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しおりを挟むルコラ・クレソンは八歳のときに前世を思い出した。
日本といううつくしい国。
そこで、髪がきれいだといつも褒めてくれていただいすきなひとと結婚した翌日、交通事故で死んだことを。
ルコラは泣いた。
半年前に失ってしまった母への恋しさと、残された夫を想って。
それでもルコラはしあわせだと思っていた。
父は忙しくても愛娘をほったらかしにすることはなかったし、
使用人たちもみんな家族のようだった。
母がいなくなってしまった寂しさはなくならないけれど、
愛情深かった母が見守ってくれているような、変わらずあたたかい家だと感じることがいつも、できていたから。
そのなかで、だいすきだったひとたちのことを思い出す時間がすきだった。
そんな優しい世界がまるで天変地異が起きたかのように根こそぎひっくり返ってしまったのは、母の喪が明けたころ。
亡くなって一年と少しが過ぎたころだった。
父が急に再婚すると言って、ふたりの人間を連れてきた。
わたしも、執事をはじめ使用人たちも誰も知らなかった。
継母となる女はアニタ、その連れ子はルコラと二歳違いのロレイン。
濃い化粧にキツい香水。豊満な肉体を隠せていない胸の開いたドレスは下品としか言えず、アニタはどう見ても平民の、娼婦だった。
不快だったのはそっくりな赤い髪をしたロレインも、幼いながら母親とおなじ匂いを纏っていたこと。
年端もいかない少女が、それと意識して媚びた視線を向けてくるのが恐ろしかった。
第一印象は最悪。
共通認識として危機感を募らせたのは、父以外。
その父は周囲の制止も聞かず反対を押し切り再婚し、『よかったね、ルー』と両親しか呼ばない愛称でわたしに言った。
母がこよなく愛した薄氷の瞳に涙をためて、ほんとうによかったと。絶望しているわたしに言ったのだ。
父の瞳にわたしが映ったのも、名前を呼ばれたのもその日が最後だった。
しばらく経ち、それは始まった。
重苦しい空気には気づいていた。
あんなに溢れていた母の面影が邸からもひとからも消えていた。
最初はただ聞こえなかったのかと思った。
無視をされる日々が続き、会えない日が続いても、
忙しいからだと、疲れているからだと理由を思い浮かべて、不安を押し殺した。
ある日廊下で久しぶりに父に会えた。
どうしたらいいか迷いながらも恐る恐る話しかけると、顔を上げた父がやわらかく笑ってくれた。
どれくらいぶりの笑顔だろう。
やっぱり、勘違いだったんだ。
わたしはさみしくてうれしくてたまらなくて、泣きながら駆け寄った。
ーー父は、わたしなど見えないかのように素通りした。
自分の勢いで尻もちをついたわたしがのろのろと情けなく上げた視線は、父が向かった先を追った。
そこにはロレインがいて、父の笑顔の正体を知った。
ロレインは父に抱きつきながら、無様なわたしを嘲笑していた。
わたしは透明人間になってしまった。
父にはわたしが見えず、新たに迎え入れた妖艶な妻とその愛らしい容姿の義娘。
クレソン侯爵家は以前と変わらず三人だけになった。
父はしあわせそうに笑っていた。
使用人たちも、それをしあわせそうに眺めていた。
わたしの前世を含めたしあわせは、そこで潰えた。
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