンを見つめながら、
「…君は、もう…クビだ。」
静かにリストラ宣言をした。
三十話 紀伊山地越え② 風そよぐ黄昏時

「…むう」
俺は目の前の看板と格闘をする。
現在山に籠って一週間。遂に旧伊勢街道の脇にある、『多気』まで1KMの地点まで来た。旧伊勢街道に乗るまで、もう少しかかると思ったのだのだが、想定より3日ほど早く着いた。しかし、どうせ奴らは居るだろう。…今までも、数十人と戦闘をした。おかげでお金がいっぱいだ。…いつか返すか…
とりあえず、北東に1km進んでから考え事をすることにした。旧伊勢街道に乗りさえすれば、刺客は居ないだろう。民間人巻き込むからな。流石に「協定」違反だ。これはお遊びではない。つまり、この1kmの山中で、焦った連中が一気に押し寄せてくる可能性がある。
…覚悟を決める必要があるようだ。
「…兄ちゃん、どうかしたのかい」
後ろから若干しわがれて、でも威厳がある声が聞こえる。俺は振り返らずに質問に回答する。
「…大丈夫ですよ。」
「かっかっか!最近の若者は元気がいいのう!困ったらわしら登山客に相談するんじゃぞ?」
「…アドバイス、感謝します。」
かつ、かつと足音がする。足音が遠ざかったのを確認する。周りには風そよぐ音、葉の揺らぐ心地いい音。鳥のさえずりが聞こえる。冬鳥のさえずりも悪くない。
西日が木の葉の合間を縫って俺に降り注いでくる。
…俺を励ましてくれているのだろうか。
…行こう。腹を括ろう。
さあ、滑稽な戦いの最初を終わらせに行こうじゃあないか…
「Dreamer…紀伊山地での最後の戦いだぜ…」

もう襲われているのか…目の前に一人…右に二人…左に三人…後ろに二人…
計八人。さて。
ナイフを取り出す。接近戦に持ち込むのは、どれほど面倒くさいのだろうか
木陰に移動する。ついでに拳銃も取り出し、戦闘態勢を整える。…まだ、俺の姿は視認されていないようだ。
好都合なり。俺はなるべく音を立てないように木を高速で登る。木の上…と言っても木の葉に隠れている場所だが、見晴らしがいい。実はこの銃はサイレント加工が施されている。それを利用して、静音狙撃をすることにした。リボルバーが音もなしに人に穴を開けていく。
周りに響くは人間の悲鳴。三人程度に穴を開けたところで、悲鳴にびっくりした小鳥たちが木から飛び立つ。
…俺のいる木から。
「やべっ」
急いで木から飛び降りる。瞬間、銃声。
もうやばいと一言で表せる。…さらに、今回、敵の中には、昔の後輩がいた。あいつは俺が指導したため、まあまあ強い。取り巻きがいる状況で戦うと負傷するリスクがある。諏訪までの道は、まだ4分の1程度しか進んでいない。ここで負傷すると、病院に行くことになる。時間の無駄は避けたいし、身バレするのも面倒くさい。何より、保険証を持ってない。負傷したら死は覚悟せねばならない。それは今までのものが全て水の泡だ。…そして、今俺はけっこう疲労している。…撤退すべき。俺は全力で来た道を引き返す。
「追いなさい!」
元後輩の声が聞こえる。…あいつがリーダーなのか。なら都合がいい。あいつは観察眼が少々欠けている。そう簡単に俺の走った痕跡は見つけられないだろう。俺は木を蹴って加速し、戦場から撤退した。



「…ここまで戻れば…充分か…」
俺は膝を地面につく。…疲労が増す。少し休憩する必要があるだろう。そして、先程の道は使えないだろう。奴らが潜んでいる可能性は充分にある。
戦闘は、『アイツ』とだけにしたい。これ以上は…
いくら俺でも、長期戦が得意ということではない。もうジリ貧になっている。…遠回り
をして平和な道を辿るか?…それとも、正面突破するか?
…いやはや、俺も追い詰められているなあ。俺らしくない思考をする。よく言われることだが…できないできる、ではなくやるかやらないか。このセリフは、追い詰められたとき、真価を発揮する。何故ならば、
俺に敗北という言葉は……存在しないっ‼無理なものは無理なのだ。しかし、玉砕覚悟ならば、できないこともできるようになる。つまり、俺の決断は…
正面突破ッ!それ以外あるまい。
ふふふ…勝てばよかろうなのだ―――!
手順など関係なし!目的を達成したものが勝つ。それが理。
勝てる者は何ができるか?
それは覚悟と、もう一つ。
何かを耐えることだ。孤独、監禁…辛いことを耐える精神力こそが、俺の長所だ。
最近気づいたが、代わりに怒りが欠乏してる気がする。気のせいだろうか…気のせいだ。うん。
腹を括った俺は、前の山の頂上で買ったおにぎりをほおばるのだった。
…うめえ…


