愛を乞う獣【完】

雪乃

文字の大きさ
上 下
42 / 46

EX.うつくしい夜②

しおりを挟む



「ーー…おいしいですか?」

「はい、いつ来ても。リツさんは?」

「俺も好きです。いつもかわいいと思っています」

「……魚が?」

「そうですね、不思議な味ですよね」

「…たしかに。煮込んでるのは珍しいかも…」

「真剣な表情もかわいい」

「、…からかわないで、たべて、」

「食べてますよ?」

「リツさん少食なんだもん…わたしのほうがぜったい食べてる…」

「俺にはあなたの作ってくれるごはんのほうがおいしいけど」

「うーーれしいけどここではだめです失礼です聞かれてたら、「ついてる。」



くい、とくちびるの端をぬぐわれてその指をそのまま自分の口もとへ持っていったリツさんは、ちいさく音を立てそれを舐めた。



「……おいしい」

「ッ」

「…大丈夫、誰も見てませんよ」



そう言って頬杖をついている首をかしげ、ゆるりと微笑む。


…見てないじゃなく、聞かれたら困るって、話だったんだけどな…おんなじか。…なんか、もう、



「…おなかいっぱいです…」

「お皿も空ですしね、出ましょうか」

「!」



いつのまに、…ほとんど平らげたのはわたし…?


自分の食欲に愕然としてると、たくさん食べるひとは素敵ですね。なんて、逆じゃないかな?と思うようなせりふを言う。

目がやさしくて困る。




リツさんはなんていうか、全肯定、してくれる。
わたしのことを決して、否定しない。

それはたとえ間違ったことをしたとしても、咎めないようなーー

おかしいけどそんな雰囲気があるから、とまどいながらわたしも間違えないようにしなくちゃって、そう思えてけっこう素直に、何でも話せたり、する。



「…食べすぎました…」

「おいしかったですね」

「ぜったい太る…」

「かわいいでしょうね」

「リツさんだめ。甘やかしたらだめです。叱ってくれないと、食べすぎだって」

「どうして?そうしない理由がないし、どんな姿でもあなたがかわいいと思うのは事実です」

「…」

「はい、スタープラム。売り切れてなくて良かったですね」

「…、」



あーん。

真顔でとんでもないことをさらりと言うひとに差し出されるまま、お目当てだったお菓子を口に含む。


…あまい…おいしい…だめだ…



「……おいしい?」

「…」



無言でうなずけば、よかったと目を細めてわたしの手を絡め、「行きましょう」笑う。



目が、やさしい。


リツさんはやさしくて。


わたしは甘やかされすぎて、だめ人間になってしまいそうだ。


















「…………リツさんここに、来たかったんですか?広場……?」



町の外れのほうにある広場。
お祭りや催し物があれば賑わう場所だけど、今はすっかり夜で。暗くて。
街灯の灯りだけの、静かな場所。


微笑むリツさんに促されながら、ベンチに座る。

手は、つないだまま。



「あの日、……あなたが好きだと言ってくれた日も、ここに来たんです」




サーカス。



月を見上げながらひとこと、零す。



「え、…?」

「ここで。…覚えてますか?」



問われて、記憶を探りすぐ、思い出す。


何年もまえ、子どもだったころ一度だけ見た。



ーー絵本のような世界で、不思議で、すこしだけこわくて、どきどきした。
でも目が離せなくてお母さんの手を握りながら夢中で見ていたことを。



「……覚えてます、けど、……?あれ、話したことありました?」

「俺もそこにいました」

「ーーえ、…え?そうなんですか、…すごい偶然…わたしは両親と来てて、「知ってます」



見てたから、と。
わたしへ視線を戻し、反対の手を頬に伸ばす。



「……ほんとに夢みたいだ」

「?…リツさん、?」



揺れている。

それが、

泣きそうに見えるのは気のせいだろうか。



「あなたを見てたのは一員だったから」

「ーー」

「俺はサーカスで飼われて・・・・いました」



ーーリツさんが自分のことを、かなしくなるようなたとえで言ったことが、

そのときの話が、ざわざわとかき集められ頭のなかや胸の奥を占めてゆく。



「前に、少し話しましたがロクでもない人生でした。親の顔も知らないし言葉だって喋れなくて。
…変わった毛色・・だったから、そういう意味では好まれてたと思います。
ーーそのために番感知不可の印も刻まれました。
そうやって色々とされているうちにますます感情みたいなものは無くなっていって、受け入れることも苦なんかじゃなく当たり前のことでした。……その日もただほんとうに偶々だったんです」



手を重ねるとリツさんはまぶしそうに眇め、顳顬にくちびるを寄せた。



「……この綺麗な髪を瞳とおなじ紫色のリボンで結んでた。桃色の丈の長いワンピースを着て、ご両親のあいだで笑ってたあなたを見てた。
月が綺麗だったから言いつけを破って見に行っただけだったのに、見つけたのはあなただった。
……俺にとって唯一、想い出と呼べるもの」



明るく見えて、幻想的できらびやかな世界舞台の裏がわには影がさす。


暗闇で、ぽつんとひとり、佇む姿が容易に想像できてしまうのがかなしくて。


さみしくてどうにかなりそうで、


そんな夜をーー



「……リツさんの想い出のなかに、わたしはいたんですか、」

「はい。あなただけが」

「…っ、」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!

まるい丸
恋愛
 獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで…… 「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」 「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」 「照れてないで素直になりなさい♡」  果たして彼女の婚活は成功するのか ※全5話完結 ※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

くたばれ番

あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。 「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。 これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。 ──────────────────────── 主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです 不定期更新

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

番認定された王女は愛さない

青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。 人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。 けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。 竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。 番を否定する意図はありません。 小説家になろうにも投稿しています。

『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』

伊織愁
恋愛
 人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。  実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。  二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

処理中です...