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第十二話 第一次クソ商品販売対策会議
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「——ああ。ついにミラクルカフカの被害に遭ったアボルスター星人に訴訟を起こされたみたい。対応に行かなくっちゃ……クソ! あの頭でっかち共……ことあるごとに裁判起こしやがって!」
ジア女史は自分の携帯端末に来た通知を見て血相を変え、差別的とも取られかねない表現を口走った。
「とにかく、そういうことだからよろしく!」
女史はそう言い残すと、すぐさま裁判の対応をするべく自身のオフィスへとあの高級車で飛んでいった。
ジア女史を見送った——というより、女史に置いて行かれた——私たちは余った茶菓子をもそもそと食べながら、魔法少女コスチュームを纏ったゼンを見てため息をついた。
「な、何見てんだよ!」
ゼンはそう言って顔を赤くし、その珍奇な格好をした巨体を一生懸命に腕で覆い隠した。
「ねえボス、この仕事受けんの?」
姐さんがマグカップのお茶を啜りながらボスの方を向いた。
「いやいやいや! 関係ないし! どう考えても我々の手に負える話じゃないだろう! 宇宙経済は終わりだよ! バカなおもちゃのせいで!」
ボスは水槽の中で取り乱し、変身した愚かなゼンを指差してそう叫んだ。今度のストレスはこれまでの比ではないらしく、ボスの半透明の体は心なしか緑色に濁っている。
「——でも、さっき拒否権ないって言われましたよね。マーク卿とサーク卿から直接仰せつかったって……マーフィー君が反応しなかったんだから、嘘だとは思えません」
私はジア女史が資料と共に置いていった依頼書のサインを見た。一番下に、ゼノ連盟の総帥にしてゼノ社の代表取締役・マーク卿とサーク卿の直筆署名がある。私たちの住む宇宙の支配者と言っても過言ではないほどの権力者のふたりが、なぜ突然直々にこんな案件を寄越したのかは分からない。哀れなボスの体はいよいよ緑色の斑点がはっきりと現れていた。
「ステラ、やめてくれえ……言わないでくれ……もうおしまいだ! 皆には悪いけど、どう考えても断るか聞かなかったことにして放置するしか選択肢がない。とにかく夜逃げの身支度を——」
自身の選択で宇宙経済を崩壊させるかもしれないという重圧に加え、部下全員と共に宇宙の権力者に嫌われる可能性まで出てきたせいで、ボスのメンタルは限界を迎えていた。
「早まんないで! 断るにしても、まずは会社に適切に訴えるとかしないと!」
姐さんはそう言いながらボスの水槽を両手で掴んで揺らしたが、ボスはボスは風に遊ばれるビニール袋みたいに水槽の中を揺蕩うだけだ。
「どうにか夜逃げできたとしても、この問題が解決しなかったら、宇宙全体があのおもちゃのせいで不況に陥って、結局逃げた先で私たちも影響を被るだろうし……お先真っ暗なことには変わんないですね……」
私が頭の片隅に湧き上がった考えを半ば無意識のうちに呟くと、好き勝手に騒いでいた皆は静かになった。
「——なあ、どうせならちょっとでもやってみたほうが良くないか?」
十秒くらい経ってから、ゼンが沈黙を破った。
「ゼン」と姐さんが言った。
「ん? なんだよ、姐さん」
「その格好で言われても説得力ないのよ」
はち切れそうな魔法少女コスチュームを纏っているゼンを見て頭を抱えながら、姐さんはそう言った。
「あ、ああ……」とゼンはとたんに威勢を失った。
「でも——確かに、ゼンの言うとおりだとは思う」と姐さんは付け加えた。
「姐さん……! だろ? 俺たちなら出来るって!」
ゼンは嬉しそうな顔をしたが、姐さんはちっとも笑っていなかった。
「いや。仕事飛んでウチの会社に追われるよか適当にやってる感出しといたほうがいいよねって意味」
ゼンは体に癒着した魔法少女コスチュームごとすっころんだ。
