50 / 64
【第一部】六章
05
しおりを挟む
「嘘…だって、おばあちゃん、そんなこと、一言も……」
ニコラの瞳から涙が溢れた。ルカは困ったように微笑んで言った。
「言えないから、刺繍に想いを込めたんです。私と母はよく似ているから、私にはわかる。本当に言いたい事を言えない。だから、別の方法で想いを託すんです」
もうニコラの涙は止まらなかった。ルカは静かに見守ってくれている。
なんて、あたたかいの。
死んだおばあちゃん、目の前にいるルカさん。
家族の優しさを心全部で感じて、ニコラは泣き続けた。
暫くして涙が落ち着くとニコラは訊いた。
「また、シンシア・グローリーの作品を見に来てもいいですか?」
「いつでも。連絡ください」
「また、会ってもらってもいいですか?」
「喜んで」
「私が知らないおばあちゃんやお母さんのこと、もっと聞きたいです」
「私も同じ気持ちです」
ベールを大事に持ってニコラは屋敷を後にした。
ニコラを見送った後、自室に戻ったルカは自分の仕事机の椅子に深く腰掛け考えに耽った。ふいに横から話しかけられる。
「貴方があんなに人に優しく接しているのを初めて見ましたよ」
「チャリオ、無駄口を叩いている暇があったら仕事をしたらどうだ?」
「ほら、これだもの」
チャリオと呼ばれた人物は大げさに肩を竦めた。フレームの細い銀縁の眼鏡を上げ直して彼は聞いた。
「用意した品々はお見せしなくてよかったのですか? せっかく貴方がわざわざ仕入れた品なのに」
「まだ、見せるタイミングではなかった」
ルカは姿勢を正して机に置いてあるペンを手に取り、インクの瓶に先を浸した。仕事を始めるらしい。
「またお会いできるみたいですね」
返事はない。
「良かったですね」
これにも返事はない。
書類にペンで書き込みを入れる音が部屋に響く。
幼少の頃からルカの世話役として傍にいるチャリオには、彼が今、人生で一番の幸福を噛み締めているのがわかっていた。
ニコラの瞳から涙が溢れた。ルカは困ったように微笑んで言った。
「言えないから、刺繍に想いを込めたんです。私と母はよく似ているから、私にはわかる。本当に言いたい事を言えない。だから、別の方法で想いを託すんです」
もうニコラの涙は止まらなかった。ルカは静かに見守ってくれている。
なんて、あたたかいの。
死んだおばあちゃん、目の前にいるルカさん。
家族の優しさを心全部で感じて、ニコラは泣き続けた。
暫くして涙が落ち着くとニコラは訊いた。
「また、シンシア・グローリーの作品を見に来てもいいですか?」
「いつでも。連絡ください」
「また、会ってもらってもいいですか?」
「喜んで」
「私が知らないおばあちゃんやお母さんのこと、もっと聞きたいです」
「私も同じ気持ちです」
ベールを大事に持ってニコラは屋敷を後にした。
ニコラを見送った後、自室に戻ったルカは自分の仕事机の椅子に深く腰掛け考えに耽った。ふいに横から話しかけられる。
「貴方があんなに人に優しく接しているのを初めて見ましたよ」
「チャリオ、無駄口を叩いている暇があったら仕事をしたらどうだ?」
「ほら、これだもの」
チャリオと呼ばれた人物は大げさに肩を竦めた。フレームの細い銀縁の眼鏡を上げ直して彼は聞いた。
「用意した品々はお見せしなくてよかったのですか? せっかく貴方がわざわざ仕入れた品なのに」
「まだ、見せるタイミングではなかった」
ルカは姿勢を正して机に置いてあるペンを手に取り、インクの瓶に先を浸した。仕事を始めるらしい。
「またお会いできるみたいですね」
返事はない。
「良かったですね」
これにも返事はない。
書類にペンで書き込みを入れる音が部屋に響く。
幼少の頃からルカの世話役として傍にいるチャリオには、彼が今、人生で一番の幸福を噛み締めているのがわかっていた。
0
お気に入りに追加
1,302
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人
花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。
そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。
森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。
孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。
初投稿です。よろしくお願いします。
【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる