愛を乞う獣【完】

雪乃

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ルーシー⑬

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「俺は獣人です」




考えなきゃいけないことがあるのに、思考が奪われてしまう。


リツさんの言うとおりに、奪われている。





「ずっと嘘をついて、隠していました。
知られたら、……あなたのそばにはいられないと思ったから」

「…っ」

「…素性を隠して雇い主に嘘をつくモノは信用されません。俺はずっとそうやって生きてきました。
嘘をついて、誤魔化して、人を、騙して。
…あなたには知られたくないようなことばかりをしてきたし、されてきた」


何も言えないでいるわたしに、ふ、…と気の抜けたような表情でリツさんは続ける。


「色んな薬や術をかけられたおかげで、五感も劣っているし、子孫を残すこともできません。
獣人としての本能も、…"運命"も、俺は感じることができない。」



欠陥品です、と。笑顔で。



「……でもそれでよかったと思っているんです。
あなたを傷つけて、苦しめる手段なんかなくてよかった。
そんなもの・・・・・に、邪魔をされないで済む。
あなたを好きだと思う自分の気持ちだけを信じていられる。」



なんて言ったらいいのかわからなくて、ずっと言葉が出ないまま。



「自分勝手な奴です。あなたに聞いてほしくて、あなたの優しさにつけ込んでる。……ルーシーお嬢様、」



俺が嫌いですか。





どうして笑顔で、言えるんだろう。




ーーそんなこと、



嫌いなひとなんて、じっさいそんなに多くはいない。





「……すみません、変えます。……彼をまだ愛していますか」




リツさんは不思議なひとだ。
初めて会ったときからそう思ってた。
じっとわたしを見つめて、両手を広げていたのには驚いた。
真顔で冗談を言うのに、笑うことには慣れていないみたいに。
自分のことには無頓着なのに、他人ばかり気遣って。


抱き止めてくれた布地越しの手のひらは熱かった。


わたしを好きだと言いながら、彼を愛しているのかと言う。
言いたくなかっただろう過去まで話しながら、引き留めようとしてくれている。






「…………愛しています。」























「ーーーー……そう、思ってました……やり直せたら、って」



どうしても何度も、思ってしまった。

懲りずに心の片隅でずっと、燻っていた。


だから考えていた。


朝目覚めたとき。陽が高くのぼったとき。空が暮れだしたとき。星が唄いだすとき。


想像していた未来に。


今度こそ家族に。






「…………でもきっと触れられない…………」




なのにその姿が描けなかった。




「……触れられたら、ゆるせなくなる……思い出して、憎んでしまいそうなんです。
……未練を感じてしまうのは、もう元には戻れないってわかってるからで、
……元に戻れたら、……感じるのは愛情じゃなくなってしまうから」

「…」

「……あなたが悪いんだってはっきり、言えたらよかったんですけど、」

「誰も悪くない、と…?」

「……もういいんだよって、言いたくて」

「…彼のためにですか」

「自分のためです。……そうしないといつまでも終われなくて、前に、進めない……」




結局、それに尽きる。

何を言っても、どんな風に思っても、聞こえのいい言葉を並べたって。


誰かのためになんて、そんな恋愛はわたしにはまだ無理だ。




ーーもしユラさんが、立ち止まったままなら。

もういいよって、言って。

わたしはわたしのために、この恋を終わらせる。

















「おはようございます」

「…おはようございます」

「歩いて行かれるんですか?」

「歩き慣れてるし、…天気もいいので散歩がてらに」



両親やグレタには昨夜のうちに出かけてくるとだけ言ってある。

早い時間なのに当たり前にリツさんはいた。



「そうですか。お気をつけて」

「……リツさん」

「はい」



リツさんも、今日話をすると言っていた。

帰ってきたらいない、なんてことになるんだろうか。



「……完璧なひとなんて存在しないと思うんです。
足りないとか、満たされてるとか、それはひとそれぞれですけど完璧なひとなんていないから、
……欠陥品とかそんなことぜったいないと思います」

「…」

「…わたし・・・にはそれがどれだけ大事で価値があるのか、やっぱりわからないままですけど……リツさんはリツさんです。」

「…」

「と、思います。……、じゃあ行ってきます、」



虐げられることはつらくて苦しい。子どもができないということも、おなじだと思う。
獣人だとかそうでないとかは関係ないことだ。


運命、も。想像しかできない。


それを経験することはこの先もないから、それだけはやっぱりわからない。


その歓喜や苦痛は、わたしには一生わからない。







「ーールーシーお嬢様、」




扉を開ければ銀色の世界。
空は高くて、澄んだ水色。

まぶしくて細めた目の先に、道が見える。





「愛しています。……いってらっしゃい」




ぎゅっと踏みしめた音の合間に振り返ると、リツさんの瞳が星を抱える夜空のように光っていた。













踏みならされた道を重ねて歩く。


なんだろうちっとも、こわくない。









顔見知りのひとたちに挨拶をしながら歩き続ける。


厩舎の目印の赤い屋根が見えて、はあっと吐けば白い息がこもる。






ーー最後くらいはわたしが先に見つけてあげたかったけど、



ユラさんはいつもわたしに気づいて見つけてくれるひとだ。



見回して見つけたときにはもうこちらを見てた。




動けないでいるみたいに。
会いたくなかったかもしれないけどわたしはもう来てしまった。
だから近づく。わたしから。



不揃いだったわたしの髪は、整えたらもっと短くなった。
ユラさんの雪より綺麗なシルバーグレイの髪は、少し長くなっている。




「…………ユラさん」




わたしは笑顔で、名前を呼んだ。
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