「そうですね。どうせどっちみち経済混乱でおしまいです。なんなんですか二八〇京の在庫って……無理に決まってんでしょ。こうなったらゼノ連盟が破綻するまで会社に居座って給料貰ったほうがいいと思うし。万が一解決できたらボーナスとか貰えそうですもんね!」
私はテーブルの上に突っ伏しながら、姐さんに適当に同意した。
「君たちさあ……」とボスが言った。
ボスの可愛いぷよぷよした体はストレスのせいでどんどん縮んでいるように見える。
「まあ、何もしないで宇宙を追われるよか、思いっきり華々しく散った方が人生の最後にはちょうどいいかなって!」
私はわざと笑顔になってそう言った。
「ポジティブなんだかネガティブなんだか分かんねえ……っていうか解決してくれないと俺も困るんだよ!」
ゼンはそう言うと首を振った。その太い首元でサテンの可愛らしいピンクのリボンが揺れている。
「あんたの姿の方が意味わかんねえってば」
私は滑稽なゼンの姿を一瞥してそう言いながら、窓の向こうに広がる無限の宇宙に思いを馳せた。
「エアリ、どこにいるんだろう」とか、「もうそろそろこの宇宙ともお別れか……」とか、心の奥で何度かつぶやいた。ジア女史とその背後にいるマーク卿とサーク卿によって押し付けられた、壮大に迷惑な今回の問題。実質的に逃げられず、失敗も許されず、しかし解決の糸口が見えないというこの理不尽な無茶振りを前に、蒼き星地球が産んだ天才である私も虚脱させられてしまったのだ。宇宙の経済が危機に陥っているという状況、宇宙転覆を目論む悪役であればまたとない好機。しかし私は宇宙を愛し、宇宙経済の中で生きる善良な小市民である。今回のは責任が重い、裁量が大きいという次元ではない。自分の一挙手一投足が多くの人々の運命を分つような立場にいる偉い人々ってすごいんだ……。そういう子供めいた感慨に改めて浸った。
そして私は結局、「もうどうでもいい。なるようになればいい、全て運に身を任せてしまおう」という諦念の域に達したのだ。
「全く、若いもんはすぐ投げやりになる。この宇宙経済を、この手で! 終わらせることができるやもしれん好機ぞ! もっと楽しめい!」
——私の真隣にラスボス級の悪役がいた……。博士は性格がひん曲がりすぎているせいで首もくねくねに曲がってしまったのかもしれない。
収拾がつかなくなってきたところで、ボスが半狂乱で叫んだ。
「失敗して会社に責任を押し付けられたらどうするんだ! 経済を混乱させたテロリストとして週刊誌にすっぱ抜かれ、ゼノ連盟の星々全てに憎まれ……困窮した市民たちが暴走し、我々を捕まえて見せしめにブラックホールに投げ込むやもしれない……ああ恐ろしい! グレイ、君もなんか言いたまえ!」
我関せずと言わんばかりにマーフィー君と皿洗いをしていた先輩に、ボスの矛先が向いた。グレイ先輩はスポンジを持つ手を白々しく耳に当てた。
「え? 僕はどっちでもいいっすよ!」
聡明なグレイ先輩も、おそらく私と同じように壮大で絶望的な話を前に何も考えたくないのだと思う。
「ダメだ! 皆おかしくなっちまった!」
ゼンは自らの腰回りを彩るパニエの裾を掴みながら悲痛に叫んだ。
「あんたの格好が一番おかしいんだってば……」
私は向こうで小惑星が燃えるのを見つめながら、窓に反射して映るゼンへ静かに告げた。
「ったく、皆取り乱しよって情けないの。バーガックスの捕獲の時に見せた威勢の良さはどうしたんぢゃ」
博士は長く曲がった首を横に振った。
「博士、そうは言っても今回ばっかりは詰んでるよ! 終わりなんだ!」
水棲の種族なはずのボスは、水槽の中で溺れているかのように泡を吹いて捲し立てた。
「失敗して会社も何も対策を講じられなかった場合——宇宙経済が冷え込んで苦しむ人間が増える! そうしてワシが薬物や電脳空間——そういった現実逃避のための技術を発明して、大衆に仮初の安息を売りつけ大儲けができる!」
早くこの人逮捕した方がいいと思う。私は博士が笑顔で語るのを見て、いつものようにそう思った。
