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青空
〈4〉
しおりを挟む車体を傾けるたびに、心細くて何かにしがみつきたくなる。
圭介は野生の勘を持っていて、渋滞をかぎ分けて上手く回避していた。あの頃は圭介の背中に体を預けていれば、何の心配もなかった。
圭介の腰に腕を回してしっかり掴まると、彼の体温が伝わってくる。
『寝るなよ。落ちたら死ぬから』
半分冗談で笑いながら言われた。
キスだって数えきれないくらいしたし、何度も肌を合わせたのに、寝るどころか私の心臓はいつだってドキドキして、熱くなった頬を風に冷やさなきゃならなかった。
鎌倉街道と交わった少し先で、そのまま467号線に入る。もちろん、鎌倉街道に乗れば市内に行けるのだが、藤沢の方から回ろうかと思っていた。
134号線に出ると、目の前にぽっかりと江ノ島が見えた。
着いた…
ともかく無事に着いたことに緊張が解けて、バイクを路肩に停めるとメットを脱いだ。久しぶりの潮風の匂いに、懐かしさでいっぱいになる。
早朝の砂浜には、もうちらほらサーファーの影が見られる。夏なら気持ち良さそうだけど、冬はやりたくないなと思ってしまう。それでも、無邪気な彼らの笑顔には、いつも元気をもらっていた気がする。
片瀬江ノ島駅の辺りは、鎌倉と少し雰囲気が違って見える。
『南国っぽいな』
『日本じゃないみたい』
建物の色づかいだったり、曲面がせりだしたような造りだったり、街路樹も何だか椰子みたいに背が高い。
それもそのはずで、東洋のマイアミビーチと言われるくらい海岸線の形が似ているらしく、藤沢市とは都市提携を結んでいるほどだ。
江ノ島へ続く弁天橋からは右手に富士山が見える。
連日の猛暑で少し霞んでいるが、綺麗な裾広がりのシルエットが水平線に浮かんでいた。
そのまま八坂神社へ続く参道を進むと、道の両側にお店が連なっている。ご当地グルメの、しらすを使ったバーガーもおいしかった。小さなガラス細工のお店も覗いたし、使いもしないのに限定の御朱印帳も買ったりした。カバーに江ノ電と猫があしらってあるのが、気に入ってしまったのだ。
『日記でも書けば』
圭介はそう言って笑った。
鎌倉高校前駅の踏切はいつも凄い人だかりだ。聖地になっているせいもある。
でも、わかる。
この景色はやっぱり写真に収めたくなる。
海にいちばん近い踏切。ここからも江ノ島が見える。
圭介はいつも私に付き合ってくれた。
水族館、海が見えるイタリアンレストラン、狭くて急な坂を抜けた切通し。桜貝アクセサリーのお店を見に行ったこともある。買ってくれたハート型の小さなピアスは、今でも私のお気に入りだ。
文句を言ってきたのは、長谷寺の紫陽花を見たいと言った時ぐらいだった。
『紫陽花なんて、うちの周りにも咲いてんじゃんよ』
彼の言うことも、もっともだった。
でも、結局は折れてくれて、3000株を越える紫陽花が咲き誇る小路を二人で歩いたことがある。雨に濡れても風情があるけど、梅雨の晴れ間の陽射しに照らされた花も、生い茂った葉もとても色鮮やかだった。
笑顔の私につられて、圭介も苦笑いしてたっけ。
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