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第二幕 袖振り合ったら、引ったくれ

26.シーン2-14(不穏な伝承)

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 ミリエの鋭い目つきにばつが悪くなった私は、仕方なしに適当に周囲へ目をやった。冷たい石造りの壁に、ところどころにはなんと蒼木の柱が並ぶ。蒼木の柱だけは、どうやら補修を繰り返しているのか比較的新しいものであるようだ。蒼木の材質から考えても、天井の重さを支えるために立っているとは思えない。

「キュリアさん」

 私はなおも辺りをくるくると見回しながら、キュリアさんへ声をかけた。
 広さをまるで活かすことない迷路のような回廊と分厚い壁、光もろくに届かない薄暗い屋内。これだけ並べたててみれば、かなりきな臭い聖堂だ。
 彼女ははいと短く返事をして、こちらを向いた。

「ここ、なんかヤバイもん封じてません?」
「ヤバイもん、といいますと?」

 キュリアさんはあくまで白々しく問い返して、私の見解を待った。

「うーんその、何て言うか、建物の作りといい、全体的な印象といい……」

 関係者に面と向かって、聖なるお堂を良からぬ名詞で形容する度胸はない。

「檻、みたいですか?」
「あっ、い、いえ、そういう意味では」

 あっさりと答えられて、私はかなり気まずくなった。張り巡らされた魔術のせいだけではない。牢獄、檻。何かを閉じ込めておくための施設。言いえて妙だ。

 彼女はしばし沈黙したが、ふいに短く「ご名答です」と呟いた。
 見れば、どうやら私だけではなく、魔術に精通していると思しきオルカも、似たことを感じている顔だった。カインの方はというと、相変わらず目付きの悪い無機質な表情のままである。

 キュリアさんは私に、このまま来て具合は大丈夫かと確認したあと、こちらへどうぞ、と言って少し奥の空間へ案内してくれた。私がここまでへばっていなければ、もともと色々案内するつもりでいたそうだ。
 通された空間には、壁一面に何かの絵が描かれていた。驚いた。壁画だ。

「凄いですね」

 私は感嘆混じりに呟いた。小さな窓から心もとなく差し込む日の光を補う松明の炎に、風化した壁が照らし出されている。遥かな時の流れを感じさせる、大きな壁画は圧巻だった。
 仕方のないことではあるが、この保存状態ならばあまり後世遠くまでは維持されないかもしれない。なんとも惜しいもので、こうして消えゆく歴史というのは、ごまんと存在するのだろう。

「これは……すごいな」

 オルカも私と同じく感心と驚愕の入り混じった声で、ぼそりと呟く。

「もともと、この地には遥か昔から町か何かがあったようです。やはり恐らくは、マナの流れの条件が良かったからでしょう」

 キュリアさんの説明を聞きながら辺りを眺めていると、険しい目付きで壁画を睨むカインが視界に映った。普段から悪い目付きが、機嫌でも悪いのか何やらことさら悪くなったように感じられる。数ミリ程度、気づくか気づかないかというほんの僅かな変化なのだが、基本的に彼は表情が変わらないためその違いが微妙に目立つ。遥かな歴史のロマンがどういう訳か彼には気にくわないらしい。

「この建物は、その名残です。古代より残っていたものをそのまま利用しています。恐らくは、当時も今とほぼ同じ役割を担っていたと思われます」

 なるほど、ここは古代の聖堂かはたまた牢獄を、そっくりそのまま再利用した施設なのだ。
 古代。なぜかそう言われてもしっくり来ない。 石造りで年季は入っているのだが、建物の様式は古めかしい作りではない。この世界の歩んできた歴史など知らぬも同然な私がとやかく言えたことではないが、今と比べてこの建物が古代と呼ばれるほど昔の文明が建てたものとは思えなかった。

 まさか、いわゆるオーバーテクノロジーやオーパーツなんてものが存在しているわけではあるまい。ちなみに、そういった技術を保持する謎の文明は、なぜか知らぬ間に滅び姿を消してしまう傾向にある。

「古代の文明には今では再現不可能の技術があったようです」 

 まさかのビンゴである。

「古代の人たちは我々よりもずっと精巧なマナの流れを読む技術をもっていたようです。ですが、その文明は時とともに荒廃し、いつしか滅んでしまいました」

 またもやビンゴである。そんな文明があったというのは初耳だ。 

「これは何を表した絵なんですか?」

 私は壁のほぼ中央にある、とりわけ大きな絵を見上げた。 端から端、上から下までそれぞれ数メートルはあろうかという大作だ。

 壁画は主に二種類の領域に分かれている。というよりも、全面に施された絵の中央上部に、何か別の異質な絵がどかりと割り込んでいるといった具合だ。
 割り込んでいる方には、でかでかと黒くてモヤモヤしていて何だかおぞましいものが描かれている。黒い影は、どこか人型に見てとれた。
 そして、割り込まれた方の絵には、人間やその他の生き物たちがちまちまと描かれている。黒い人型のモヤモヤに近づくほど、人やその他生物の覇気が無くなっていくようだ。

 そこはかとない既視感を覚えさせられる図だった。特に黒いモヤモヤなんかは、非常に私の後ろに控えている人物が放つ魔力のイメージと似ているものがある。モヤモヤというか、モンモンというか、クラクラボーイである。何せ、周囲の人や生き物が元気を失いクラクラしている図なのである。まさかである。

「この絵の中央に位置する黒い影、これは『不浄なる歪み』だと思われます」 

 つまりこの古い壁画は、伝承神話の類を表現した物ということだろう。 
 私はそっとカインの方を盗み見た。相変わらず、彼は冷たく刺すような目付きで壁画を睨み続けている。その姿にどこか痛ましさを感じるのは、私の理不尽な思い込みなのかもしれない。私は心のどこか片隅で、彼の魔力とこの場に満ちる不穏な気配を重ね、そこに勝手な己の不幸を投じて呪っているだけなのだ。

「ここは、遥か昔に、この不浄なる歪みを封じていた場所です」
「えっ」

 なんとこのモヤモヤは実在した。

「まさか今もですか」

 私の問いに、キュリアさんは困った顔でいいえと首を横に振った。

「今ここに封じているのは、過去存在した不浄なる歪みが残した、その歪みの残骸だと考えられています」
「残骸でこれだけ大がかりに封じなければならないんですか」
「それだけ、甚大な被害をもたらす力があるのです」
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