「そして運よく死後に成功したら宇宙経済を救った者たちとしての名声が得られ、親会社には恩ができる。マージンも弾むぢゃろう。またとないチャンスぢゃ——それに万が一の保険も用意した。ジュディス」
『ハイ』
博士が目配せすると、それまで静かにしていたジュディスが頷いた。
『この宇宙に居場所、なくなっちゃうかもしれない』
ジュディスの頭のモニターに、女史の脅迫めいた指示の録画が流れはじめた。
「撮ってたの……」とボスは小さい声で言った。
「万が一会社に責任を取れと言われたら、これを週刊誌に売りつけてやればいいぢゃろう。ゼノ・ユニヴァース社の理不尽なパワハラ実録。被害者として自伝も出せば隠居生活の初期費用と裁判費用くらいは稼げるぢゃろ」
博士は誕生日プレゼントを貰うときの子供のような笑顔を浮かべて、首をうねらせている。
「——そもそもなんかみんな失敗する前提で話してっけどさ! 俺たち前回も出来たんだから、今回だっていけるって。いいチームだろ、俺たち」
ゼンは間抜けな格好で皆に熱弁したが、私と姐さんとグレイ先輩は何も言わなかった。
「無視!?」
ゼンは腰のリボンを引っ掴んで叫んだ。ボスに至ってはついに体表に斑点が浮かび上がり、白目を向いて気を失っている。
「——はあ。もうボスはダメだわ。部屋で休んどいてもらお。マーフィー君運んでって」
姐さんの指示を受け、マーフィー君はボスの水槽を押して上へと登っていった……。
「なんかもう、分かんないけどとりあえずやるだけやってみよ。暇だしさ。あの人にもメール整理やんなって言われたわけだし」
姐さんは頬杖をつきながらそう言った。
「まあ、そうですね……」
私は先ほども申し上げた通り、絶望の先にある無我の境地、諸行無常、風の前の塵、草舟のような心持ちである。
皿洗いを終えたグレイ先輩も渋々加わって、私たちはボス抜きで会議をはじめた。
「で、やるったってどうするんです。欠陥品とはいえ、あれだけ生産しちゃったからにはそのまま廃棄すれば宇宙環境保護法違反だし、収益もゼロ。結果的にゼノ・ダンバイ社が莫大な借金を抱えて倒産してしまうから無理。少なくとも、定価より低い値段だろうがどうにかしてこの激ヤバの品物を売り出して少しでもコストを回収しなきゃなんですよ。どう売ろうが無理だと思うけど」
誰も話し始めないので、仕方なく私がこの絶望的情報を再度確認した。
「時間も無限にある訳じゃないんだよね。ゼノ・ダンバイ社の株主たちが万が一事態を察知しようものならおしまい」と、姐さんは腕を組みながらつぶやいた。
「微生物の部分を取り外して、フツーのおもちゃとして売るのはどうだ?」
グレイ先輩は大きな目でミラクルカフカの説明書を見つめながら提案した。
「確かにデザインは可愛いけど、キャラクターブランドの商品でもないし、ただのプラスチックのおもちゃになったらとても売れるとは考えられません。微生物を取り出すためにもう一度生産ラインに差し戻す輸送費、その分の工程を行うコストも増大するし……」
私がそう言うと、先輩は肩を落とした。
「そうか……いいアイデアだと思ったんだけどな」
また皆がしばらく黙って机の真ん中にあるミラクルカフカのサンプルを眺めていると、ゼンがコーヒーに映る自分の姿を見て震え出した。
「なあ俺、一生この格好のままなのかなあ……」
「いいんじゃない。面白いし」と私は言った。
「いい訳ねえだろ!」
ゼンは体中のリボンを震わせて机を叩いた。
「まあゼンが戻れるかはどうでもいいにせよ、この商品を今のまま体よく捌く方法を考えるよりも、一度変身したら死ぬまで微生物を剥がすことができないっていう欠陥を是正していく方向性で考えてみるのがいいと思います。ま、株主たちが問題に気づく前に私たちでそれを編み出せるかって話ですけど」
私はクッキーを食べながらやさぐれた顔でつぶやいた。
「微生物が皮膚の上で繁殖して癒着しちゃうのが問題なんだろ? 服を着た状態で変身したら服はダメになっちゃうかもだけど、脱ぎ着できるんじゃないか?」
グレイ先輩の質問を受け、私はミラクルカフカの説明書を今一度見た。
