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伯爵子息①
しおりを挟む『ーー…すべて詳らかになり、陛下の沙汰が下るまで除籍も勘当もしない。私たちの処遇もそれまで保留だ。卒業まで学園にも通わせてやる。たった三ヶ月だ、耐えられるだろう?
ルコラ嬢は八年もたったひとりで耐えていたのだから。…頭痛?だから何だ?それはお前が耐えるべき痛みのひとつだろう。無論比べるべくもないがな。
孤独の痛み、蔑ろにされた痛み、…血を分けた実の父親に命を奪われ殺された痛み。
毒婦とまぐわう婚約者の悍ましい姿を見せられた痛み…。
お前がのたまう苦痛とやらが、どれかひとつでも勝るものがあるというのか?
…代官に任せ、王都に来るべきだったよ。
ルコラ嬢の手紙を疑いもしなかった。書かされていたとも知らず、睦まじいと信じ何もしなかった私たちも同罪だ。
…騙されていた?…そうだな、お前の手紙にもすっかり騙されたよ。
抗えなかったとはいえ、おかしいと思った瞬間があったはずだ。必ず。違和感を感じたはずだ。
なのにお前は何もしなかった。乗ったんだ。
素直に好意を伝えることの何が恥だというんだ?
くだらない見栄や虚栄心を優先しひとを傷つける行為こそ恥ずべきことではないのか?
結果お前は道化のように踊り狂い間接的にルコラ嬢を殺したんだ。
……お前だけが、気づいてやれたのに。』
父の言葉が重石となって自身に積み重なる。
罪の数だけ、それは増えてゆく。
一言一言に沈められて、証が刻まれる。
痛みをどうにかしたくて未だ言い訳を並べる最低な自分に返ってくるのは蔑んだ視線と、
でもお前は生きているんだろうという現実。
彼女のいない現実。
彼女はもう、何も感じることはできないという現実。
痛みや苦しみから解放された彼女に、それは少しでも救いになっているだろうか。
ーー違う。
そんなものはこちら側の勝手な言い分で、都合で、解釈だ。
痛みに歪ませながら自嘲する。
後遺症に苛まれ、きしんだ髪に痩せ細り体力を失くした情けない己の身体。
窶れて落ち窪んだ顔色は死人のようだが自分は生者であり、生者には死者の声を聞くことなどできない。
答えを知ることは、永遠にできない。
好きだった、ずっと。
なのに俺は何をしてきたんだろう。
忘れたいのに日を追うごとに鮮明になって、自分のしてきたことを突きつけられる。
ーー最初は。
再会した彼女が綺麗になっていて、まぶしくて、見つめることも、上手く話すこともできなくなっていった自分のキッカケとしての道具。
どうでもよかったそれを介していれば話しかけることができたし、視線を向けることもできたのがうれしかった。
なのにいつのまにか道具になっていたのは自分で、それは嬉々として彼女を傷つけるものになっていた。
隙があったのなら、間抜けに浮かれていたんだ。
彼女を見もしないで、馬鹿な軽薄さをさらして、
それがかっこいいことだと勘違いして、喜んでくれていると思い込んでた。
おかしいと、思ったことは何度もあった。
なのに異常な高揚感に支配されて考えられなくなってた。
いつからか饒舌さは棘を持ち、彼女を攻撃する。
なぜつまらなそうにしているのか、なぜ笑わないのか。
ーー…のほうが、よほど愛らしい、と。
一度口に出せば止まらなくなり、真実その通りだと思えてきた。
よく笑い、耳に残る声。熱くうるんだ瞳。
触れる体温。
すべてに刺激され、ぼうっとなる思考は目の前の彼女がみすぼらしいと訴えていた。
自分には相応しくない、どうでもいい、必要ないと。
今ならわかる。
笑えるはずがない。
喜んで、いるはずがない。
地獄のような日々を過ごしていた彼女の唯一の支えになるべきだった人間が、
そうなれたかもしれないはずの俺は、彼女の悪夢の原因と目の前で醜い茶番を繰り広げて、
それを笑って見ていろと、彼女の痛みをただ増やしただけ。
自分の悍ましさに、全身が粟立つ。
「…っ」
立っていられなくなり、老体のような身体がよろける。
父の指示か、執事が椅子を寄せてくれるが背を掴むことすらできない。
ーー辛いなどと、よく言えたものだ。
こんな痛みなど、
どんな痛みであろうと、
口に出せるはずがないというのに。
それでも俺は、一線を越えるつもりなんてなかった。
やわらかくしなだれかかってくるのを受け入れても、くちづけすら、するつもりはなかった。
そうたしかに思っていた最後の砦のような思いも脆く崩れて、気づけば淫蕩に耽る薄汚い塊がふたつ。
引き返すには俺はもう、遅すぎた。
今ならわかるのに。
会えなくても交わした言葉は星の数ほどあって。
たとえ惨めをさらしても、
かっこわるい自分が退屈を過ごさせても彼女は、
ーー彼女は、
きっとやさしく、微笑んでくれただろう。
「…………っ、めん、…ッ」
「…」
「……ごめん……っ、なさいっ……」
「……誰に対しての謝罪だ?」
「…ッ」
「誰に対してでも、……遅すぎたな」
父の言葉に、潰されてゆく。
「後継となるこの世に生まれたばかりの孫は、預かり知らぬ罪を背負い、死ぬまでひそかな罰を受けるだろう。そうして私たちも死んでゆく。
血なんて関係ないという者もいるだろう。否定はしない。だが私たちはそうもいかない。
与えられる恩恵が多いほど、受けるべき咎もまた重い。よしんば家名を残すことができたとしてーー私たちはもう、上を向いては歩けない」
まだ目も開かぬ子の人生を奪った罪。
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数多の人生を奪った罪。
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……そのままちいさいままでいてくれればと、夢を見る。
そうしていつか、お前たちの子がおなじように駆け回り笑っているーー素晴らしい景色が浮かぶ。
……それが叶わないことが残念だ……」
すべてを奪った罪。
もう二度と叶わない。
夢を見ることもゆるされない。
彼女は二度とーー。
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