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プロローグ
しおりを挟むその光景を見て、笑うしかなかった。
腕の咬み傷ばかり気にして、そればかりに気を取られて。
獣のように、襲うことはしない。
傷つけない。
それを言い訳になんか、ぜったいにしない。
好きだと言って、打ち明ける。
伝えさえすれば、伝えれば、時間がかかっても大丈夫だと。
「……は、」
気持ちを聞いてもいないのにそう思い込んでた自分の滑稽さ。
特有の傲慢さ。
笑うしかなかった。
どうあっても俺に流れる血は、添い遂げられる運命ではないらしい。
かっさらうこともできない。
無理矢理奪うことだけはできない。しない。何があってもそれだけはぜったいに。
ーー…そのために、俺は、
おなじ轍は踏まないと決めた。誓った。
正しくない連鎖を断ち切って、乗り越えて、掴み取る。
ーー…やっと、
やっと、管理できるようになったのに。
そうなる前に気持ちを告げるには、自信がなかった。
初めて判ったときだって、薬を飲んでいなかったら襲いかかっていただろう。
噛み付く腕がなければ、意思など無関係に身体を暴いていただろう。
本能の赴くまま、欲望のままに、置き去りに。
叫びたくなる衝動を、押し止めるのが精一杯。
手のひらに食い込む爪の鋭さに意識を保っていなければ立っていられない。
大丈夫だと思ってた。
そばにいるんだから。
俺がいちばん、近くにいるんだから。
やわらかい陽の光のような栗色の髪が揺れている。
風に吹かれた花びらを除くために男が手を伸ばす。
その瞳は、焦がれて止まない色。
それが見つめる先。
ずっと見ていたからわかる。
好きだからわかる。
「…………ケイト、」
俺の声なんか、届くはずもないってことが。
その日。
俺はひとが恋に落ちる瞬間を見た。
好きな女が、恋に落ちた瞬間を。
そして俺は知らなかった。
誰にも祝福されない恋に、自分が落ちていたことを。
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