「服の上は微生物がそもそも根ざして繁殖できないみたいですね。だからわざわざ使用前に衣服は脱いでくださいって書いてるみたい」
私は一番小さなサイズの文字で書かれた注意書きを見ながら先輩に言った。
「はあ!? なんだよこのクソ商品は!」
グレイ先輩はコーヒーをぐいと飲み干して酔っ払いみたいに叫んだ。
「ホントですよ……」と私は呟いた。
おもちゃ会社がこんなとんでもないものを開発するだなんて、誰も予測していなかっただろう。結果こんな問題が起こってしまい、親会社にまで影響が及んで……ジア女史があのようにストレスを隠しきれていなかったのも理解できる。私はそんなことを考えながら、ミラクルカフカの説明書に載っている微生物の顕微鏡写真を見た。
「じゃこの微生物について、もう少し調べて理解を深めた方がいいかもしれないね」
姐さんが顕微鏡写真を指さしてそう言うと、博士はミラクルカフカのサンプルのうち、ゼンが触らなかった未使用の方を手に取って席を立った。
「ならば解析はわしが引き受けよう。生物の分野は明るくはないが、これまで遺伝子実験を繰り返し——とにかく、生物実験できる設備もある。このサンプル借りてくぞ」
きな臭い単語を口に出しかけた博士は、頼もしくも自分から一番面倒で難しい仕事を引き受けると言ってくれた。
「マジ? 博士ってこういう時意外にやる気あるよね」
姐さんは満足そうに笑った。
「キャキャキャ! こんな恐ろしい微生物のサンプルが手に入ったのぢゃ。ついでに悪用できないか考えるに決まっておろう!」
博士はミラクルカフカを宝石でも扱うように大事そうに見つめた。
「自ら悪用って言わないでくださいよ……」
私は一瞬博士を見直したことをまた後悔しながらつぶやいた。
「小僧! お前も来い。皮膚に癒着した状態の微生物について詳しく調べたい」
博士はそう言ってゼンを指さした。
「おう!」
威勢よく返事したゼンは席を立った。
「クキキ。実験台が頑丈そうでよかったわい」
「あの、何するつもり?」
ゼンは博士にエレベーターの扉が閉まる直前で不穏なことを言われていた。あいつ生きて帰ってこられるのかな、と思いながら私はカップのコーヒーを飲み干して背伸びした。
「僕たち暇になっちゃったけど、どうする?」
グレイ先輩は皆のカップを片づけながら少しばつが悪そうな顔をした。博士だけが今役立つ仕事をしている状況が気に食わないのであろう。
「まあ、博士が結果を持ってくるまでは結局何もできませんもんね。自由時間にしちゃいましょう!」
私はわざと空気を読まずにそう言った。
「それもそうか、了解」とグレイ先輩は言った。
切羽詰まっているとはいえ、何も出来ることがない。事態が動くまで私も暇を潰そう。そう思って席を立った。
「あれ、どこ行くの」
姐さんに声をかけられて私は立ち止まった。絶望的なストレスにさらされた地球人が逃げ込む最後の砦——私が行くところはただ一つである。
「なんか、疲れちゃいました! だからお風呂行きます!」
私がそう答えると、姐さんは角を輝かせた。
「ずる~い! アタシも行っていい?」
「もちろん!」
そうして私と姐さんは露天風呂へ向かった——。
ジア女史は自分の携帯端末に来た通知を見て血相を変え、差別的とも取られかねない表現を口走った。
「とにかく、そういうことだからよろしく!」
女史はそう言い残すと、すぐさま裁判の対応をするべく自身のオフィスへとあの高級車で飛んでいった。
ジア女史を見送った——というより、女史に置いて行かれた——私たちは余った茶菓子をもそもそと食べながら、魔法少女コスチュームを纏ったゼンを見てため息をついた。
「な、何見てんだよ!」
ゼンはそう言って顔を赤くし、その珍奇な格好をした巨体を一生懸命に腕で覆い隠した。
「ねえボス、この仕事受けんの?」
姐さんがマグカップのお茶を啜りながらボスの方を向いた。
「いやいやいや! 関係ないし! どう考えても我々の手に負える話じゃないだろう! 宇宙経済は終わりだよ! バカなおもちゃのせいで!」
