時計じかけの恋

雪乃

文字の大きさ
上 下
1 / 5

白百合の庭園

しおりを挟む



第三王女リリーの誕生は、その前年夭折した第二王女の存在もあり国中を悲しみから救い上げた。
姉によく似た容姿だったこともあり、そのせいか過保護ともいえる養育をされ、過剰なまでの愛を周囲は注ぐ。
専用の庭園には品種改良を重ねた新種の白百合が咲き、そのなかで無邪気な笑顔を振りまくリリーに皆虜になった。




ーージルベストも間違いなく、そのひとりだった。
多くの愛を受けて育ったリリーからはまるで幸福が湧き出ているかのように見え、子どもながらにジルベストはその愛らしさに見惚れた。



それは今でも変わっていない。
つけ加えるなら女性としてのうつくしさが備わり、リリーの魅力はますます周囲を虜にし惹きつけている。



リリーのために造られた庭園には許可された者しか入ることはできない。
婚約者であるジルベストにはもちろんそれが与えられており、今日は元々会う約束もしていなかったが王宮に出向く用ができたため愛しい女性にわずかでも会えたら、と立ち寄ったのだ。




舞台の一幕のように重なり合う姫と騎士。


繰り広げられる演舞を幕下で見せられている自分は、立ち位置を見誤った脇役だろうか。



「…」



未だ抱きしめ合うふたりに背を向け、ジルベストは無言でその場を立ち去る。
長くそこに立ち尽くしていたと思ったが侍女の怪訝な様子にそれほど時間経過はしていなかったのだと、「用事を思い出した」それだけ告げて部屋を出た。










馬車に揺られながら問い詰めるべきだったかと思い至り、リリーのことを慮ればしなくて良かったのだと改める。
下手に騒ぎ立てず正式な場で、話し合えばいい。


それがいつになるのかも、どうなるのかも分からないが。



ーー相手が誰かはすぐ理解した。
幼少のころよりリリーの護衛騎士を務めている伯爵家の次男。
リリーとはひとまわり以上年齢が離れていたはずだ。


そして燃えるような赤毛は、白に囲まれていれば余計目立った。



いったいいつからだろう、と考えてしまう。

なぜだか初めての逢瀬だとは思えなかった。








「…っ」



抱える頭の思考が回り出せば、嫉妬や怒りや悲しみが、ないまぜになって押し寄せてくる。



自分が完璧な人間だと嘯くつもりはない。
至らないところがあり、不満や不安を抱かせたことがあったのかもしれない。


けれど誠実に、敬意と愛情をもって接してきた。

リリーだけを、愛していた。



気づいたときには妹などではなく、ひとりの女性として、リリーだけを。




「…………どうして、」





拙いながらの愛を、育んでいると思っていた。


おなじように想ってくれていると、疑わなかった。


色恋に疎かった性分だから、見抜けなかったというのか。






ぽつぽつと、
小窓に水滴が当たり跳ね返る。
速い雲が集まり、空を鈍い色に変え雨音は強くなってゆく。





それを見てジルベストは、濡れていないだろうか、と。
白百合の庭園にいたひとを思った。



手酷い裏切りを受けたというのにおめでたい奴だ。
守ってくれる腕なら、自分でなくて良かったと知ったばかりで。




自嘲しながらも激情の矛先が見当たらずただ盲目だった己を責め、恥じて。


この痛みを一刻も早く無くしたいと、ジルベストは翳った灰色の瞳を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【本編完結】記憶をなくしたあなたへ

ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。 私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。 あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。 私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。 もう一度信じることができるのか、愛せるのか。 2人の愛を紡いでいく。 本編は6話完結です。 それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

処理中です...