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桜貝のピアス
〈1〉
しおりを挟む結人と恋人同士になって1年が過ぎた夏、私たちは結婚を決めた。
「なっちゃん。再来週の日曜日空いてる?」
結人が尋ねてきた。
私は頭の中で手帳の予定を思い出した。
「うん。何もないと思う」
「vagueでパーティーしてくれるって言うからさ。じゃあ、その日にしよう」
vagueは結人がバイトをしている、海辺のカフェだ。結婚式は少し先の日取りだったから、今回は前祝いというか、婚約披露の意味合いらしい。
「嬉しいけど恥ずかしいな」
「俺もだよ」
先日はお互いの家族を交えて食事会を開いた。
稲村ヶ崎に住む結人には、鎌倉市内に両親とお兄さんがいて、みんな優しくて穏やかな人たちだった。
対する私は父と二人暮らしだ。祖父母は今は九州に住んでいることもあり、都合がつかなくて来られないと残念がっていた。
『夏ちゃん、おめでとう。お式には必ず行くからね』
電話の向こうの祖母は、涙声でそう言ってくれた。
私が生まれてすぐに妻を亡くし、少し肩身の狭い父親に結人の家族はみんな温かくて、それを目の当たりにした私は、結人が底なしに優しい訳がやっとわかった。次男坊の奔放さに加えて、これだけ家族に愛情を注がれてのことだったのだと、彼が羨ましくなった。
そして、結人の本職がフリーのWebデザイナーであることを、その席で初めて知った。
結人はサーフィン中に負ったケガのせいで、片足を引きずっている。痛みはないらしいが、普通に通勤するのには少し不利だなと思ったことはある。でも、カフェのバイトと言っても、今は店長に近い立場だし、私も仕事を持っているのでさほど気には留めてなかった。
『知らなかった。いつの間に就職してたの』
『だって、ただのバイトには嫁に出せないだろ。ま、フリーなのは変わんないけど』
さらっとそんなことを口にする結人は、どこか得意気だった。
屈託のないその笑顔に、私は今まで何度も救われたものだった。
お互いに恋人を亡くした私たち。
傷を舐め合うような日々のあと、恋を始め、結ばれた。
『君に一目惚れでした』
ひどく曖昧な距離のまま、ふたりで過ごしたいくつかの季節の後で、彼はそう言った。
「サプライズをね、仕掛けたんだ」
「ホント? 嬉しい」
「何が起きても平気? フラッシュモブとかも?」
「うん。そしたらあたしも踊るよ」
実際は恥ずかしいと思うけど、自分たちのために何かしてくれるならその気持ちは嬉しいし、一緒に楽しみたい。
「ノリのいい子で助かるよ」
結人は楽しそうに笑って私にキスをした。
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