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閑話④
しおりを挟む「ーー…よし、大丈夫。裂蹄もない。寒さに強い馬ですからね、あとは汚れを落としてあげて油塗っときますよ。それで終わりです」
「そうかよかった。ありがとう。初めて乗る奴だったけど馬ってのはほんとに賢い。…俺を見ても暴れもしなかった」
「…そうですね。…賢い動物はたくさんいますけど、馬はひととなりを見ますから。騎士様は大丈夫だと思ったんでしょうね」
そうか、と、微笑みながら茶褐色の腹を撫でる男をイグラムはちらりと盗み見た。
宿屋をやりたかった母親と、馬好きな父親とで経営するここに、この獣人の騎士がやってきたのは五日ほど前。
騎士服を着た男が一人で八頭の馬を連れてるからよく似てると言われる父親と二人、唖然としながら受け入れ。
フードを脱いだ銀髪から獣耳が見えたときは腰を抜かしそうになった。
驚かせてすまない、と気まずそうに言う男にあたふたとしながら、馬たちのほうが落ち着いていたとイグラムは思い返す。
中で休んでくれとの父親の言葉に首を振り、大人しく繋がれる馬の世話をする自分たちを少し離れた場所から見ていた。
しばらくすると他の騎士が来て話をしていたが何やら揉めている様子で、言い合いのようなやり取りのあとまるで追い返すようにその騎士を立ち去らせる。
不思議がっていると残った男はここに泊まらせてくれと言った。
馬だけ預かることはできるし、きちんと世話もすると話しても頼まれれば断れない。
母親が愛想良く部屋へと案内するまでには、銀髪だけの髪型になっていた。
男は食事も部屋で取り、滅多に出てこなかったが毎日何度か建物の裏手で素振りをしていた。
そして厩舎へとやってきて部屋に戻る前に決まっておなじ方向を見る。積もる雪のなか、何時間も。
こんな辺鄙な場所に王国騎士団が来ているということで、町は少し浮き足立っていた。
獣人がいるとなれば、なおさらに。
イグラムは行きつけの酒場でもその話で持ちきりだったのを少しおかしく思い、聞いていた。
他の団員はレジー様のお邸にいるというのに、なぜあの騎士はそうしないんだろう。
べつに知ったこっちゃあないけれど、と。
「ーー…そろそろ集合の時間だ。世話になったな、イグラム」
「いえいえこちらこそ。たいした歓迎もできなくてすみません」
「いいところだった。……ずっと来たかったんだ、この町に」
「そうなんですか?田舎だし今は雪しかないですけど、夏になればまたがらりと変わりますよ。
こないだ聞かれた"いたずら妖精"ですけど、それが棲んでるって言い伝えの泉もあるんです。
釣りなんかもできるし、案内しますからよかったらまたいらしてください」
「…」
「…騎士様?大丈夫ですか?」
「ーーあぁ、悪い。」
「…痛むんですか…?」
「いや。比べもんになんねえよ」
「…?」
また胸を押さえている。病ではないと言っていたがしょっちゅうそうしている。ほんとうに大丈夫なのか。…それに比べる、とはーー
「…っ、!」
イグラムが思案していると、男は急に顔を上げ母屋を振り返った。
客でも来たかと、イグラムもそれを追う。
「……あれ、」
思わずつぶやく。
少し遠目だからはっきりとはわからないがあれは、
ルーシー。
それは自分が呼ぼうとしていた名前だけれど、呼んだのは自分ではない。
知り合いだったのかと。
のん気に声をかけなくてよかった。
獣人の騎士の今にも泣き出しそうな横顔を見ながら、イグラムはそう思った。
※お読みいただきありがとうございます!
更新亀以下ですみませんもう暑くてですね、仕事だけで毎日終わってしまうのですよ…まったくもって暑すぎる毎日でまじつらいですが皆さま体調などにはくれぐれも気をつけて休みながらね、いきましょうね。
このあとルーシーのターンが続いてさいごはユラ、でおわります。
気長にお待ちくださると私はこの夏を乗り切れる気がするのでよろしくお願いいたします…!
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