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【第一部】六章

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 「嘘…だって、おばあちゃん、そんなこと、一言も……」

 ニコラの瞳から涙が溢れた。ルカは困ったように微笑んで言った。

 「言えないから、刺繍に想いを込めたんです。私と母はよく似ているから、私にはわかる。本当に言いたい事を言えない。だから、別の方法で想いを託すんです」

 もうニコラの涙は止まらなかった。ルカは静かに見守ってくれている。

 なんて、あたたかいの。

 死んだおばあちゃん、目の前にいるルカさん。

 家族の優しさを心全部で感じて、ニコラは泣き続けた。
 暫くして涙が落ち着くとニコラは訊いた。

 「また、シンシア・グローリーの作品を見に来てもいいですか?」
 「いつでも。連絡ください」
 「また、会ってもらってもいいですか?」
 「喜んで」
 「私が知らないおばあちゃんやお母さんのこと、もっと聞きたいです」
 「私も同じ気持ちです」

 ベールを大事に持ってニコラは屋敷を後にした。
 ニコラを見送った後、自室に戻ったルカは自分の仕事机の椅子に深く腰掛け考えに耽った。ふいに横から話しかけられる。

 「貴方があんなに人に優しく接しているのを初めて見ましたよ」
 「チャリオ、無駄口を叩いている暇があったら仕事をしたらどうだ?」
 「ほら、これだもの」

 チャリオと呼ばれた人物は大げさに肩を竦めた。フレームの細い銀縁の眼鏡を上げ直して彼は聞いた。

 「用意した品々はお見せしなくてよかったのですか? せっかく貴方がわざわざ仕入れた品なのに」
 「まだ、見せるタイミングではなかった」

 ルカは姿勢を正して机に置いてあるペンを手に取り、インクの瓶に先を浸した。仕事を始めるらしい。

 「またお会いできるみたいですね」

 返事はない。

 「良かったですね」

 これにも返事はない。
 書類にペンで書き込みを入れる音が部屋に響く。
 幼少の頃からルカの世話役として傍にいるチャリオには、彼が今、人生で一番の幸福を噛み締めているのがわかっていた。

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