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白百合の庭園
しおりを挟む第三王女リリーの誕生は、その前年夭折した第二王女の存在もあり国中を悲しみから救い上げた。
姉によく似た容姿だったこともあり、そのせいか過保護ともいえる養育をされ、過剰なまでの愛を周囲は注ぐ。
専用の庭園には品種改良を重ねた新種の白百合が咲き、そのなかで無邪気な笑顔を振りまくリリーに皆虜になった。
ーージルベストも間違いなく、そのひとりだった。
多くの愛を受けて育ったリリーからはまるで幸福が湧き出ているかのように見え、子どもながらにジルベストはその愛らしさに見惚れた。
それは今でも変わっていない。
つけ加えるなら女性としてのうつくしさが備わり、リリーの魅力はますます周囲を虜にし惹きつけている。
リリーのために造られた庭園には許可された者しか入ることはできない。
婚約者であるジルベストにはもちろんそれが与えられており、今日は元々会う約束もしていなかったが王宮に出向く用ができたため愛しい女性にわずかでも会えたら、と立ち寄ったのだ。
舞台の一幕のように重なり合う姫と騎士。
繰り広げられる演舞を幕下で見せられている自分は、立ち位置を見誤った脇役だろうか。
「…」
未だ抱きしめ合うふたりに背を向け、ジルベストは無言でその場を立ち去る。
長くそこに立ち尽くしていたと思ったが侍女の怪訝な様子にそれほど時間経過はしていなかったのだと、「用事を思い出した」それだけ告げて部屋を出た。
馬車に揺られながら問い詰めるべきだったかと思い至り、リリーのことを慮ればしなくて良かったのだと改める。
下手に騒ぎ立てず正式な場で、話し合えばいい。
それがいつになるのかも、どうなるのかも分からないが。
ーー相手が誰かはすぐ理解した。
幼少のころよりリリーの護衛騎士を務めている伯爵家の次男。
リリーとはひとまわり以上年齢が離れていたはずだ。
そして燃えるような赤毛は、白に囲まれていれば余計目立った。
いったいいつからだろう、と考えてしまう。
なぜだか初めての逢瀬だとは思えなかった。
「…っ」
抱える頭の思考が回り出せば、嫉妬や怒りや悲しみが、ないまぜになって押し寄せてくる。
自分が完璧な人間だと嘯くつもりはない。
至らないところがあり、不満や不安を抱かせたことがあったのかもしれない。
けれど誠実に、敬意と愛情をもって接してきた。
リリーだけを、愛していた。
気づいたときには妹などではなく、ひとりの女性として、リリーだけを。
「…………どうして、」
拙いながらの愛を、育んでいると思っていた。
おなじように想ってくれていると、疑わなかった。
色恋に疎かった性分だから、見抜けなかったというのか。
ぽつぽつと、
小窓に水滴が当たり跳ね返る。
速い雲が集まり、空を鈍い色に変え雨音は強くなってゆく。
それを見てジルベストは、濡れていないだろうか、と。
白百合の庭園にいたひとを思った。
手酷い裏切りを受けたというのにおめでたい奴だ。
守ってくれる腕なら、自分でなくて良かったと知ったばかりで。
自嘲しながらも激情の矛先が見当たらずただ盲目だった己を責め、恥じて。
この痛みを一刻も早く無くしたいと、ジルベストは翳った灰色の瞳を閉じた。
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