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【第一部】六章

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 「アベルさん。釦が……」
 「ああ…。あとで縫ってもらいます」
 「あ、私やりますよ!」
 「貴方はやるべき事があるでしょう」
 「釦一つ、すぐです」

 ニコラはそう言って、アベルの右腕を軽く引っ張って、釦を一度外す。丁度いい色の糸を通した針があったのでそれを手に取って釦を縫い付けた。それは確かにすぐだった。
 ニコラが口で糸を切ると小気味良い音がした。

 「どうですか?」

 アベルは腕を曲げて付け直してもらった釦を確認する。何も問題ない。

 「貴方は……自分で自分の首を絞めるのが得意そうですね」

 アベルの言葉にニコラはきょとんとした。

 ライアーがここにいたら「そう言うときは『ありがとう!』って言うんだよ」と言って笑われそうだ。多分笑われていたな、とアベルは思った。

 針を片付けているニコラの背中にアベルは声を掛けた。


 「シンシア・グローリーが手がけた刺繍を見てみたいですか?」


 思いがけない言葉にニコラは振り返った。

 「あるんですか?」
 「今回、シンシア・グローリーの情報を提供してくださった方に特別に許可をいただきます」
 「そんな事が出来るんですか?」
 「私の兄が仕えている方なので」
 「ありがとうございます! すっごく助かります!」
 「情報提供者は、貴方の叔父にあたる人物です」

 浮き足立っていたニコラの表情が固まった。

 「今、なんて……?」

 「私の兄が仕えているのは、貴方の亡くなったお母様の弟君。名前はルカ・エリクセン・カーチス。年は確か二十六歳だったと思いますが、若くしてカーチス家を動かしている大変有能な方です」

 アベルは再度ニコラに尋ねた。


 「彼と、会いますか?」



   *   *   *



 翌日、ニコラはシンシア・グローリーの刺繍を見にカーチス家を訪れていた。王宮に負けるとも劣らない立派な屋敷だった。
 通された部屋で待っていると、一人の男性が静かに入って来た。
 装飾を控えたシンプルな黒いスーツを着ている。生地の質の高さ、完璧なシルエットの良さから、それが彼だけのために仕立てられたものだとわかる。少し長めの黒髪に青い瞳。左目にしている黒い眼帯が特徴的だ。黒を多く身につけているが、印象の悪い黒ではなく高貴さのある黒だった。そして、整ったその顔には祖母ジーナの面影があった。

 おそらく、彼がルカ・エリクセン・カーチス。

 「初めまして」
 「はじめまして」

 緊張で声が上擦る。少し変な間が空いた。何か話さなくては、と思う。

 「ええと…最近は、怪盗ジェイドの噂をよく耳にしますね」

 ニコラは食事を運んでくれる仲良くなったお針子からその噂を聞いていた。貴族との共通の話題はこれくらいしか思いつかない。

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