ボスは水槽の中で取り乱し、変身した愚かなゼンを指差してそう叫んだ。今度のストレスはこれまでの比ではないらしく、ボスの半透明の体は心なしか緑色に濁っている。
「——でも、さっき拒否権ないって言われましたよね。マーク卿とサーク卿から直接仰せつかったって……マーフィー君が反応しなかったんだから、嘘だとは思えません」
私はジア女史が資料と共に置いていった依頼書のサインを見た。一番下に、ゼノ連盟の総帥にしてゼノ社の代表取締役・マーク卿とサーク卿の直筆署名がある。私たちの住む宇宙の支配者と言っても過言ではないほどの権力者のふたりが、なぜ突然直々にこんな案件を寄越したのかは分からない。哀れなボスの体はいよいよ緑色の斑点がはっきりと現れていた。
「ステラ、やめてくれえ……言わないでくれ……もうおしまいだ! 皆には悪いけど、どう考えても断るか聞かなかったことにして放置するしか選択肢がない。とにかく夜逃げの身支度を——」
自身の選択で宇宙経済を崩壊させるかもしれないという重圧に加え、部下全員と共に宇宙の権力者に嫌われる可能性まで出てきたせいで、ボスのメンタルは限界を迎えていた。
「早まんないで! 断るにしても、まずは会社に適切に訴えるとかしないと!」
姐さんはそう言いながらボスの水槽を両手で掴んで揺らしたが、ボスはボスは風に遊ばれるビニール袋みたいに水槽の中を揺蕩うだけだ。
「どうにか夜逃げできたとしても、この問題が解決しなかったら、宇宙全体があのおもちゃのせいで不況に陥って、結局逃げた先で私たちも影響を被るだろうし……お先真っ暗なことには変わんないですね……」
私が頭の片隅に湧き上がった考えを半ば無意識のうちに呟くと、好き勝手に騒いでいた皆は静かになった。
「——なあ、どうせならちょっとでもやってみたほうが良くないか?」
十秒くらい経ってから、ゼンが沈黙を破った。
「ゼン」と姐さんが言った。
「ん? なんだよ、姐さん」
「その格好で言われても説得力ないのよ」
はち切れそうな魔法少女コスチュームを纏っているゼンを見て頭を抱えながら、姐さんはそう言った。
「あ、ああ……」とゼンはとたんに威勢を失った。
「でも——確かに、ゼンの言うとおりだとは思う」と姐さんは付け加えた。
「姐さん……! だろ? 俺たちなら出来るって!」
ゼンは嬉しそうな顔をしたが、姐さんはちっとも笑っていなかった。
「いや。仕事飛んでウチの会社に追われるよか適当にやってる感出しといたほうがいいよねって意味」
ゼンは体に癒着した魔法少女コスチュームごとすっころんだ。
「そうですね。どうせどっちみち経済混乱でおしまいです。なんなんですか二八〇京の在庫って……無理に決まってんでしょ。こうなったらゼノ連盟が破綻するまで会社に居座って給料貰ったほうがいいと思うし。万が一解決できたらボーナスとか貰えそうですもんね!」
私はテーブルの上に突っ伏しながら、姐さんに適当に同意した。
「君たちさあ……」とボスが言った。
ボスの可愛いぷよぷよした体はストレスのせいでどんどん縮んでいるように見える。
「まあ、何もしないで宇宙を追われるよか、思いっきり華々しく散った方が人生の最後にはちょうどいいかなって!」
私はわざと笑顔になってそう言った。
「ポジティブなんだかネガティブなんだか分かんねえ……っていうか解決してくれないと俺も困るんだよ!」
ゼンはそう言うと首を振った。その太い首元でサテンの可愛らしいピンクのリボンが揺れている。
「あんたの姿の方が意味わかんねえってば」
私は滑稽なゼンの姿を一瞥してそう言いながら、窓の向こうに広がる無限の宇宙に思いを馳せた。
