鎌倉讃歌

星空

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夜空

〈5〉

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 約束の日、久しぶりの浴衣に袖を通し、髪を結い上げて私は電車に乗った。後れ毛が項にかかり、じわっと滲む汗で少し張り付いている。まだ夕方には早い時間帯で、そんな格好は自分だけだからか、皆にじろじろ見られてる気がする。

 意識しすぎ…

 浴衣は圭介にもあまり見せたことがない。
どこか緊張しているのはそのせいだ。

待ち合わせの店でカフェオレを飲みながら、私は先日友達と交わした会話を思い出していた。

『夏月はさ、圭介しか知らないからね。あいつは確かにいい奴だったけど、男なんてホントに星の数ほどいるんだよ』
『…知ってるよ。それくらい』
『自分の魅力に気づいてる? 夏月。確かにその結人って人はいい人かもしれないけど、私が男だったら、絶対手出してるよ。自分がどう見られてるか、自覚あるの?』

 言われなくても自分でも感じていたことだ。だけど、彼は私の気持ちを優先させてくれる。

『あんまり気を持たせたら、可哀想じゃん?』
『そんなつもり…』

 反論は途中で言葉に詰まった。

 …そんなつもりなんだろうか

 結人の優しさに甘えて、私は嫌な女になってるんだろうか。元カノの妹が口を挟みたくなるほどに。
私の中にはまだ圭介がいて、それを結人は追い出したりしないのに。彼がそう決めたのに。

 でも、本当はわかってる。

 結人が必要以上に あたしに優しいのも
 自分を振り向いて欲しいと 思ってるのも

 そして
 あたしの気持ちが 結人に傾き始めてることも

 それなのに、まだ踏み出せないでいる。
だからやっぱり、私は嫌な女だ。

「…なっちゃん?」

 呼ばれて振り向くと、結人が立っていた。

「早かったね」
「うん。涼んでた」

 カウンターの隣の席に、さりげなく結人は座った。

「凄い似合ってる。綺麗だよ」
「ありがとう。何か久しぶりで、恥ずかしいよ」

 そんなに素直に喜ばれると、こっちもくすぐったい気分になる。

「場所取らなくて平気? ご飯は屋台の焼きそばとかでも全然いいんだけど」
「席は取ってある」

 結人は得意そうに微笑んだ。

「嘘。予約してくれたの?」
「まあね。でも、こんな気合い入れてくれたら足りないくらいだよ」

 結人がそこまでしてくれると思わなかったので、何だか気後れしてしまう。でも、彼の笑顔を見ていると、私まで嬉しくなってしまった。

「ありがとう」
「船から観るのも考えたんだけどね」

 乗り合い船で、沖合から水中花火を観るのも人気がある。

「船酔いしてもつまんないしさ」
「酔い止め飲めば平気だよ。そんなに長い時間じゃないし」
「そっか。じゃあ、来年はそうしようか」

 笑顔の結人に、私は曖昧に微笑んだ。

 来年…
 1年後も あたしは隣にいてもいいのかな

 結人の優しさに、時々切なくなる。自分の弱さを思い知らされるから。彼が自分の飲み物を注文して、今夜の予定を話し始めるのを、私は気もそぞろで聞いていた。


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