上 下
20 / 41

3-3:

しおりを挟む
 痩せた体の彼女らは、多分労働奴隷でも戦闘奴隷でもないんだろう。自分と同じくらいの歳頃でも、ここまで環境が違うことがある。少し牢に近づくと濃い病人の臭いが鼻を刺激してくる。

「いかがですか?左手に見えますのが男の奴隷。右手に見えますのが女の奴隷でございます」

 左側の人達は少し疲れた様子ではあるものの、健康そうだ。ただ、異人に対してあまり良い印象を抱いていない。

 右側の人達は、浮いた肋骨と窪んだ目が不気味で仕方がない。あそこまで痩せ細った状態なのは、ご飯が少なすぎるのかもしくは病にかかっているか。窪んだ眼や臭いをその通り捉えるならば、彼女たちの殆どはもう先が短いと分かる。

 環境は劣悪極まりない。私は思わず眉間に皺を寄せた。ここで私が救いの手を差し伸べられたなら、きっと歴史に残る大聖人の素質があるんだろう。

「特に気になる人はいませんね」
「…承知しました。ではこちらへ」

 店員は、廊下のさらに奥にある扉へ私を促した。その扉は実に豪華で、黒い金属扉に金で細工が施された立派なものだった。

 今度店員が取り出したのは、無色透明な魔石のはまった鍵だった。目を凝らして魔力の流れを観察してみると、店員から立ち上る魔力が少しだけ鍵に流れ込んでいくのが見えた。どうやら魔力で作動させる、認証型の鍵らしい。

 扉が開いた先には、さっきの部屋より少し綺麗な牢が廊下の両側に広がっていた。左側には逞しい体つきの女性が、右側には少し年齢低めの、男性というより少年、青年に近い奴隷が入れられている。皆同様、魔力の反応はない。

「こちら左側に見えますのが女性の奴隷、右側に見えますのが男性の奴隷でございます」

 店員の説明を右から左に聞き流しつつ、廊下中を舐めるように観察する。目を細め、凝らし、どこかに逃げる隙がないか探してみるも、何も無い。

 その時だった。布で顔を隠した、本で読んだことのある「黒子」のような格好の女性が大声を上げながら廊下を走ってきたのは。

「店長、シエルが…!」

 真っ黒なマスクで表情は確認出来ないが、どうやら酷く焦っているようだ。

「こう、血がボタボタッ!て!」

 大袈裟に手を振って血飛沫を表現する彼女に、私の前に立っていた店員…ではなく店長だったらしい灰髪の男が、呆れたようなため息を吐くのを聞いた。

「いつも通り処置しておいてください。それと、お客様の前ですよ。言葉遣いには気をつけなさい。」
「しかし店長、今は蘇生師がおりません。大急ぎで呼んでも間に合わないでしょうし、どうしましょう!」
「……彼はまだ勤務時間内でしょう。どこに行ったと言うのです?」

 その言葉を聞いた途端、灰髪の店長は地を這うような恐ろしい声で威圧した。黒子の女性は小さく悲鳴をあげて、口のあたりを抑える。

 『蘇生師』という職業はあまり聞いたことがない。字面通りに捉えるなら、蘇生魔法によって死者を甦らせる職だろう。それにしても、蘇生魔法はなかなかに高等な魔法だ。魔術と言っても過言ではないぐらいに。そんな、奇跡にも等しい術を扱える人間がいるのだろうか。
しおりを挟む

処理中です...