「エアリ、どこにいるんだろう」とか、「もうそろそろこの宇宙ともお別れか……」とか、心の奥で何度かつぶやいた。ジア女史とその背後にいるマーク卿とサーク卿によって押し付けられた、壮大に迷惑な今回の問題。実質的に逃げられず、失敗も許されず、しかし解決の糸口が見えないというこの理不尽な無茶振りを前に、蒼き星地球が産んだ天才である私も虚脱させられてしまったのだ。宇宙の経済が危機に陥っているという状況、宇宙転覆を目論む悪役であればまたとない好機。しかし私は宇宙を愛し、宇宙経済の中で生きる善良な小市民である。今回のは責任が重い、裁量が大きいという次元ではない。自分の一挙手一投足が多くの人々の運命を分つような立場にいる偉い人々ってすごいんだ……。そういう子供めいた感慨に改めて浸った。
そして私は結局、「もうどうでもいい。なるようになればいい、全て運に身を任せてしまおう」という諦念の域に達したのだ。
「全く、若いもんはすぐ投げやりになる。この宇宙経済を、この手で! 終わらせることができるやもしれん好機ぞ! もっと楽しめい!」
——私の真隣にラスボス級の悪役がいた……。博士は性格がひん曲がりすぎているせいで首もくねくねに曲がってしまったのかもしれない。
収拾がつかなくなってきたところで、ボスが半狂乱で叫んだ。
「失敗して会社に責任を押し付けられたらどうするんだ! 経済を混乱させたテロリストとして週刊誌にすっぱ抜かれ、ゼノ連盟の星々全てに憎まれ……困窮した市民たちが暴走し、我々を捕まえて見せしめにブラックホールに投げ込むやもしれない……ああ恐ろしい! グレイ、君もなんか言いたまえ!」
我関せずと言わんばかりにマーフィー君と皿洗いをしていた先輩に、ボスの矛先が向いた。グレイ先輩はスポンジを持つ手を白々しく耳に当てた。
「え? 僕はどっちでもいいっすよ!」
聡明なグレイ先輩も、おそらく私と同じように壮大で絶望的な話を前に何も考えたくないのだと思う。
「ダメだ! 皆おかしくなっちまった!」
ゼンは自らの腰回りを彩るパニエの裾を掴みながら悲痛に叫んだ。
「あんたの格好が一番おかしいんだってば……」
私は向こうで小惑星が燃えるのを見つめながら、窓に反射して映るゼンへ静かに告げた。
「ったく、皆取り乱しよって情けないの。バーガックスの捕獲の時に見せた威勢の良さはどうしたんぢゃ」
博士は長く曲がった首を横に振った。
「博士、そうは言っても今回ばっかりは詰んでるよ! 終わりなんだ!」
水棲の種族なはずのボスは、水槽の中で溺れているかのように泡を吹いて捲し立てた。
「失敗して会社も何も対策を講じられなかった場合——宇宙経済が冷え込んで苦しむ人間が増える! そうしてワシが薬物や電脳空間——そういった現実逃避のための技術を発明して、大衆に仮初の安息を売りつけ大儲けができる!」
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『ハイ』
博士が目配せすると、それまで静かにしていたジュディスが頷いた。
『この宇宙に居場所、なくなっちゃうかもしれない』
ジュディスの頭のモニターに、女史の脅迫めいた指示の録画が流れはじめた。
「撮ってたの……」とボスは小さい声で言った。
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「——そもそもなんかみんな失敗する前提で話してっけどさ! 俺たち前回も出来たんだから、今回だっていけるって。いいチームだろ、俺たち」
ゼンは間抜けな格好で皆に熱弁したが、私と姐さんとグレイ先輩は何も言わなかった。
「無視!?」
ゼンは腰のリボンを引っ掴んで叫んだ。ボスに至ってはついに体表に斑点が浮かび上がり、白目を向いて気を失っている。
「——はあ。もうボスはダメだわ。部屋で休んどいてもらお。マーフィー君運んでって」
姐さんの指示を受け、マーフィー君はボスの水槽を押して上へと登っていった……。
「なんかもう、分かんないけどとりあえずやるだけやってみよ。暇だしさ。あの人にもメール整理やんなって言われたわけだし」
姐さんは頬杖をつきながらそう言った。
「まあ、そうですね……」
私は先ほども申し上げた通り、絶望の先にある無我の境地、諸行無常、風の前の塵、草舟のような心持ちである。
