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侯爵令嬢②

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『誰にだって言いたくないことくらいありますよね!?……どうせ言っても無駄・・・・・・・・・だって知ってたら話せないと思うし…!だからセナさまがどうとかではないと思うんです!』




具体的なことはひとつも言われていない。
なのに思い当たる事実がわたしを苛む。




ルコラは何かを抱えている。
言いたくないようなことかもしれない。
知られたくないことなのかもしれない。


ルコラは何も、話してくれない。


それはーー


わたしがそれ・・に、値しないからなのか。




暴きたいのではない。



ただ力になれないかと、思っているだけなのに。







『…』



ーーーー頭が、痛い。










『…………セナさま?大丈夫ですか?』

『ーー、えぇ、』

『…』

『…っ、…なに?近いわ』

『……ふふっほんとだわ……もう大丈夫・・・みたい……。お義姉さまのことをお願いしますわ、セナさま。
……仲良く・・・、してあげてくださいね……?』





真っ黒な底のような両眼に覗き込まれたのを最後に、わたしの思考は朧げに腐っていった。














『セナ、おはよう』

『…』



おはよう、と、口にしたつもりだった。


いつも通り。


けれどわたしの言葉はすり抜け、身体は通り過ぎる。




ーーどうして、


何をしているの、わたしは。


ごめんなさい、ちがうのよ、



「ーー…ッ」



どこかで思うのに呼びたい名前は喉に詰まり、考えれば考えるほど頭痛は酷く顔が歪む。



ーーやがてカノンが来て色々話しかける。

わたしはの顔も、見れなかった。



視界に白青の髪色がちらつく。表情はわからない。





……わからない……?ほんとうに……?




息苦しくて、その日は逃げるように邸に帰った。
少し治る痛みのなかで自分のしたことに後悔し、明日謝ろうと泣きながら何度も思った。


泣かせてしまっただろうか。傷つけてしまった。

大事な、大好きな、友だち・・・をーー。





 

ーーそれなのに。


謝ることなど、一度だってできなかった。









何も言わない・・・・・・
何も、しない。



そうしなければいけない。




そうでしょう?と頭のなかで問いかけても、答えてはくれないのに。



寂しそうな、諦めたような表情の誰かが、いるのに。







違和感も、どうしてと思うこともなくなり、視界に誰かが映らなくなり、その存在が消えた








ーーーーある朝。



目覚めて、気づく。


あんなにも酷かった頭痛が止んでいることに。



久しぶりにすっきりとした気分で登校した。




『ーー…カノン!おはよう!』



わたしは大好きな友人と二人・・で、教室に向かった。

















「…ッ」



思いだせる。ほとんど、自分のしたことを。


駄々をこねる幼な子みたいに、構ってもらえないから拗ねていただけの、どうしようもない感情を燻らせていたせいで。



大切な友だちを見殺しにした。





命を弄ぶのは人間だけ。


ひとでなしの密猟者のように、人間ルコラという獲物を狩った。


すでに傷ついて、弱っていたところを寄ってたかって追い詰めて、命を刈り取った。




こんな仕打ちを誰も受けるべきじゃない。
こんな死に方をルコラはするべきじゃない。



どんなに、どんなに、どんなに、苦しかったか。



見せかけだけの友情で、信じきることもできないで惑わされて。


こんなに醜いわたしを、ルコラはきっとゆるしてはくれない。



みっともなく縋り、乞うことすらもうできない。



もうどこにもいない。



わたしが、
わたしたちが、


囃し立て、この世界から追い出したのだから。










「…………不思議な話がね、あるんです」



鮮明になるほど身震いは酷くなり、
両腕を握りしめながら身を竦めても震えは大きくなるばかり。




「ルコラ嬢が眠る侯爵家の墓地ですが、…誰も入れないそうなんです」



存在を忘れかけていた魔術師の言葉が、突き刺さる。



「少し語弊があるな…無関係の人間は花を手向けることができる。……初めて事情を知った者や、市井の子どもたちなんかは」

「…」

「……でも関係者は誰ひとり、会えない・・・・

「…」

「ルコラ嬢は魔力があまりなかったそうですが、死後強まる思いはあるから、それがこういうかたちで現れているのかもしれない。
……そうやって自分を守っているのかもしれない。
守ってくれる者のいなかった世界から、自分を」

「…っ」



今までも、今も、ひとりで。



「……想像を絶する苦痛と孤独のなかで、そう・・するのが当たり前だった。目を閉じるしかなかった。」



ーーねえ、ルコラ。

いつから諦めていたの。

気の遠くなるような昔から、諦めていたの。



わたしはただ、寄り添っていればよかったの。



ーーあなたが、笑っているのなら。




「……ルコラが平気よと笑うなら、わたしも笑っていればよかったのかしら……ルコラがそう決めていたのなら、最後まで居場所をーー」



心から安心できる場所をひとつでも、与えることができていたなら。



その心は溶けて、


わたしは最後まで、味方でいることができていたの。












「……それが間違っているだとか、そんなの寂しいだろうとか、……そう思うことがそもそも間違いなのかもしれない。
……きっと怒るだろうな・・・・・・・・・……」



言葉尻ぼそりと聞こえたのは、自嘲するようなつぶやき。



「…?、…あなた、ルコラを知っているの…?」

「いいえ、何も。」



即座に否定し窓の向こうへ視線を移す魔術師の眼には、何が見えているのだろう。



「起きたことは変えられないし、過去を無かったことにもできません。でもあなたが彼女を大切に想う気持ちを、…誰かがそう想っていたということを知らないままでひとりぼっちだと思っているなら、そうではないんだと、…知ってほしいんです」

「…伝える術があるみたいに言うのね」



それには答えず、ふ、と口角をわずかに上げ、会いに行ってみたらどうですか、と言った。



「、…………入れて会ってくれっこないわ」

「ーーだとしても。独りよがりだと罵られても、罵倒されても。
考えることを止めてしまえば自分に言い訳を与え続けることになる。
行った行為も、…この先の行動も、誹りを受けようが結果は覚悟を持って、受け止めなければなりません。……であろうと」



自分の愚かさを嘆き涙して、酔いしれてる場合じゃない。

言われるまで、気づかないなんて。



未だに答えを求めていることこそ愚かなのだと気づくべきなのに。






眼を開き、省みて刻む。



ひとを死に至らしめた者には永遠の罰とけることのない戒めを。
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