歩き始めた瞬間、敵に遭遇するゲームってなーんだ
ポ○モン?ド○クエ?
いいや違うね。
人生っていうゲームだよ諸君
「バカヤロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
何に怒っているのかわからない、が叫んでしまう。拳銃を構えてニヤニヤしてる気色が悪い相手をしり目に木陰に隠れる。銃声が聞こえる中、俺はリロードをする。…残りの弾は少ないようだ。俺はリロードを済ませ、銃のみを木からはみ出させる。…辺りには落ち葉が落ちている。落ち葉の割れる音は聞こえなかった。つまるところ。敵は動いていない。先ほどで位置は正確に覚えた。発砲がする。敵が倒れたかを確認せず、俺は前に走り始める。
そういうふうにして敵を正確に倒していく。…また疲労がたまり始めたころ、さっき戦闘した場所に戻ってきた。木に寄りかかる。…相当疲れてきた。五人近くの連戦後で。これであいつとタイマンするのはいささか不安…勝てんのかこれ?怖い…負けるかもしれない。得体の知れない感情が、俺の中に逆流してくる。どこからともなく恐怖が俺に流れてくる。怖い、という初めて感じる感情だった。…いや、恐怖は、父親が生きている時に散々感じたか…だが今の俺は前の俺とは全然違う。否。前の俺の面影一つもない。変わったのだ。俺は。こんなに落ちぶれたか…「最強」とうたわれた俺が、この程度で怯えるなんてな…
バカバカしい。俺は木に背を預けてへたり込む。
生きて帰ればいい。なのに、俺はなんで戦うのだ?
…弱い俺も、強い俺も…同じじゃないか。あいつに要らない、と言われ続けた俺なんかに。
「…俺なんかに生きる意味なんて、0に等しい。だろ?」
俺は後ろに立っているだろう人物に話しかける。
「…天ノ川、深雪…」
横を見る。そこには元後輩、天ノ川深雪が、感情を読み取れない表情で、俺に拳銃を向けていた。


「…貴方、変わりましたね。弱気になるなんて、どうかしたんですか」
深雪が感情が籠っていない声でそう言う。俺はフッと笑う。
「…なにがおかしいんですかね?」
今度は少し怪訝そうな声だった。俺は地面に手をついて立ち上がる。拳銃を取り出し、深雪に向ける。
「後輩に銃を向けられるなんてな…情けなくなったもんだぜ。」
「私は今Numberの一員ではない。後輩ではなく、敵です」
…こいつは昔から冷静だったなあ…懐かしい。感情が読み取れないことはないが、やはり漠然としたものしか読み取れない。
「怒ってんのか、てめえ」
静かに告げる。
「…元先輩が情けなくなったら、怒りますよ」
深雪も静かに返す。深雪は少しずつ俺と距離を取っていく。俺も木から離れ立ち上がり、距離を取る。
夕日が木の葉の間から差し込んでくる。少し暖かい光が心地いい。
この黄昏に、開戦をうながすように
一本の小さな、冷たい風が、俺の周りでそよそよとながれていた。


