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「ーー…何をしたの…!ルコラに…ッ何をしたのよ…ッ!!」

「止めなさいセナ…!」




前回・・、最後に見た表情に似てる。
決意めいた表情。


今回違うのは、それに憎悪が込められてるくらいか。





飛びかかってきそうな勢いの令嬢を父親の侯爵が止め、母親が抱き竦めているのをブライスは黙して見ていた。



「…バーンズグール侯爵令嬢、言いにくいことだがクレソン侯爵令嬢は自らーー「彼が何かしたとしか思えません…っ何か言ったんです、ルコラを追い詰めるような何かを…!」



キュリオが口を噤む。それを見て令嬢は悲鳴のように名を呼んだ。



「…っ、殿下、ルコラは、不安がっていました…わかっていながら送り出した…!二人きりでなんて思わなかったから、聞いていなかったから…!
…殿下、何故…っ」

「…セナ!」

「あなたたちもどうして黙って見ていたの…!マリアン離れないでと言ったはずよ…!クラス、ゴイル…!守るように言ったでしょう…!」



低頭したままの侍女と護衛に声を張り上げる。
髪を乱し、涙に濡らして。





昼食会での遠回しだが探るような問いかけ。
怪しまれるのは当然だった。


令嬢はほんとうに、彼女のことを大切に想っている。
見誤ってはいなかった。






過ちを犯したのは、



「彼らに罪はありません。キュリオ殿下の名を出し私が下がるよう命令しました。彼らはそれに従ったまで。」

「…っ」



ーー前回でさえ選ばなかった選択を、させたのは俺だ。




想定していた最悪の選択ケース



「申し訳ありません」



ーーーーしていたのか、ほんとうに。




失望が音に乗り、白々しくすら聞こえただろう。





「……わざわざ二人きりを選んで舞台を整えたのね」



地を這うような声に息を呑む音と、厚い平手の鈍い音。



「いい加減にしなさい。」

「あなた…っ」

「殿下、ブライス殿、数々の不敬と非礼をお詫びいたします。申し訳ございませんでした」

「……かまわない。頬を、冷やしてあげたほうがいい…またあとで話そう」



侯爵の辞去の言葉とともに去る間際にも、令嬢の双眸には強い憎しみと怒りがあった。
打たれ赤くなっている痛みなどどうでもいいように。





それを受け止めてから踵を返す。
奥の扉を開け、結界と防御魔法に守られた氷像のような少女を見下ろす。


小鳥ほどの弱い鼓動で、狭間にいる少女を。










反吐が出る。

見通しも、何もかも甘くーー



彼女のことなど、


何ひとつ思いやることのできない自分に。



ーー自死を、

死にたいと、

思わせるほど耐え難いことだったとは思わなかった。


時間をかけてわかってもらおうと思ってた。


そんな時間も彼女は、要らなかったんだ。




……それなのにまた、意思を蔑ろにして引き留めていることに。


彼女は目覚めて、絶望するんだろう。





彼女は微笑んでいた。




それがいつだって、眼に焼きついて離れない。



消えない。










「ーーブライス」

「頼んだ件どうなった?」

「緊急事態だ。魔力が必要となるなら我が国では難しいということは承知しておられる。
返答が届き次第許可は下りるだろう」

「よかった。ありがとう」

「…クレソン侯爵令嬢は助かるのか?」

「向こうに行けば可能性はあると思う。リアがいるから」

「…そうか」

「うん。一緒に行くけど戻ってくるから、掃除・・、手伝ってくれると助かる」

「当たり前だ。元々こちらの問題であったんだから。全力を尽くすさ。…今更だがな」

「キュリオ」

「なんだ」

「…………迷惑かけてごめん」

「ブライス、俺は、……間違っているとは思わない」



隣りから感じていた視線が逸れる。
愚鈍な動きで見やれば横顔は痛ましげに彼女を見つめていた。
深い藍色の髪をぐしゃりとかき乱し、



「お前が何をしたか・・・・・は知らない。
何があったかも知らないうえで無責任な発言だともわかっているがーー…少なくとも今、お前がしようとしていることは間違っていない。
だから迷うな。揺れるな。わかってもらおうなんて、委ねるのは止めろ。
自分で決めたことならそれを最後までやり遂げるんだ」



キュリオは清廉な人間だ。自分との対比に自嘲する。



「……新しい世界を見せてやるんだろ?目覚めてそれを知る彼女が、僅かでも希望を感じてくれることを祈ろう」








彼女の望みはきっとべつのところにある。


それを叶えてやることが、俺にはできない。







ーーもう戻せない。足りない・・・・





「…………ごめんね」







呟きはいつかとおなじで、虚しさだけを残した。
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