愛を乞う獣【完】

雪乃

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ユラ

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「ぱぱぁ~」



よたよたと走ってくるから転ぶんじゃないかといつも思う。
そうなる前にいつものように抱き上げた。
ジンに言わせりゃ甘やかし・・・・らしいが、子どものうちなんだからいいだろうと開き直ってる。



「ただいま、ルカ。いい子にしてたか?」

「してたよっ!きゃはは!…あのね、おばちゃんがね、ぶどうをねっ」



高く持ち上げれば笑いながら、今日あったことを教えてくれる。
日課のようなやり取りを続け、預かってもらってる家の家主に礼を言い家路に向かう。






閉め切っていた部屋はうだるように暑い。
ガタガタと窓を開け切って、下りたがるルカの手を離し隊服を脱ぐ。






「まま~ただいまぁ~」

「…」

「きょうはぶどうをたべたよぉ~ままにもあげるっ」



ちいさい手から零れたひとつぶをころん、と花のうえに置く。



「…ルカ、手洗ってこい。ご飯作るからお手伝いしてくれるか?」

「は~い」






絵姿なんてのはないから、使ってたアクセサリーと花で誂えただけの祭壇。
水を変えて、枯れかけた花を取り除く。
周りに散らばるように置かれた花はルカが散歩や遊びの帰りに摘んできたものだ。


そのほうがよっぽど、価値がある。









ルカの母親は、ルカを産んだあと少し経って事故でこの世を去った。


何かが、欠けたような気にはなった。
だが死にたくなるようなことはなかったし、事実俺は生きている。


俺と過ごしていたときに身籠ったルカ
夫婦、としての時間は一年にも満たなかった。

正しい接しかただったかも分からないが思いつく限り尊重したし、家庭を持つ同僚たちに話を聞いて振る舞いを教わったりもした。


ただ、愛情を感じることは最後までなかった。





あれはいったい、何だったんだろう、と。

いつもどこか醒めた気でいた。



あれだけの激情に見舞われることも。
触れることも二度と、できなかった。




ーー運命だなんだとのたまいながら結局俺がしたことといえば不幸にしただけのような気がする。












ルカはかわいい。それこそ目に入れても、というやつだ。
瞳も髪もーー俺によく似ている・・・・・・・・
金はいくらあっても足りない。
学校なんかにも行かせてやりたいし、職業柄いつ、自分がいなくなるかも分からない。
そうなっても困らないだけの生活をさせてやりたい。

幸い周囲には恵まれている。
今でも周りに助けられ、大勢に囲まれてルカは過ごしている。

さみしさを感じる日がいつかやってくるかもしれないが、顔を上げれば、ひとりじゃないと必ず気づくはずだ。




そうして泥だらけで遊ぶような時代を過ぎれば俺の話と、ルカ自身の話もしなければならない。


見限ってくれてもいい。
最低だと罵られても、何だって受け入れる。



ただ選ぶんだと。

後悔しないような選択を、人生を。

忌避なんかする必要も、恐れる必要もない。

選べるんだと。


ーールカが産まれてきてくれて良かった。
出会えてほんとうにしあわせだったと、それだけを伝えるまで俺は死ねない。











「ーー…"トビーじいさんは言いました。いくつものランプの明かりを灯しているのは、"…………ルカ?」

「…」

「……おやすみ」





絵本を閉じタオルケットを整えて、髪を撫でながらもう一度声をかける。それから寝室を出た。





ソファーにもたれて。


はしゃいでいたルカの明るい声が聞こえなくなる夜は別世界になる。


思考が沈む。






ーーあれから何年、経っただろう。



深く、沈んでゆく。








会いたい。

元気でいるのか。

笑っているのか。



会いたい。

しあわせでいるのか。



会いたい。





ひとりでいるのか。それともーー





全身が、焼き切れそうになる。

未だに。



今も。








隊服の胸ポケットから取り出す。
傷つけないよう包んでいた布を剥がせば、色褪せないままあるそれ。


もうこれしか、繋がっていられるものがない。



思い出すのは自分の過ちより、一緒に過ごした日々。しあわせだった時間。

そうして手放したものの大きさに打ちのめされる。







ーーあの日。


振り返ったら違う道があったんだろうか。


名前を、呼ばれた気がしたんだ。


振り返れば、手を取れば、抱きしめていれば。


何かが、変わっていたんだろうか。




そんなことばかり、考えてるよ。

そんなどうしようもないことばかり、夢に見てる。
















「……ぱぱ、……」

「ーー。ルカ、…どうした」

「……おしっこ……、…?ぱぱ、ないてるの…?」



気づかなかった。


声をかけられるまで。


しゃがみ込んで、ちいさな手を伸ばされるまで。



「いたいの…?」

「大丈夫だよ」



痛いまんまでいいんだ、ずっと。

そうすれば忘れないから。



「よしよし。」

「…」

「いいこ。」

「ーー」


「ぱぱ、いいこ。」









「…っ」




ーーなぁ、信じられるか。


俺父親になったんだ。


こんなに愛おしい存在だなんて知らなかった。




ーーお前以外に、


そんなこと思う日が来るなんて知らなかった。



約束を覚えてる。守るよ。



でもどうしても、たまらなくなるときがある。


自分が嫌になる。


お前を失った現実に、耐えられなくなる。






そんな俺を、ちいさな手が撫でてくれる。


俺にはもったいない、天使みたいに優しい息子なんだ。





今でも愛してる。

これからもずっと愛してる。



この子がしあわせになるのをちゃんと見届けるから、

約束を守るから、


ここじゃないどこかで、

夢のような続きの世界があるならそこで、




どうか俺を、見つけてくれ。



俺も必ず、見つけるから。




どうか俺を、愛してくれ。






そうして今度こそ、今度こそーー













祈るように握った手のひらのなかの髪飾りを見てルカは、きれいだねとそれ以上に輝いた笑顔で、包んだ。










END.





















※お読みいただきありがとうございます!
完結しましたー!
遅筆すぎるクズ(私)にさいごまでおつきあいしてくださった皆さまにクソデカならぶを♡
お気に入りやらしおりやらエールやら心から感謝いたします、ありがとうございました。
感想返信にも書かせてもらいましたがこのあと番外編でリツR18なやつを載せる予定です。
いつになるやらアレですが気づいたときとひまなときにでもまた読んでもらえたらうれしいです。
ほんとうにありがとうございました♡
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