三十一話 紀伊山地越え③ 捨てられない誇り

発砲音。それは戦いの始まりを示す。
「…来いよ、深雪」
「かかってきなさい、先輩さん?」
俺たちは先程開いた距離をじりじりと詰めていく。ポケットからナイフを取り出す。
ナイフを逆手もちで構える。逆手もちの方がダメージを与えやすい。…深雪にはもう一度こちら側に戻ってもらいたい。強いんでね。
いつのまにか心に残留していた負の感情、もとい恐怖は無くなっていた。いつものテンション…否。
最高にハイだ!
さあ始めようか。この風そよぐ黄昏時に。
「…死なない程度に傷ついてもらうぞ。」
「…戻る気はありませんが?」
深雪は顔をしかめる。そんなに帰ってきたくないのか…残念だ。ため息をつく。
「なら死ぬか?」
俺は地を蹴る。
「…何にせよ、お断りですねッ!」
「…生意気な後輩だこと!」
「ほめ言葉と受け取りましょう!」
深雪は発砲する。読みやすい斜線。俺は伏せる。案の定弾は外れる。俺は深雪の間合いに入る。体を反らしナイフを振り上げるも、俺の姿勢が低かったため、ギリギリのところでよけられた。
「チッ…」
舌打ちをする。
「昔は舌打ちなんてしなかったのに、どうしたんですか」
深雪が不思議そうに俺に問う。
「俺と昔の『僕』は違うんだよ」
俺はもう一度、今度はなるべく高い姿勢で地を蹴る。深雪はもう一度発砲した。しかし
「なっ?!」
いつもは冷静な深雪が驚く。斜線がブレブレだ。当たるはずがない。俺は直進する。俺に銃弾を当てようなんて
「5年は早いぜ☆」
拳銃の銃身で深雪の鳩尾を抉る。深雪はうずくまり、すぐ後退した。
「…やはり、私には勝てないの…?この人には勝てないの?」
「無敗の誇りは捨てられないんでね」
この静かな会話。懐かしい。正しく油断する。
「戦場の油断は死を招きますよ?」
深雪が地を蹴って俺に拳を突き付けてくる。だがしかし、俺がこの程度で負けるはず無し。油断しても勝つのが俺。いや、僕。銃身で受けとめる。右手に衝撃。ついでにナイフを持つ左手にも衝撃。…なるほどね
銃身でガードする際に、銃身が左手にもあたっていたらしい。幸い、逆手もちにしていたおかげでナイフを落とさずに済んだが、打撲した。俺は右手を前に突き出す。銃身に拳を突き付けていた深雪が反動で吹っ飛ぶ。
俺は拳銃をポケットにしまう。ナイフを逆手もちのまま右手に持ちかえる。
「…少々なめていました。本気で行かせていただきます!」
深雪が叫び、足の付け根にある鞘から短剣を取り出す。
「…来いッ!」
ナイフと拳を構えて叫び返す。




「…諏訪遠征部隊、状況は?」
「まだDreamer残党はきておりません。近々攻めてくるかと。」
「了解。頼んだよ」
通話を切る。…諏訪遠征部隊が諏訪に到着して早二日。和歌山に居るDreamerの残党どもが諏訪遠征すると聞いてからけっこう経った。…奴らは今何をしている?…まさかだが、
…いや。確信していいだろう。
「Number.2は…生きているっ!」
そして、和歌山県からDreamerの残党が諏訪に向かっているということは、彼は諏訪に向かっている、ということになる…彼が失踪してから早一週間。和歌山から諏訪に向かうとなると、紀伊山地を越えて旧伊勢街道を経由して旧中山道を通り、木曽山脈に入って諏訪に向かうルートが一番だろう。今は、Dreamerが疾風君に足止めされていると考えるのが妥当か。最悪舞に行ってもらうか…
「行ってもいいんだぞ?」
だからいい加減思考を読まないでもらいたい。
「無理なもんは無理だ」
「お前本当に妖怪サトリ(BBA)だろ」
「…まだ齢(よわい)32だが?」
思ったけど、僕たち幼馴染だから人のことBBAとか馬鹿にできないやん。あたり前の辛い現実の真実を知った僕は悲しみに明け暮れる。
「バカめ」
舞が鼻を鳴らす。はい、その通りでございます…
さて本題に戻ろう。僕は机の上で腕を組む。
「…いってもらおうかな。舞には」
「元よりそのつもりだ。」
舞はない胸をたたく。おお頼もしい。流石最強のNumberだ。
「…報酬は手厚くするよ」
「お前にお小遣いをもらう義理はない。」
「…いくら一緒に住んでるからって、お小遣い発言は流石にひどくない?」
「あーあー聞こえねえ―」
舞は鳴らない口笛を吹く。…ったく
僕はため息をつく。形勢不利と判断した。
「めんどくさいからさっさと行ってきてくれないか?」
「はいはい」
呆れた僕は手をぶらぶら振って出動命令をかける。舞はそれに対して、おどけた表情で敬礼して部屋を出た。
…持病さえなければ、僕も行ったんだけどね…
潰瘍性大腸炎。僕はこれにかかっている。おかげで最強最強ほざかれても戦うことは出来ない。…舞、僕の意思も乗せて、無事に疾風を諏訪に送り届けてあげておくれ…
僕は手を組んで、神に舞と疾風、そして諏訪遠征部隊の無事を祈った。




