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侯爵代理②
しおりを挟む「殺してくれ」
「最後に覚えていることを教えてください」
「殺してくれ」
「八年前ですから覚えている者は多くなかったですがいくつか証言は取れました。
ーー緋色の髪をした貴族の男が、毎夜のように酒場に現れていた、と。薄いブルーの瞳。
恐らくあなたでしょう。覚えていますか?平民街のかなり怪しげな店にも通われていたようですね。
その何処かで、あの親子に会ったのではないですか?」
「殺せ」
「背景を探ることも重要なんですよ。十中八九単独だとは思いますけどね。」
「殺してくれ……ーー頼む……」
「…」
「頼む……」
「あなたを殺して何になるんです?」
その通りだとハルディオは思った。
でもそれしか浮かばないのだ、とも思った。
暴れた瞬間拘束魔法で括り付けられ、舌を噛もうとした瞬間自衛魔法を発動された。
発狂されては困ると。そんなことはさせない。逃げるなと。
おかげで思考はどこまでも正常だった。
妻を裏切り悪魔を家に引き入れ家族ごっこに興じる夫。
幼い娘の成長を見守るどころか、
長年虐げて命を脅かし、それを奪った父親。
そして犯した罪すら覚えていない。
誰に謝まればいい。誰もいない。
妻も。娘も。
ルコラ。
どんな気持ちだったのか。
ひとりで。
狂った人間に囲まれて。
悪意にさらされて。
味方もいない孤独な世界で。
十歳になったばかりだった。
心まで疲弊したその小さな身体に、私は何をしたのか。
十八歳だったという。
八年。
八年もの、長い間。
どんな言葉でも言い表わせない。
何故覚えていない。
ルコラ。私の宝。
暗闇を恐れない子だった。
星の輝きを、月の穏やかさを、夜のうつくしさを、
そこに、大好きな母がいると知っていたから。
まぶしい太陽の下で、静かな雨の中で、
いつも笑顔を咲かせてくれていた。
それを根こそぎ奪って踏み躙った。
何故、覚えていない。
助けてと泣いただろう。
怖いと泣いただろう。
どんな気持ちだったか。
それが絶たれて、絶ったのが父親だと知ったとき。
子が、
親より先に死ぬなどあってはならないことなのに、それをしたのが実の父親だと知ったとき。
今見つめているこの手がそれをしたのだ。
震えが止まらない。
泣くことなど許されない。
そんな資格はない。
謝ることも。贖うことも。
「…………見方によってはあなたも被害者だと言えるでしょう。
夫人を亡くされ悲しみの淵にいた心の隙間を狙われた。奴らにすれば弱っていたあなたをどうにかするなど簡単だったでしょう。
だから精神干渉の類の魔術一切が禁止されているんです。当人の意思関係なく罪を犯させることもできるんですから」
ルコラ。私の、私たちの、宝。
「だからといって許されることじゃない。
そこにあなたの意思がなくとも事実はなくならない。あなたの娘は死んだ。あなたが殺した。
あなたはこれから真実を知って自覚しなければならない。覚えのないこと、記憶にないことすべて知らなければほんとうの意味で罪を理解するなんてできない。
ーー俺はルコラ嬢の死に顔を見ました」
「ーー」
顔を上げた自身の勢いに周りがざわめくが、眼前にいる変わった髪色をした異国の魔術師は意に介さない。
「何時までかかるかわからないし、拷問のような時間が続きます。終わるかもわからない。最後まで耐えられますか?もしそれができたら、どんな表情だったかお教えしましょう」
それと。
「殺せだの死ぬだのと戯れ言は今後控えるように。
あなたのそれと彼女のそれ、言ってて虚しくなるだけでしょう。……聞いてて吐き気がする。」
物音も立てずに立ち上がり見下ろされる威圧に、ハルディオは罪のはじまりを知った。
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