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青空
〈3〉
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富津岬や瀬波温泉も行ったけど、遠出で思い浮かぶのは、圭介が何度も連れていってくれた鎌倉だった。
『鎌倉ってのは、車か電車で行く場所だろ』
蒼介さんは呆れ顔で私たちに言った。
道幅も狭く、駐車場も少ない。
海沿いの134号線はいつも混んでいたが、ここを走るのはライダーの憧れでもあった。リアシートで彼と一緒に感じた潮風の匂いは、まだ鮮やかに覚えている。
私の母は、私を生んですぐに亡くなった。
父はトラックの長距離ドライバーで家を空けることが多く、私は小さい頃は鎌倉の祖父母の家に預けられていた。特に祖母には、母親代わりに面倒を見てもらった。
二人が祖父の転勤で引っ越してしまってから、私は父と暮らすことになった。鎌倉は居心地がよくて、父も仕事が終わるとまっすぐ帰って来ていた場所だったけど、父は母と暮らした家を手放せなかったし、私もそうしたかったから。
遠く離れて過ごしていても、昔からずっと鎌倉には、私の好きなものがたくさん詰まっていた。
圭介はそれをちゃんと覚えててくれたんだ。
圭介がいなくなってから三度目の夏を前に、私は心を決めた。
教習所に通い、中型二輪の免許を取った。
鎌倉へ行こう。
そしていいかげん、彼のことを吹っ切ろう。
想い出に触れたら、少しは気が晴れるかもしれない。
忘れなくてもいい 前に進むために
それが私の夏休みの目標になった。
出かける日の前の晩に、蒼介さんが箱を小脇に抱えてやって来た。
「夏ちゃん、明日コレ使って」
真新しいヘルメットだった。
「メットなら持ってるのに」
「女の子だろ。フルフェイスにしときな」
「…うん。ありがとう、蒼ちゃん」
「気をつけろよ。何かあったら電話してな」
「わかった!」
翌日、いつもは寝坊してばかりの私も、朝の4時に起きて身支度を始めた。空はすでに白んでいて、今日も暑くなりそうだ。
近所迷惑にならないように、家から少し先の拓けた路肩までバイクを押していくと、セルスターターをONに入れてアクセルを開いた。
エンジンがかかり、軽快なリズムを刻み始める。
教習所時代とは違う、高揚感と解放感。
メットを被り、ハンドルに手をかけてシートに跨がった。スタンドを蹴り上げ、涼しい風を切って、私は鎌倉を目指して走り出した。
『交通量が心配だけど、246を辿るのが一番迷わないかもな』
蒼介さんが教えてくれた。
是政橋を渡り、JR南武線に沿うように登戸、矢野口と府中街道をしばらく進む。溝口で246号線に入ると、さすがに交通量が増えてくる。
それでも早朝のせいか煽られることもなく、カーブや坂道を越えて、私は真っ青な夏空の先へと走り続けた。
『鎌倉ってのは、車か電車で行く場所だろ』
蒼介さんは呆れ顔で私たちに言った。
道幅も狭く、駐車場も少ない。
海沿いの134号線はいつも混んでいたが、ここを走るのはライダーの憧れでもあった。リアシートで彼と一緒に感じた潮風の匂いは、まだ鮮やかに覚えている。
私の母は、私を生んですぐに亡くなった。
父はトラックの長距離ドライバーで家を空けることが多く、私は小さい頃は鎌倉の祖父母の家に預けられていた。特に祖母には、母親代わりに面倒を見てもらった。
二人が祖父の転勤で引っ越してしまってから、私は父と暮らすことになった。鎌倉は居心地がよくて、父も仕事が終わるとまっすぐ帰って来ていた場所だったけど、父は母と暮らした家を手放せなかったし、私もそうしたかったから。
遠く離れて過ごしていても、昔からずっと鎌倉には、私の好きなものがたくさん詰まっていた。
圭介はそれをちゃんと覚えててくれたんだ。
圭介がいなくなってから三度目の夏を前に、私は心を決めた。
教習所に通い、中型二輪の免許を取った。
鎌倉へ行こう。
そしていいかげん、彼のことを吹っ切ろう。
想い出に触れたら、少しは気が晴れるかもしれない。
忘れなくてもいい 前に進むために
それが私の夏休みの目標になった。
出かける日の前の晩に、蒼介さんが箱を小脇に抱えてやって来た。
「夏ちゃん、明日コレ使って」
真新しいヘルメットだった。
「メットなら持ってるのに」
「女の子だろ。フルフェイスにしときな」
「…うん。ありがとう、蒼ちゃん」
「気をつけろよ。何かあったら電話してな」
「わかった!」
翌日、いつもは寝坊してばかりの私も、朝の4時に起きて身支度を始めた。空はすでに白んでいて、今日も暑くなりそうだ。
近所迷惑にならないように、家から少し先の拓けた路肩までバイクを押していくと、セルスターターをONに入れてアクセルを開いた。
エンジンがかかり、軽快なリズムを刻み始める。
教習所時代とは違う、高揚感と解放感。
メットを被り、ハンドルに手をかけてシートに跨がった。スタンドを蹴り上げ、涼しい風を切って、私は鎌倉を目指して走り出した。
『交通量が心配だけど、246を辿るのが一番迷わないかもな』
蒼介さんが教えてくれた。
是政橋を渡り、JR南武線に沿うように登戸、矢野口と府中街道をしばらく進む。溝口で246号線に入ると、さすがに交通量が増えてくる。
それでも早朝のせいか煽られることもなく、カーブや坂道を越えて、私は真っ青な夏空の先へと走り続けた。
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