上 下
2 / 42

1-1:田舎町と空理空論論者 前編

しおりを挟む
 肩を強く押されて扉で背を打った。押し開きの扉だったからか、私はそのまま宿屋の外へ放り出され、惨めに転がったの頭上に宿主の悪態が降りかかる。

「二度と来るな獣め!」

 怒鳴り声を最後に、髪の薄い宿主はそのまま扉を閉めてしまった。

 路上に汚れた背中に視線が集まっている。嫌な気分だ。小さな町だから宿の数も少ないっていうのに、どこだって泊めてくれやしないんだから。

 いい加減諦めて、野宿の準備でもしようかと思い立ち、手に持った箒を支えにして立ち上がると同時に寂しく腹が鳴る。そういえば、お昼を食べ損ねた。

 森に出て可食の葉っぱでも探そうか、それとも獣を狩って焼こうかと思考を巡らせる。妹は料理が上手かったな…なんて思い出に浸ってしばらくして、私はハッとした。

 考え事をしながら歩くのは良くなかったらしい。気がつけば私は大通りから大きく外れた住宅街に入り込んでいた。

 昼が近づく住宅街では、静かな奥様方の談笑の声と無邪気な子供のはしゃぐ声が聞こえるばかり。周りを見渡しても住宅住宅…暖色系の外壁に囲まれて、自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。

 長く歩いていると、こざっぱりした店の並ぶ小道に出た。その一角にあった鏡屋が目に留まり、何となく立ち寄ってショーウィンドウの鏡を覗き込んでみる。

 映ったのは赤毛の女。髪を適当にまとめて、何となく三つ編みにした風な。左眼の瞳は、絵の具を垂らしたような光が紫色の瞳の大部分を隠してしまってどうなっているのかさっぱりわからない。右眼は黒い眼帯をつけているので窺えない。長年の引きこもり生活に耐えてきた肌は異様に白くて、我が顔ながらフォローのしようがない酷い顔だった。

 何だかとても惨めな気分になってしまって、とてもじゃないが宿の交渉なんて出来そうになくなってしまった。鏡屋なんて素通りすれば良かったのに。そうして気分が沈んでいく。

 いいや、そもそも宿屋に交渉して泊まらせて貰おうなんていうこと自体がおかしかったのかもしれない。今考えれば、幾ら貯金を全て持ってきたと言っても高々金貨数十枚。毎度毎度「言い値を払うから泊まらせてくれ」なんて言っていたらすぐに底をついてしまっただろう。
だから鏡屋は悪くないのだ、きっとそうだ。

 そう心の内に呟いて自分に言い聞かせつつ、宿屋を諦めて次はギルドを探して歩く。どんな街にもギルドはあるものだし、利用者が多いからすぐ見つかるだろうと思っていたのに、なかなか見つからない。

 それどころか同じところを周っている気がする。あの焼き鳥屋はさっきも見なかったか、噴水近くでイチャつくカップルもそのままではなかろうか。

 十数年間、村の中央部からも大分離れた山で暮らしていた田舎娘の極まった私には、入り組んだ路地の攻略方法が分からなかった。何せ町の歩き方というのは、本に載っているものではないからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...