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「お、嬢ちゃんもう行っちまうのか?ちょっとばかし待ってくれや」
「おいおい、引き留めちゃ悪ぃだろ」

 真昼からお酒の入った樽ジョッキを傾けていた一人のおじさんが、ポケットから紙を出して何かを書き付けた。

 渡されたそれには”ケブトラン町より”と一言。それからそのすぐ下に小さな丸と滅茶苦茶な文字が書かれていた。

「これは…?」
「あれだ、オレの地元のまじないだ。いつでも頼れってことでい。俺たちは嬢ちゃんの味方って意味もある」

 おじさんは椅子に座ったまま、私の頭をワシャワシャと腕毛の濃い手で撫でる。

「初対面だった嬢ちゃんに、悪い事をしちまったからなぁ。今後も苦労するだろうが、元気でいてくれよ」

 それだけ言って、おじさんは再びジョッキを傾ける。そこに若い酔っ払っいがフラフラとやってきて、おじさんと肩を組んだ。椅子から立ち上がって、一緒に千鳥足で酒場の奥へ歩いていく。おじさんの金髪頭は見えなくなり、私は何も言えなかった。

 どこか哀愁的な気分を抱えつつ、急いで外に出るとエスメラルダは入口のすぐ近くで待っていてくれた。まだ空は青い。

「すみません、お待たせました」
「大丈夫ですよ」

 歩き出したエスメラルダの後をついて行くと、迷うことなくするすると進むことができた。外周は苔たり欠けたり汚れたりと、人通りも少なく荒んだ様子で襲撃なんて起きればすぐさま占拠されそうだ。

「ここが外周です。そこの石壁の内側が、町の土地とされています」

 そう言って頼りなさげな石壁を指差すエスメラルダ。早いところ結界を張って仕事を終わらせよう。

「継続結界の基盤になる魔石を埋めたいので、少し地面を抉っても大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ」

 許可を得られたので地面を掘る。

 掘るとは言っても、人力ではなくて魔法を使うのだ。脳内で地が抉れ土の山がこんもりと盛り上がった様をイメージして、掌に魔力を集める。

 すると掌から煌々と波打つ魔力の球が生まれ、それを少し離れた地面へ投げつける。と、球の落下地点に陣が展開され、何か巨大な犬が地を掘ったような直径三メートル程の深い窪みが出来た。

 そこに赤と黒の蛇斑の魔石を放り込んで、もう一度埋め直す。側に盛り上がった、掘り返された土を土魔法で持ち上げて穴に落とすだけの簡単な作業。最後に、土に生えた草や苔の様子を偽装して下準備は終い。

 いよいよ本仕事で、地下に埋められた魔石に遠隔で魔力を送りそこから結界を展開する。イメージは、卓上の紙にペンで円を書く様子で。差程高くない壁に囲まれたこの町は見事な丸型だったから、イメージが比較的簡単だ。

 魔力を受け取った魔石から、見えない膜が延びていく。地下も空も地上にも、それが拡がっていく。ちゃんと結界が作動するのか確認するために、一度結界の外に出て軽い炎魔法を放ってみる。

 威勢よく飛んで行った火の玉は、結界に触れた瞬間に溶けるように消え去った。

「これで完了です。破られたりしなければ、後五百年はこのままで大丈夫です」

 外から呼びかけると、エスメラルダも壁の外へやってくる。

 地面を蹴って高く飛び、跳び箱のように塀の上へに手をついて外に出てきたエスメラルダが着地した瞬間、あんまりにも唐突に恐怖が襲ってきた。痛い程の殺気が飛んできて、思わず反射的に障壁を展開する。
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