鎌倉讃歌

星空

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夜空

〈3〉

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 七里ヶ浜の海岸に近い、こぢんまりとしたカフェだった。軒先のウィンドチャイムが、潮風に涼やかな音色を奏でている。夜の営業時間にはお酒も出すらしい。

「お洒落だね」

 私が店内を見回しながら言うと、大きな声が聞こえてきた。

「あっ。結人!」

 短髪でピアスの男の子が大股で近づいてくる。

「週末にサボりやがって」
「ごめん。今度シフト代わるから」
「何しに来たんだよ。結人の席なんてねーよ」
「そう言うな。お客さんだぞ」

 彼はそこでやっと私に気がついた。

「噂のなっちゃん」
「…ホントにいたんだ」
「失礼な。いくら俺の片想いだからって、そこまで飢えてないぞ」

 片想い…

 結人の軽口は今に始まったことじゃない。それでも、胸の奥がずきんとした。

「何飲む?」
「…あ、カフェオレ。アイスでお願いします」
「かしこまり~」

 短髪の彼は、何となくご機嫌な様子でカウンターへ戻っていった。

「腹減っただろ。俺のおすすめでいい?」
「うん。任せる」

 勝手知ったる結人が、景色のいい窓際の席に案内してくれた。波音が届きそうなほど海が近くに見える。眩しさに目を細めて、結人も向かい側に座った。
メニューを決める彼に相づちを打ちながら、頭の片隅ではひとつのことを考えていた。

 結人はバイト仲間と 私の話をするんだ

『噂のなっちゃん』

 何を話すの?

 片想いの相手で
 死んだ恋人を忘れられなくて

 …あたしは 
 都合よく 結人を利用してるだけで
 誰だってそう思うよね

 料理が少しずつ運ばれてくる。
いい匂いがしてきて、自分が空腹だったことを思い出した。私は気を取り直して、食事を楽しむことにした。
プロシュートとルッコラのピザはちょうどいい塩気で、夜なら生ビールを追加したくなるくらい。ウニのクリームは生臭さが全然なくて、フェットチーネにこってりと濃厚に絡みついていた。

「凄くおいしい」
「そう? よかった」

 結人がくしゃっと笑った。
サラダボウルにいっぱいの野菜からは、ドレッシングのアンチョビの香りがしてくる。

「これは女の子に人気なんだ。どう?」
「ん。イケる」

 本当にどれも美味しくて、私は勧められるままに食べていった。

 ふと気がつくと、結人が片手で頬杖をついて私を見ている。

「何かついてる?」
「いや。いつにも増して、旨そうに食うなって」

 夢中でがっつきすぎたかと思って、恥ずかしくなった。

「ごめん。あたしばっかり食べてるね」
「全然。なっちゃんが旨そうにメシ食うの、俺すっげえ好き」

 結人が無邪気に言って、私の頬はますます赤くなる。

「犬や猫みたいに言わないでよ」
「ははっ。デザートもいくか」

 レアチーズのケーキはレモンがほのかに香って、夏にぴったりの爽やかさだった。コーヒーを飲み干して、私たちは席を立った。

「夏ちゃん、また来てね」

 短髪ピアスくんが、笑顔で手を振った。

「ありがとう」

 私も精一杯、笑顔をつくって店を出た。
エアコンが効いた店内から、一番暑い時間帯の陽射しの下に晒される。肩の力が抜けてため息が出た。

「緊張した?」
「…うん」
「いつも紹介しろってうるさいから、見せびらかしちゃった」

 結人は子どもみたいに笑った。

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