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【第一部】三章

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 『まあ、下町で暮らしている貴方に祝賀会と言っても想像つかないでしょうが……』

 不意に昨日アベルに言われた事を思い出す。
 あの時は「その通りです」と言ったが、本当は、悔しかった。知らない自分が悔しかった。下町で小さい時から技術を磨いてお針子をしてきた。服を通して喜ぶお客さんの顔を見るのが大好きで、いつも誇りを持って仕事をしていた。けれど、昨日、知らない事を知らないままでいた自分に気づいて恥ずかしくなった。これまで誇りだと思っていたものが、自己満足だったと気づいてしまった。

 だから…、

 ニコラはお茶会を楽しむ貴族達の服装を見つめる。女性は袖やスカートが膨らんでいる。男性の服も袖や膝上の穿きものが膨らんでいた。ユリシーズやアベル、ライアーが着ているものとは印象が大分違っている。最先端の流行か、これが正式なものなのかもしれない。
 ニコラが垣根の傍でしゃがんで考えていると

 「あら? 貴方、ここで何をしているの?」

 一人の若い女性に声をかけられた。袖やスカートが膨らんでいる。このお茶会の参加者らしい。

 「誰かの影が見えたから、てっきり殿下かと期待したのに……」

 女性はつまらなさそうに手に持った扇を開いたり閉じたりして言った。

 「殿下…? あ、ユリシーズ殿下?」
 「そうよ。殿下は滅多に社交場にいらっしゃらないから、こうやって王宮の庭園でお茶会を開いて、みんな機会を窺っているの」

 女性は扇で含み笑いを隠した。

 機会を窺う? 窺ってどうするのだろう。

 「とうとう殿下にお会いできると思ったのに、いたのは汚い野良猫でがっかり」

 女性は高らかに笑い声を立てた。
 この場にはニコラしかいない。汚い野良猫とはニコラを指しているのだ。ニコラはどうしていいかわからず下を向いた。女性は反論しないニコラに興味を無くしたのかその場を立ち去ろうとした。その時、膨らんだスカートの後ろが垣根に引っかかりビリビリと音を立てて裂けた。

 「まあ! なんて事!」

 わなわなと震え、女性は扇でニコラを指して言った。

 「貴方のせいよ!」
 「わ、私のせい!?」
 「そうよ、貴方がこんなとこにいなければこんな事にならなかったわ! こんな姿、殿下に見られたら……!」

 女性はその場に座り込んだ。ニコラには事の重大さがわからなかったが、こんなに落ち込むなんてこの人にとってはよほどの事なんだろう。
 ニコラは女性の隣に座り、裁縫箱から鋏を取り出した。

 「な、何をするの!?」
 「真ん中から裂けているので綺麗に直す事は出来ませんが、変える事は出来ます」
 「え?」

 ニコラは女性のスカートを鋏で裂いた。驚いた女性が小さな悲鳴を上げたが、ニコラは構わず鋏を入れる。
 思った通り。このドレスは何枚も生地を重ねているから上の生地を切っても足が見える心配もないし、シルエットが崩れる事もない。鋏の次は針と糸を裁縫箱から取り出した。女性が呆然としている間にニコラはスカートを切った生地で大柄の花の形を作り、裂けた部分に縫い付けた。
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