皿洗いを終えたグレイ先輩も渋々加わって、私たちはボス抜きで会議をはじめた。
「で、やるったってどうするんです。欠陥品とはいえ、あれだけ生産しちゃったからにはそのまま廃棄すれば宇宙環境保護法違反だし、収益もゼロ。結果的にゼノ・ダンバイ社が莫大な借金を抱えて倒産してしまうから無理。少なくとも、定価より低い値段だろうがどうにかしてこの激ヤバの品物を売り出して少しでもコストを回収しなきゃなんですよ。どう売ろうが無理だと思うけど」
誰も話し始めないので、仕方なく私がこの絶望的情報を再度確認した。
「時間も無限にある訳じゃないんだよね。ゼノ・ダンバイ社の株主たちが万が一事態を察知しようものならおしまい」と、姐さんは腕を組みながらつぶやいた。
「微生物の部分を取り外して、フツーのおもちゃとして売るのはどうだ?」
グレイ先輩は大きな目でミラクルカフカの説明書を見つめながら提案した。
「確かにデザインは可愛いけど、キャラクターブランドの商品でもないし、ただのプラスチックのおもちゃになったらとても売れるとは考えられません。微生物を取り出すためにもう一度生産ラインに差し戻す輸送費、その分の工程を行うコストも増大するし……」
私がそう言うと、先輩は肩を落とした。
「そうか……いいアイデアだと思ったんだけどな」
また皆がしばらく黙って机の真ん中にあるミラクルカフカのサンプルを眺めていると、ゼンがコーヒーに映る自分の姿を見て震え出した。
「なあ俺、一生この格好のままなのかなあ……」
「いいんじゃない。面白いし」と私は言った。
「いい訳ねえだろ!」
ゼンは体中のリボンを震わせて机を叩いた。
「まあゼンが戻れるかはどうでもいいにせよ、この商品を今のまま体よく捌く方法を考えるよりも、一度変身したら死ぬまで微生物を剥がすことができないっていう欠陥を是正していく方向性で考えてみるのがいいと思います。ま、株主たちが問題に気づく前に私たちでそれを編み出せるかって話ですけど」
私はクッキーを食べながらやさぐれた顔でつぶやいた。
「微生物が皮膚の上で繁殖して癒着しちゃうのが問題なんだろ? 服を着た状態で変身したら服はダメになっちゃうかもだけど、脱ぎ着できるんじゃないか?」
グレイ先輩の質問を受け、私はミラクルカフカの説明書を今一度見た。
「服の上は微生物がそもそも根ざして繁殖できないみたいですね。だからわざわざ使用前に衣服は脱いでくださいって書いてるみたい」
私は一番小さなサイズの文字で書かれた注意書きを見ながら先輩に言った。
「はあ!? なんだよこのクソ商品は!」
グレイ先輩はコーヒーをぐいと飲み干して酔っ払いみたいに叫んだ。
「ホントですよ……」と私は呟いた。
おもちゃ会社がこんなとんでもないものを開発するだなんて、誰も予測していなかっただろう。結果こんな問題が起こってしまい、親会社にまで影響が及んで……ジア女史があのようにストレスを隠しきれていなかったのも理解できる。私はそんなことを考えながら、ミラクルカフカの説明書に載っている微生物の顕微鏡写真を見た。
「じゃこの微生物について、もう少し調べて理解を深めた方がいいかもしれないね」
姐さんが顕微鏡写真を指さしてそう言うと、博士はミラクルカフカのサンプルのうち、ゼンが触らなかった未使用の方を手に取って席を立った。
「ならば解析はわしが引き受けよう。生物の分野は明るくはないが、これまで遺伝子実験を繰り返し——とにかく、生物実験できる設備もある。このサンプル借りてくぞ」
きな臭い単語を口に出しかけた博士は、頼もしくも自分から一番面倒で難しい仕事を引き受けると言ってくれた。
「マジ? 博士ってこういう時意外にやる気あるよね」
姐さんは満足そうに笑った。
「キャキャキャ! こんな恐ろしい微生物のサンプルが手に入ったのぢゃ。ついでに悪用できないか考えるに決まっておろう!」
博士はミラクルカフカを宝石でも扱うように大事そうに見つめた。
「自ら悪用って言わないでくださいよ……」
私は一瞬博士を見直したことをまた後悔しながらつぶやいた。
