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【第二部】プロローグ
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薔薇が咲き始める季節。
王宮での一騒動も落ち着き、下町のお針子店【Charlotte~シャルロット~】でニコラ・オランジュは穏やかな日々を過ごしていた。
肩まである栗色の巻き毛に琥珀色の瞳、切りすぎた前髪も丁度いい長さに伸びた。いつもの膝丈の生成りのワンピースに、大きなポケットが付いたペパーミント色のエプロン姿で開店準備をしている。
大きなポケットには、裁縫をする時は糸切り鋏やメジャーを、ガーデニングをする時は種や小さなスコップを入れたりと大活躍だった。刃物や重みのあるものを入れても破れないよう補強を行い、作業のしやすさを常に追求し改良を重ねている自慢の逸品だ。
店名のシャルロットは死んだ母の名前で、祖母がこの店を開いた時に付けたものだった。昨年、その祖母も他界し、今は一人で店を切り盛りしている。決して裕福ではないが、小さい頃から祖母に裁縫を厳しく教育されたので、ニコラ一人、暮らしていく分には問題なかった。
が、そんなニコラが先日、手違いと訳ありで、自国ルブゼスタン・ヴォルシス国王陛下(出会った時はまだ殿下だった)の戴冠式のマントの刺繍や祝賀会の衣装をたった一人で手がけた。その過程で事件に巻き込まれ、危ない目にもあったが、おかげで亡き祖母の『伝説のお針子』という過去を知り、今では生きているたった一人の肉親となった叔父に会うこともできた。
ニコラが自国の戴冠式や祝賀会に関わったことを、下町の人に言ってもきっと信じてくれないだろう。
自分でもまだ信じられない。
けれど、その時、出会った人たちがシャルロットを度々訪れてきてくれるので、頬をつねらなくても夢じゃないことがわかる。
幼少期の姿に変化したこの国の王、ユリシーズ・バルコイ・ルブゼスタン・ヴォルシスと、その従者のライアー・マグリード・セントジーストは週に二、三度遊びにやって来て、他愛もない話を一時間ほどして帰る。これまで王宮を出たことがないユリシーズは下町の様子に強い関心があるようだった。
姿形を変えど一国の王、ユリシーズを一人で出歩かせるわけにはいかない。ライアーはユリシーズの付き人と言うわけだ。ライアーの他にもう一人ユリシーズの側近がいるのだが、彼はシャルロットにやって来たことはなかった。下町に興味を持つユリシーズや友好的なライアーとは違って、いかにも貴族らしい人物なので下町には来たくないのかもしれない。
急ぎの仕事は昨日終わらせたので、今日の仕事は簡単な繕い物が数点あるだけだった。急いで片付けても時間を持て余してしまうので、お茶でも飲みながら、のんびり作業しようとニコラは台所に立った。日当たりの良い、店の窓辺で育てているカモミールを使って紅茶を淹れると、爽やかな香りが店内に広がった。
「さて、それでは始めますか」
ニコラが繕い物に取り掛かって間も無く、店の前に一台の馬車が停まった。
穏やかな日々の水面に、一滴の雫が落とされた。
王宮での一騒動も落ち着き、下町のお針子店【Charlotte~シャルロット~】でニコラ・オランジュは穏やかな日々を過ごしていた。
肩まである栗色の巻き毛に琥珀色の瞳、切りすぎた前髪も丁度いい長さに伸びた。いつもの膝丈の生成りのワンピースに、大きなポケットが付いたペパーミント色のエプロン姿で開店準備をしている。
大きなポケットには、裁縫をする時は糸切り鋏やメジャーを、ガーデニングをする時は種や小さなスコップを入れたりと大活躍だった。刃物や重みのあるものを入れても破れないよう補強を行い、作業のしやすさを常に追求し改良を重ねている自慢の逸品だ。
店名のシャルロットは死んだ母の名前で、祖母がこの店を開いた時に付けたものだった。昨年、その祖母も他界し、今は一人で店を切り盛りしている。決して裕福ではないが、小さい頃から祖母に裁縫を厳しく教育されたので、ニコラ一人、暮らしていく分には問題なかった。
が、そんなニコラが先日、手違いと訳ありで、自国ルブゼスタン・ヴォルシス国王陛下(出会った時はまだ殿下だった)の戴冠式のマントの刺繍や祝賀会の衣装をたった一人で手がけた。その過程で事件に巻き込まれ、危ない目にもあったが、おかげで亡き祖母の『伝説のお針子』という過去を知り、今では生きているたった一人の肉親となった叔父に会うこともできた。
ニコラが自国の戴冠式や祝賀会に関わったことを、下町の人に言ってもきっと信じてくれないだろう。
自分でもまだ信じられない。
けれど、その時、出会った人たちがシャルロットを度々訪れてきてくれるので、頬をつねらなくても夢じゃないことがわかる。
幼少期の姿に変化したこの国の王、ユリシーズ・バルコイ・ルブゼスタン・ヴォルシスと、その従者のライアー・マグリード・セントジーストは週に二、三度遊びにやって来て、他愛もない話を一時間ほどして帰る。これまで王宮を出たことがないユリシーズは下町の様子に強い関心があるようだった。
姿形を変えど一国の王、ユリシーズを一人で出歩かせるわけにはいかない。ライアーはユリシーズの付き人と言うわけだ。ライアーの他にもう一人ユリシーズの側近がいるのだが、彼はシャルロットにやって来たことはなかった。下町に興味を持つユリシーズや友好的なライアーとは違って、いかにも貴族らしい人物なので下町には来たくないのかもしれない。
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「さて、それでは始めますか」
ニコラが繕い物に取り掛かって間も無く、店の前に一台の馬車が停まった。
穏やかな日々の水面に、一滴の雫が落とされた。
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