鎌倉讃歌

星空

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桜貝のピアス

〈2〉

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 そしてパーティーの当日。
朝から暑くて、夏空が広がっていた。
結人の服装を見て、私は首を傾げた。

「…ねえ。いくらなんでもカジュアル過ぎじゃない?」
「皆でわいわいするから、動きやすい服の方がいいんだって」

 そうは言ってもジーンズだよ?

「あ、なっちゃんは着替えてもらうから。それは用意してあるからね」
「そう…」
「主役はなっちゃんだから。俺はいいの」

 結人はそう言って笑った。

 まあ 「本番」ではないしね…

「それより持ってきた? 指輪」
「うん」

 私は右手を差し出した。
薬指にはプラチナのリングが嵌まっている。
母のものだ。

「お父さんが大切にしまってたみたい」

 私は自分の指先を見つめながら、写真でしか見たことのない母親に想いを馳せた。腕に抱かれた温もりさえ覚えていない。だけど、いっそのこと何もない方が、寂しさも少なくて済む気がする。
二次元の母が動き出し、笑って喋る。もし私にその記憶があったら、悲しみももっと深いものだっただろう。

「お母さんの分も、俺らの未来に繋いでいこう」
「うん…」
「じゃあ、はい。コレ着替え」

 衝立を置いただけの簡易的なスペースで、私は渡されたその服に袖を通した。胸元にレースがあしらってある、真っ白なリネンのサマーワンピースだった。

 ちょっと デザインが古めかしいよね

 不思議に思ったのは、新品ではなかったこと。
だけど、大切に保管されていたのか虫にも食われていないし、肌当たりも優しかった。後ろでひとつに纏めていた髪をほどいて、鏡の中の自分と向かい合った。

 これ…
 お母さんのだ

 母の写真の一枚に、確かこの服を着て微笑んでいるものがあった。その視線の先にいたのは父だろうか。愛おしそうに見つめる瞳は、彼女を知らない私にさえ、幸せな日々を思わせるのに十分なほどだった。

 何か 白いワンピースなんて
 ホントの結婚式みたい

「結人…」

 衝立の陰から声をかけると、振り向いた彼が私を見て頬を緩めた。

「似合うよ。取り寄せてもらってよかった」
「何で? こんなのどうやって…」
「あとで種明かししてあげる。まだまだ序の口だぞ」

 どうやらこれはサプライズの一環らしい。

「泣くのは早いんじゃない?」

 私の顔を覗き込んで、結人が笑う。
私は口をへの字にして涙が滲むのをこらえながら、結人をぎゅっと抱きしめた。

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