35 / 46
ルーシー⑮
しおりを挟むもしも、ユラさんが人間だったら。
もしも、わたしが獣人だったら。
もしも、わたしたちが"運命"だったらーー。
「わたしが恋をしたのはユラさんです」
それはなんて、幸福な夢だろう。
数えあげればキリがない。
もしも、たら、れば、
それを言い出せばキリがない。
「わたしたちはそれでも出会って、愛し合えたんですよ?…しあわせでした。…ユラさんはちがうの…?」
わたしの言葉に顔を歪ませて、
「…………違わねえよ、でも、」
俺を捨てるんだろう、と。
ちいさく零す。
「俺が、お前を傷つけたから。……裏切ったから、もう一緒にいられねえんだろ……?
……俺がヒトだったら、」
「…」
「……何回も悔やんだ。後悔した。夢ならいいって思った、のに、……現実はコレだ。
父親のようになりたくなかった。母親のように傷つけたくなかった。
……お前のそばにいれば、俺はまともな人間になれると思ってた……」
ルーシー。
「もうぜったい、……だめなのか」
叱られてる子どもみたいに、彷徨って漸く合う視線は不安に揺れているよう。
まるでほんとうに、捨ててしまうのは自分なんだと錯覚させられる。
捨てられたのはわたしだと思ってた。捨てるのはわたしだった?
「…………死なないで」
でも手を離すということは、そういうことなんだろう。
もう掴めない。
言い繕っても、わたしはユラさんを見捨てようとしているのだから。
「死なないで、ユラさん。生きてください。
わたしも、生きていきます」
しあわせであればあるほど、
突然やってきたそれに打ちのめされる。
どうにかして繋ぎ止めようと、結び直そうと足掻いても、綻びばかりに気を取られて。
後ろを振り返るばかりで、一歩も踏み出せない。
歩き出すためには、手放さなければいけない。
「…………残酷だな」
わたしたちはもう、一緒にはいられない。
「強いな、お前は」
「そう、ですか?」
「あぁ、」
「…、」
「…………好きだなって、思うよ」
さみしそうに笑うから、胸が詰まってどうしようもない。
ユラさんが手を伸ばす。
触れかけた指は、空気を撫でて離れた。
「……わかってたんだ……」
そのまま胸の辺りを握りしめて、伏し目がちに微笑んだ瞳がひとすじの流れをつくる。
「……まっすぐ帰ればよかった……一緒に、選べばよかった……」
それがどういう意味かは、わたしにはわからなかった。
ただユラさんが掴んでいるそれは消えない想いみたいで、それが痛いくらいに伝わる。
震える。
寒さのせいだって自分に、言い聞かせながら。
ーー馬を引き連れて、イグラムさんと宿のひとたちが先へ行く。
「じゃあな」と、最後にユラさんがたてがみを一撫でてその背に乗った。
横顔が、髪に隠れて見えなかった。
「行ってくる」
「…いってらっしゃい」
「…」
「…」
「……ルーシー、」
「……はい」
愛してる。
「お前との約束を守る。願いを叶える。今度こそーー……でも、…俺が愛してるのはやっぱりお前だけだから、……それだけ、許してくれ」
どんな表情かも見せてくれないで、そのまま去ってゆく。
最後。
これがほんとうの、最後になる。
わたしたちはたぶんきっと、二度と、会わない。
「…っ」
両手で顔を覆う。
目だけは、その姿を追いながら。
ーーまって、
まって、ユラさん、
行かないで。
行かないでよ、ユラさん。
こんなつもりじゃなかった。
こんな風になるなんて思ってなかった。
ここでは笑顔で、過ごせるはずだった。
一緒に。
これからも笑顔で、過ごせると思ってた。
消えない想いならわたしだって、たくさんあるのにーー。
この期に及んで未練に縋って、なにをやっているんだろう。
でも、
届く、まだ。
名前を呼べば、きっと。
「ーーっ、」
振り返って、わたしをーー。
見えなくなる背中が、
この焦燥感が教えてくれる。
なのにわたしは自分の手が離せない。
だいすきだって伝えたい。
行かないでって縋りたい。
叶うなら何も、なかったことにして。
そんな"もしも"があるなら、
それはなんてーー。
夜、夢を見た。
ユラさんはちいさな手を握って、笑っていた。
となりに誰かいたのかはわからない。
でもわたしじゃない。
それがかなしかった。
でもユラさんが笑っていたから、それでよかった。
ユラさんはきっとそのちいさな手を離さない。
ユラさんのしあわせが、その手のなかにある。
夢見がちなわたしの都合の良さに泣き笑いながら、綺麗な金色がやさしく揺れるのを見ていた。
94
お気に入りに追加
1,774
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。

婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。
ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」
はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。
「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」
──ああ。そんな風に思われていたのか。
エリカは胸中で、そっと呟いた。
君は僕の番じゃないから
椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。
「君は僕の番じゃないから」
エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが
エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。
すると
「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる
イケメンが登場してーーー!?
___________________________
動機。
暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります
なので明るい話になります←
深く考えて読む話ではありません
※マーク編:3話+エピローグ
※超絶短編です
※さくっと読めるはず
※番の設定はゆるゆるです
※世界観としては割と近代チック
※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい
※マーク編は明るいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる