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第二幕 袖振り合ったら、引ったくれ

20.シーン2-8(真っ黒な暴露)

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 オルカが小さく、それはそんなに落としたらまずいものなのかと聞いてきた。私が小声で教えた答えを聞いたオルカの血の気がさっと引く。今すぐ新車を買えと言われて買える人はほとんどいない。金細工なんて、庶民にはまず無縁の代物だ。
 そして私は最後に一言、悲壮感を漂わせながら静かに添えた。

「この人が放った魔術のせいで、です」

 カインの方を露骨に示す。私はカインに罪をなすりつけた。
 今回ばかりはさすがの彼も動揺した。彼ははっと息をのんで、がばりと大きくこちらを向いた。
 馬鹿め! もう遅い!

「ほう、それは事実なのですか」

 キュリアさんは目を細めてカインを見た。彼女がカインの異様さを、どの範囲まで把握しているかは定かではない。が、どの道この異常な魔力が知られることなどなくても、彼は見た目だけで十分怪しい。
 しかも彼は、この期に及んでまだなお無言を貫いている。こんな状況に陥っても喋りたくないシャイボーイか、もしくは突然のことに驚きすぎて声が出ないのどちらかである。どっちもどっちだと言えよう。どうなっても知らないからな。
 何も言わないカインに対し、キュリアさんは少しばかり眉をひそめた。

「返答がありませんね。どうなのでしょうか」
「はい、あまりの不測の事態に言葉を失い、自責の念にかられて心を閉ざしてしまったようです」

 カインが何も言わないので私が言いたい放題である。
 ミリエがうーんと唸りながら、「本当にアンタ船の外に吹き飛ばされたわけ?」と嘘臭そうに聞いてきた。これには、なんとオルカが進んで証言をくれた。

「ああ、小さい女の子が吹き飛ばされちゃったんだよ。それをアリエが助けたんだけど、代わりに」

 いきなり口を挟んだことに気が引けたのか彼は一瞬押し黙ったが、周りの雰囲気から発言権があるのだと悟り、言葉を続けた。

「むしろおれは、あの状況下でよくあの子を助けられたと感心したくらいだけど、っと……思いますけど」

 キュリアさんがいるということを思い出したように、彼はあわてて丁寧に言い直した。ありがたいことに、ずいぶんと気前良く私のフォローをしてくれるではないか。
 この件に関しては、自分で言うと恩着せがましい感じが際立つばかりで、しかも私の軽はずみな行動のせいだと言われてしまうと困るのでだまっていたが、実際には人道的な行動に則っており正当性のあるものだと思われる。第三者の発言のおかげか、なかなか私に妥当性がある方向に傾いた気がしないでもない。
 ここから先は交渉である。

「確かに彼のはなった魔術は非常に無用心なものでしたが、しかしそのお陰で船の転覆を免れたのもまた事実」

 あまりけなしすぎると一応船の救世主でもあるモンモンボーイが可哀想になってくるので、すこしだけ擁護の言葉を挟んでおく。この先は遠慮などしないと言っておこう。金の悩みは切実である。

「今回は様々な不測の事態が重なったため起こってしまった不慮の事故と言えます!」

 私は熱くこぶしを握りしめた。なるようになれ!

「しかし、こちらとしても困ります。何とかして差し上げたいのは山々ですが、やはり物が物なだけに」

 なんと、キュリアさんは了見の余地があることをほのめかす言葉をくれた。
 彼女はミリエのみならずその姉である私に対しても、とても丁寧に接してくれる。なんと言っても、私たち姉妹は愛称とはいえ様付けである。

 若くして伴侶を亡くしてしまった、いわゆる未亡人である彼女には子供もおらず、それでもそんな孤独に泣く素振りなどまるで見せることなく日々を気丈に過ごしているという。そして面倒をみることになったミリエには、いつも良くしてくれている。本当に強かな人なのだ。
 しかしそれ故に、折れない部分は頑として折れないこともある。というより、時々ちょっと腹黒い。油断大敵である。

「はい、重々承知しております。替えの利かないような大事なものをこちらの不手際でなくしてしまったのも事実です」

 元より、弁償させられる覚悟で来ていたのだ。私は反省の意思を示し、そして続けた。

「彼も、負債が生じた場合は出来る限り協力すると申し出てくれています」

 嘘八百である。
 横からカインが「言っていない」と小さく呟いた。それ、私じゃなくてみんなに向けて主張したらどうなんだ。
 そしてオルカは多分嘘だと分かっていながら、一切口出しをして来ない。先程のフォローのことも含めて、彼は新車が飛び火するのが恐ろしいのだろう。そうとも、彼が口を挟んできたならば、恩を仇で返そうが私は容赦なく彼の肩も叩かせてもらうつもりでいたのだ。なかなかに悟く賢い子である。

「妹なら分かると思いますが、船の一件からわかる通り、彼の魔力はなかなか人並み以上なようです。必要とされる場もあるのではないでしょうか」

 人並み以上というか、もんもんし過ぎて異常である。必要とされる以前に危ないし怪しいので、こんなことでもない限り、まず関わり合いにはならないだろう。

「もちろん、私自身もこのままで済まされるとは思っておりませんが」

 私はまっすぐキュリアさんを見つめて言った。

「何とかなりませんか」

 チャラにしたいとまでは言わない。しかし私の負担がいくらかでも減るのならばもう、万々歳である。

「貸しにしてほしい、ということでしょうか」

 そうなります。
 キュリアさんは顔色を変えることなくさらりと直にまとめてくれた。彼女はしばらく難しい顔で悩んだあと、はあと短くため息をついた。

「……分かりました。少し考えさせていただきます。処置は追ってお知らせします」

 ため息のあともなお一拍ためてから、キュリアさんは頭を抱えたそうな顔でそう告げた。
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