「…随分成長したな。」
「…おかげさまで。」
深雪の短剣をナイフで受けとめながら話をする。…本当に成長してくれたな。このガキ、強くなったなあ。とても14歳とは思えん。こいつ、誰に教わったんだ?…あいつらか。奴しかないのでは…
「おっと」
深雪が短剣を押し込んできたため深雪の腕をあいている左手でガチッと握って投げ技をくらわせる。俺の投げ技をまともにくらった深雪は木に背中を打ち付ける。
「…容赦ないですね」
深雪は立ち上がって背をさする。よほど痛かったんだろう。そんなに強く打ち付けたか…
「俺も体力切れが近いんでね。」
そう。俺はそろそろ限界だ。全力で戦えるのはせいぜい後5分といったところだ。その証拠に、俺は今肩で息をしている。俺が思うに、深雪は今の俺の全力で相手にしなければ負ける可能性が高い。深雪はそれほど強くなっている。
「…やっぱり、お前はこっちに戻れ。」
俺は深雪を勧誘する
「お断りします。」
あっさり撃沈。どんだけ戻りたくないんだよ。捕虜という形に抑えるか…考え事をしていたら復活したのだろう深雪が地を蹴る。強情な奴め…俺のナイフがガキン、という音をたてて深雪のナイフを受けとめる。そこで俺は一つ気づいたことがある。
こいつも限界が近いのだろう。息が荒い上に顔に余裕はなくなり、だんだん険しくなっていく。…これ、なんというかただの持久戦なのでは?…しんだ。確信する。早めにカタを付けなければ…俺は一撃必殺が得意なので、持久戦は専門外。どうしたことか、持久戦は俺の姉が得意である。さらに、持久力ではいまのところ深雪に負けている。俺はナイフで深雪を押し返す。深雪は足がふらふらしている。…今だ!俺は地を蹴って深雪を組み伏せる。腕を掴んで足を足で抑える。…もう何というか、はたからみたら俺が深雪を襲っているとしか見えない。
「…ふふふ」
深雪はくぐもった笑い声を出す。俺は首をかしげる。…まさか、敵が他に敵がいるのか…
「私は援軍を呼んだんですが…遅いですね。」
カサ、カサと落ち葉を踏む音。…ざっと15人…というところか。…命の危機。
「…私だと、貴方には勝てませんでした…卑怯な後輩を許してください。」
深雪は心底悲しそうな顔をする。…そうか。こいつも俺も人間なんだな…
「…許してやれねえ俺のことを許してくんねえかな」
深雪にギリギリ届く声で言う。
「…はい」
俺は深雪を解放する。しかし、体力の限界によって立ち上がった瞬間地に座り込む。深雪も立ち上がらなかった。カチッとセーフティを外す音。目の前にいる深雪の援軍であるだろう黒服どもは俺に拳銃を向ける。俺は地を蹴ろうと試みるも、体が悲鳴をあげてそれを阻止する。恐怖が俺を襲う。死に対する恐怖。完全敗北した屈辱。
「…すみません先輩…さようなら」
深雪がなにかを呟く。前半聞こえなかったが、さようならは聞こえた。…なるほど。俺、死ぬのか。腹をくくる。目を閉じる。走馬燈は…廻らなかった。
ああ。さようなら、姉貴、幼馴染君、…そして、彼女君…
銃声が辺りに響く。痛みは感じなかった。…安らかに死ねる。いや、死ねた。
未練はあるが、負けたから、しょうがn
「Number.81、ここに降臨せり!」
辺り一帯に、女性のような高い、でも強い声が響いた
    
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