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侯爵令嬢①

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「ーー…話してほしかったのよ。
わたしたちは友だちよ。困ってることがあるなら力になる。助けるのが当然よ。
……でもルコラは、平気よって笑うだけ。…何もないわ、って。問い詰めても教えてくれない。
ーー何も、…何も、話してくれなかった」

「…」

「見守るしかなかった。尊重していたつもりだった。…………でもずっと思ってた。
どうして話してくれないの?わたしたちは友だちじゃないの?わたしのことを信じてないの、どうして、どうして、って、…………わたしはただ、力に、なりたかっただけなのに、
…………その気持ちがルコラを傷つけていたの…………?
そのせいで利用されて、っ、苦しめてたの……?
友だちなのに…っ、わたし、…わたし、…なんて酷いことをしたの…っ」

「……あなたのせいではありませんよ。」

「っ気休めはやめて…っ」

「必要でしょう?」

「っ、」

「……あなたはルコラ嬢の友人だ。救おうと、ーーしていたんでしょう?」

「そんなの思うだけで何もしなかった…!
何もできなかった…!…っ、……ごめんなさい、ルコラ、……ルコラ……ッ」





ねえルコラ。

何が正解だったのかしら。

あなたのいうことなんて聞かないで、連れ出していれば。

行動を起こしていれば。


わたしが、あなたの苦しみに気づくことができていれば。




わたしたちは友だちのままで、

あなたはわたしの隣で、笑っていたのかしら。
















ーールコラに出会ったのは学園の入学式だった。


ひょろりと背が高く、痩せすぎに思われる体躯。
糊がついたままのような新品の制服は少しサイズが大きいようで見映えが良いとは決して言えない。

姿勢良く前を見据える姿が目についた。




成績上位二クラスのうち、最上位に入れなかったわたしや他の生徒は落ち込んでいたけれど、おなじクラスのルコラは気にも留めていない様子がまたわたしを惹きつける。

教室では静かに過ごし、休み時間には読書。
ランチの時間にはふらりと姿を消す。
礼儀正しく挨拶を交わし、お喋りの輪に加わることもしない。


気になって仕方がない。

友だちに、なりたかった。






『……本が好きなのね。何を読んでいるの?』

『ーーバーンズグール侯爵令嬢様に、『止めてよ、学友クラスメイトじゃない。おなじ侯爵家同士敬語も止めましょ』

『…』

『神話ね。二十巻くらいある大作でしょう?わたしは数巻で閉じてしまったわ。うちの書庫で埃を被ってるはず…。母以外読書好きな家族がいないから、そういう本が多いのよ』

『……わたしも、』

『え?』

『……わたしの母も読書が好きで、……この本をよく、読んでくれていたの』

『神話が子守唄代わり?素敵なお母様ね』

『ーーえぇ、大好きな母でした…』



母親を思い出してくたびれた背表紙を撫でる、いとおしさを滲ませた優しい表情を今でも思い出せる。


ーーあの婚約者のことを話すときだって、そんな表情をしていた。

それがいつからか、変わって。


味方がいなくなることを知ったあなたにとって。

わたしやカノンでさえ、それにはなり得なかった。
あなたには自然なことだったのかもしれない。


わたしはそれが悲しくて、悔しかったのかもしれない。








ぽつりぽつりと自分の話をしてくれた。
お母様のこと。ーー後妻親娘が、いること。


でも肝心なことは聞けなかった。


カノンとも仲良くなって、三人で代わる代わるダンスの練習をしたわね。
男性パートも覚えなきゃいけないから大変だったけれど、苦手なカノンをリードするあなたを揶揄えば大きく破顔した。

うちの書庫に案内したときには目を輝かせて、お母様の愛した神話の続きを夢中になって読んでいた。
『最後の数冊がどうしても見つからないのよ…』寂しそうにつぶやいたあなたのこと、忘れてなんかいなかったのよ。



わたしはあなたのことが大好きで、
だから、悩みがあるなら打ち明けてほしかった。



わたしは焦っていたのかもしれないわ。






ーーあの旅行に誘ったことは失敗だった。


傍若無人なあの義妹。


あなたの心象まで、悪くしてしまった。




そうしてわたしは、待ち構えていたそれに飛び込むように罠にかかってしまった。






『ーーセナさまっ』

『…………何の用かしら』

『まあ!そんなに冷たくしないでくださいませっ旅行のお礼を言いにきたんです!』

『お礼じゃなくお詫びの間違いではないの』

『まあうふふ…っ…セナさまのような素敵なお友だちがいてお義姉さまがうらやましいわ…。


ーーでもお義姉さまったらこーんな素晴らしいお友だちがいるのに……どうか怒らないで、ゆるしてあげてくださいね、セナさま』

『…………何を言っているのか分からないわね』

『セナさまを信用していないってわけじゃないと思うんです…だって 心から信頼している・・・・・・・・・友だちならーーやだごめんなさい!そうじゃなくって、ーー』




戯れ事だと分かっていたのに。


今でも鳴り止まない頭痛が、夢ではないんだと愚かさをわたしに突きつける。
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