「小僧! お前も来い。皮膚に癒着した状態の微生物について詳しく調べたい」
博士はそう言ってゼンを指さした。
「おう!」
威勢よく返事したゼンは席を立った。
「クキキ。実験台が頑丈そうでよかったわい」
「あの、何するつもり?」
ゼンは博士にエレベーターの扉が閉まる直前で不穏なことを言われていた。あいつ生きて帰ってこられるのかな、と思いながら私はカップのコーヒーを飲み干して背伸びした。
「僕たち暇になっちゃったけど、どうする?」
グレイ先輩は皆のカップを片づけながら少しばつが悪そうな顔をした。博士だけが今役立つ仕事をしている状況が気に食わないのであろう。
「まあ、博士が結果を持ってくるまでは結局何もできませんもんね。自由時間にしちゃいましょう!」
私はわざと空気を読まずにそう言った。
「それもそうか、了解」とグレイ先輩は言った。
切羽詰まっているとはいえ、何も出来ることがない。事態が動くまで私も暇を潰そう。そう思って席を立った。
「あれ、どこ行くの」
姐さんに声をかけられて私は立ち止まった。絶望的なストレスにさらされた地球人が逃げ込む最後の砦——私が行くところはただ一つである。
「なんか、疲れちゃいました! だからお風呂行きます!」
私がそう答えると、姐さんは角を輝かせた。
「ずる~い! アタシも行っていい?」
「もちろん!」
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そのゲーム大会の1部を『運営推進委員会』にて一席を占める、ネット配信メディア・カンパニー『トゥーウェイ・データ・ネット・ストリーム・ステーション』社が、配信リアル・ライヴ・バラエティー・ショウ『サバイバル・スペースバトルシップ・キャプテン・アンド・クルー』として、順次(じゅんじ)に公開している。
アドル・エルクを含む20人は艦長役として選ばれ、それぞれがスタッフ・クルーを男女の芸能人の中から選抜して、軽巡宙艦に搭乗(とうじょう)して操り、ゲーム大会で奮闘する模様を撮影されて、配信リアル・ライヴ・バラエティー・ショウ『サバイバル・スペースバトルシップ・キャプテン・アンド・クルー』の中で出演者のコメント付きで紹介されている。
『運営推進本部』は、1ヶ月に1〜2回の頻度(ひんど)でチャレンジ・ミッションを発表し、それへの参加を強く推奨(すいしょう)している。
【『ディファイアント』共闘同盟】は基本方針として、総てのチャレンジ・ミッションには参加すると定めている。
本作はチャレンジ・ミッションに参加し、ミッションクリアを目指して奮闘(ふんとう)する彼らを描く…スピンオフ・オムニバス・シリーズです。
『特別解説…1…』
この物語は三人称一元視点で綴られます。一元視点は主人公アドル・エルクのものであるが、主人公のいない場面に於いては、それぞれの場面に登場する人物の視点に遷移(せんい)します。
まず主人公アドル・エルクは一般人のサラリーマンであるが、本人も自覚しない優れた先見性・強い洞察(どうさつ)力・強い先読みの力・素晴らしい集中力・暖かい包容力を持ち、それによって確信した事案に於ける行動は早く・速く、的確で適切です。本人にも聴こえているあだ名は『先読みのアドル・エルク』と言う。
追記
以下に列挙しますものらの基本原則動作原理に付きましては『ゲーム内一般技術基本原則動作原理設定』と言う事で、ブラックボックスとさせて頂きます。
ご了承下さい。
インパルス・パワードライブ
パッシブセンサー
アクティブセンサー
光学迷彩
アンチ・センサージェル
ミラージュ・コロイド
ディフレクター・シールド
フォース・フィールド
では、これより物語は始まります。
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小熊井つん
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